四章 お仕事 4

 次の日の仕事もつつがなく終わりを迎えようとしていた。時計は15時30分をまわっている。

 「ルディ、たしか今日4時からでしょ?少し早いけど上がっていいよ」

 ルディと交代で休憩に入っていたクラウスがルディに声をかけた。

 「すみません。お先に失礼します」

 「討伐、がんばってね。ケガに気を付けるんだよ」

 「はい。ありがとうございます」

 クラウスにお礼をいうと、ルディは片付けを始めた。

 「おう。ルディ、気を付けていっておいで」

 魔石の補給のため裏に来ていたオスカーも、ルディを激励した。肩をたたきながらこう続ける。

 「新人は生きて帰るのが仕事だからな。無茶はしないように」

 「はい。肝に銘じておきます」

 大きくうなずいたルディに満足したのか、オスカーはルディの背中を押して送り出した。


 教室へ入ると、先客はまだいなかった。少し待つと、次にクルトがやってきた。走ってきたのか、少し息が上がっている。

 「よかった、間に合った。まだみんな来ていないよね?」

 「あぁ。オレが1番で、クルトが2番目だ」

 ルディがいうと、クルトは安心した様子で席についた。

 「新人だから、早めに来ようと思ったんだけど……。仕事終わったのが結構ギリギリだったから焦っちゃった」

 「大変だったな。今日も街の警らか?」

 「ううん。今日は訓練だった。楽しかったよ」

 あの過酷な訓練を楽しいと言ってしまうとは、警らで怒られたのが相当堪えているらしい。ルディが苦笑いをしている間にもぽつぽつと人が集まってきた。今回はルディたち含めて5組の魔導士で討伐にあたるようだ。新人はルディたちだけで、残りの4組は先輩の魔導士だった。時間の5分前には上官も入室した。ルディたちは立ち上がってそれを迎え入れる。


 「明日の討伐対象はバニーゲイルの群れだ」

 上官が任務の説明を始めた。バニーゲイルとは、小型のウサギ型低級魔獣だ。ウサギといっても、大型犬くらいのサイズがあり、その鋭い爪は人を容易に切り裂くほどである。距離をとっても風魔法で攻撃してくる、かわいい顔をしてなかなか危険な魔獣だ。しかも、今回は1匹でなく群れらしい。護衛を付けていない商人一行なら全滅もありうるだろう。

 「近くの村へとむかう道路の途中で商人が襲われたようだ。その時は護衛の魔導士が退けたが、まだ残党がいるようだ。危険であると判断され、討伐依頼が入った。」

 上官が地図を広げ、出現箇所を示す。街からは少し離れているが、出現箇所の近くに村があった。このまま放置すると村にも出没する危険がありそうだ。

 「群れの規模は不明だが、文献によるとそれほど大きい群れは作らない傾向にあるらしい。せいぜい10匹程度だと予測されている。心して任務にあたるように」

 「はい」

 「よろしい。準備を済ませて午前6時に広場へ集合すること。では解散」

 説明が終わり、先輩方がぞろぞろと退出していく。ルディもあとに続こうとしたところ、上官に呼び止められた。

 「ルディ君。明日の討伐で回復魔法が使えるのは君だけだ。あまり前にですぎないように」

 「承知いたしました。気を付けます」

 「君がやられると全滅もありうるんだ。くれぐれも頼むよ」

 上官はルディの肩をポンポンとたたくと部屋を出ていった。


 「ルイ。責任重大だね」

 隣で会話をきいていたクルトがいう。

 「あぁ。魔石、多めに持っていった方がよさそうだな」

 「しっかり準備しないとだね。僕も剣に欠けがないか確かめないと」

 「準備済ませてからごはんだな。一緒にたべるだろ?」

 「うん。じゃあ準備できたら広場入り口に集合ね!」

 クルトと約束を交わし、ルディは明日の準備のために自室へと戻った。


 次の日の朝、ルディは早めに起床すると、自室で朝食を済ませた。着替えを済ませ、マントを羽織る。魔石を入れた袋を忘れずに持つと、広場へと赴いた。

 広場へは先にクルトが到着していた。ルディに気が付くと笑顔で寄ってきた。

 「おはよう、ルイ。良い天気でよかったね」

 「クルト、おはようさん。今日も絶好調みたいだな」

 朝も早いというのに元気いっぱいのクルトにルディがいった。半面、朝が弱いルディは少しけだるげだ。

 「今日は馬車で出かけるんでしょ。僕、馬車に乗るの、ここに来た時ぶりだよ」

 「オレもそうだよ。前回は近場だったから徒歩だったし」

 久々の乗り物に、クルトはどこかうれしそうだった。同じくあまり乗り物にのる機会のないルディもちょっとわくわくしてくる。

 ほどなくして他の魔導士と上官も到着し、部隊は現地へと出発した。


 街の外にはあちらこちらに魔獣が出没する。馬車に乗っている最中も魔獣の襲来に備えて剣を手放さない。とはいえ、このあたりで大型の魔獣は目撃されていない。馬車の中の雰囲気も和やかなものだった。

 「ルイ、馬車って結構揺れるんだね。なんか、気持ち悪くなりそう」

 「大丈夫かよ。これから討伐だぞ?」

 小声で話しかけるクルトをルディが心配そうに見つめる。

 「2人も、馬車は初めてかい?」

 そんな2人を気遣ってか先輩の魔導士が声をかけた。

 「いいえ、小さいころに乗ってことがあるんですけど、あんまりおぼえてなくて……」

 「そうかい。まだ慣れていないんだね。なるべく遠くを見るといいよ。大丈夫、すぐに慣れるよ」

 初初しい反応が面白かったのか、魔導士は笑いながらいった。

 

 10分ほど馬車に揺られて、現場付近へと到着した。ここからは道を外れて徒歩で対象をさがすことになる。上官は全員が馬車を降りたことを確認すると、全員に木製の笛を配った。

 「ここからは手分けしてバニーゲイルを探すことになる。対象をみつけたら笛で合図するように」

 ルディは笛をすぐに使用できるよう首から下げた。

 「バニーゲイルは低級魔獣だが、群れを成している。見つけたのが1匹でも近くに多数潜んでいる可能性がある。見つけたら必ず笛をならすように」

 上官は注意事項を伝えると、解散の号令をかけた。


 他の魔導士が四方に散っていくなか、ルディとクルトも草影に隠れながら魔獣を探した。

 「クルト、大丈夫か?」

 「うん。大丈夫。だいぶ良くなってきたよ。これなら全然戦える」

 馬車を降りた直後は少し具合が悪そうなクルトだったが、数分草むらを歩いたことで顔色がよくなってきていた。

 そのまま数分捜索を続けたが、なかなか魔獣は見つからない。他の魔導士たちも捜索が難航しているのか笛の音は聞こえなかった。

 「まって、ルイ。あれ」

 先を歩いていたクルトが不意に立ち止まる。ルディがクルトの指さした方を見ると、1匹のバニーゲイルが草を食べていた。こちらにはまだ気が付いていないようだ。

 「けっこう大きいね」

 「あぁ。図鑑で見たときは可愛いと思ったけど、実物は可愛くねーな」

 よく見ると顔つきはウサギそのもので可愛らしいが、いかんせんサイズがでかい。可愛いというより恐怖感をおぼえた。

 「笛ならしたら襲ってくるかも。念のため、ルイが鳴らして」

 万が一とびかかってきたときに備えて剣を構えながらクルトがいう。

 「わかった。準備はいいか?」

 クルトがうなずいたのを確認してから笛を鳴らす。

 高い笛の音が周囲に響き渡った。

 

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