五章 闖入者 2

 早朝、ルディは目覚ましの音で目を覚ました。顔を洗い、訓練着に着替える。忘れずにマントを羽織った。忘れ物がないかもう一度確認し、部屋を後にする。廊下にはさんさんと朝日が差し込んでいる。今日もいい天気なようだ。雨の討伐とならずにすみ、ルディは安心した。この天気なら、ぬかるみに足を取られることもなさそうだ。


 広場には、先に1人の魔導士がいた。ルディは軽く頭を下げて挨拶すると、少し離れたところでクルトを待った。だいぶ季節がすすみ、早朝といえど肌寒さは感じない。むしろ涼しい風が心地よかった。5分ほど遅れてクルトがやってきた。ルディは手を上げて居場所を伝える。

 「おはよう、ルイ。今日も早いね」

 「おはよう、クルト。クルトこそ、まだ集合時間まで15分はあるぜ」

 「ほら、僕って一応新人じゃない。ちょっと早めにいた方が、印象がいいかなっておもってさ」

 「オレもおんなじこと考えてんだよ」

 ルディはそういうとクルトの脇腹をつついた。そんな2人をみて、先着の魔導士がおかしそうにしている。ルディはちょっと恥ずかしくなった。

 「ところで、クルト、調子はどうよ?」

 さっきよりもちょっと小声にしてルディがいう。

 「まずまずだよ。問題なく動けそう。ルディは?」

 クルトも同様に小声でこたえる。

 「絶好調だぜ」

 ルディはクルトにピースサインを向けた。


 集合時間の5分前にはルディたち以外の4組の魔導士もそろった。時間になり、上官が集合の号令をかける。ルディたちは上官の前に整列した。

 「おはよう、諸君。晴れてよかったな。討伐日和だ」

 挨拶を済ませると、出発の指示をした。

 街の出口まで徒歩で移動し、そこからは馬車移動となる。乗り物に弱いらしいクルトは、今回もまた具合が悪そうにしている。ルディはそんなクルトの背中をさする。道中魔獣に遭遇することもなく、無事に討伐予定地点までたどり着いた。


 上官は馬車を降りたルディたちに笛を渡した。魔獣を発見して際、他の魔導士たちに知らせるためだ。上官はいつものように、魔獣発見の際に必ず合図するように注意すると解散の号令をかけた。

 魔導士たちがバラバラの方向へと散っていく。ルディとクルトも草むらに入ると魔獣の捜索を開始した。


 「どうだ、クルト。なんかいたか?」

 ルディは前を歩いているクルトに声をかけた。

 「うーん。このあたりにはいないようだね」

 草むらから上半身を出し、あたりをうかがっていたクルトが残念そうにいった。先ほど一度生き物の姿を見つけたが、魔獣ではなくただのウサギだった。それっきり生き物の影すら見つからない。

 「でもまぁウサギがいるってことは、それを食べる魔獣だってこの辺にいてもおかしくないよな」

 ルディもクルト同様上半身を草むらから出しながらいった。これだけ目を凝らしても生き物の姿が見えないいま、そこまでこそこそする必要はなさそうだ。他の魔導士が見つけた様子もない。今回は長丁場になりそうだ。

 しばらくの間、あてもなく周囲を捜索した。暖かな日差しに、眠くなってくる。ルディたちは集中の糸が切れてしまっていた。

 その時、遠くの方から甲高い笛の音がした。ルディたちは一気に緊張が走った。そのまま音のした方に向かって駆け出す。

 「あっちだよな?」

 「うん。結構遠いね。急がないと」

 今回の魔獣は群れで目撃されている。1組の魔導士で対処しているとしたら危険が大きい。2人はさらにスピードを上げて音の方へと向かった。


 3分ほど駆けていくと、遠くに魔導士の姿が見えた。どうやらすでに応援が到着しているようで、4人の姿がある。ルディたちも彼らに並ぶと、魔獣と交戦を始めた。

 魔獣ブラック・シアンは報告通り15匹で群れを成していた。サイズは中型犬ほどだが、こう数が多いと恐怖感がある。すでに2匹ほど倒されており、死骸が転がっている。仲間を殺され怒っているのか、魔獣の攻勢は強まるばかりだ。

 クルトは横から突撃してきた魔獣を蹴り飛ばすと、正面から噛みついてきた魔獣を剣で受け止めた。その間にも、はなれた距離から魔法攻撃が襲い掛かる。ルディはクルトの前に結界を張り、それを防いだ。その間にもさらに援軍が到着し、5組の魔導士がそろった。魔獣たちはそんな魔導士を恐れることなく襲い掛かってくる。最初は前衛のみを標的としていたが、劣勢になり、なりふり構わず攻撃し始めた。前衛に弾かれた魔獣が後衛のルディたちを襲ってくる。ルディも剣を抜き、噛みついてくる魔獣を振り払った。

 「ルディ、ちょっと下がれ。君がやられるとまずいんだ」

 同じく後衛の魔導士がルディに支持を出した。ルディはまとわりつく魔獣を振り払いながら少し離れた距離に移動する。離れた距離から遠距離魔法攻撃を放ち、みんなを支援した。


 近距離戦になれているクルトたちは、危なげなく魔獣をさばいているが、後衛だとそうはいかない。次々ととびかかってくる魔獣からの攻撃を防ぐだけで手一杯で、劣勢に思えた。クルトたちも援護にまわろうとしているが、そうはさせまいと魔獣が命がけで襲い掛かってくる。

 「ルディ、たのむ。1人やられた」

 離れたルディに声がかかった。後衛の1人が攻撃を食らったらしい。1人の魔導士が腕から血を流しながら戦線を離脱するのが見えた。ルディも救護のため駆け出した。

 「わるいな、ルディ。治療をたのむよ」

 「すぐ治してやるから心配するな」

 傷は思いのほか深く、出血が多い。しかし、直線的に切れていた。おそらく牙ではなく爪で負傷したのだろう。これならすぐにふさぐことができそうだ。ルディが消毒液を吹きかけると、魔導士の顔が苦痛にゆがんだ。

 「痛いだろうが、ちょっと我慢してくれ」

 ルディは傷口に手をかざし、治療をおこなう。たちまち傷はふさがった。

 「ありがとう、ルディ」

 「だいぶ出血しているから、あまり無理はしないようにな」

 回復魔法では傷をふさぐことはできるが、失った血液は戻らない。ルディが注意を促すと、魔導士は深くうなずいて戦線へと戻っていった。


 前衛の魔導士たちが魔獣を次々と倒し、数が減ったこともあり、後衛の魔導士たちも魔獣を押し返しつつあった。

 「もう少しだ。頑張れよ」

 「はい」

 魔導士がクルトに声をかけた。クルトは返事をしながら魔獣に切り込んでいった。

 ルディは離れた場所からその様子をうかかっていた。そんなルディの上を小鳥が飛んでいく。

 ――戦場に鳥なんて珍しいな。

 普通、鳥は戦闘に巻き込まれないよう戦場をさけるように飛ぶものだ。3羽ほどの小鳥がクルトたちの方へ向かっていた。ルディはなんとなく違和感を覚えた。


 「あと3匹だ。気合入れるぞ」

 魔導士が周りを鼓舞するようにいった。クルトたちはさらに攻勢を強めようと一歩踏み出す。その時、巨大なつららが標的の魔獣を貫いた。クルトたちは思わず足を止めて上を見上げる。その頭上を3羽の小鳥が飛んでいた。鳩くらいのサイズで、ちゅんちゅんと可愛らしくないている。

 「気を抜くな。あれはグランス・ピジョンだ。強力な水魔法を使うぞ!」

 魔導士がいった通り、上空からつららが次々と降り注いだ。クルトたちはなんとかそれを躱した。

 「バラバラに逃げるんだ。まとまっていると集中砲火をくらう」

 先輩魔導士の指示に従い、5組の魔導士はそれぞれ別の方向へ駆け出した。ルディの方に向かってクルトも走ってくる。ルディもそのまま一緒に駆けていく。

 「クルト、あれなに?なんかヤバそうなんだけど」

 「新手の魔獣だって。水魔法をつかうんだ。止まらないで」

 クルトにそういわれ、2人は速度を上げて原っぱを走り抜けていった。

 

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