四章 お仕事 5

大きな笛の音に、一瞬ビクッと体を硬直させたバニーゲイルだったが、次の瞬間ルディたちを見つけて襲い掛かってきた。鋭い爪でクルトをねらう。クルトはそれを剣で受け止めると、はじき返した。

 クルトはそのまま踏み込むと魔獣に切りかかった。魔獣は後ろに飛んでそれを避けた。クルトはそれを気にせずさらに踏み込むと、さらに切りかかった。魔獣は回避が間に合わなかったようで、おなかに一筋の傷がついた。浅かったようで、仕留めるには至らない。魔獣は大きく後ろに飛ぶとクルトと距離をとった。


 そんな戦いを眺めながら、ルディは手持無沙汰に感じていた。いつでも援護はできるようにしているが、クルト1人で魔獣を仕留められそうな雰囲気だ。ルディはあまり距離を離されないように小走りでクルトの後をつけていった。


 クルトが距離をつめるため踏み込もうとした時、魔獣が甲高い鳴き声を上げた。ルディとクルトは思わず耳をふさいだ。魔獣の鳴き声はしばらく大気を震わせていた。

 「もしかして、仲間呼ばれた?」

 「そうかも」

 「囲まれるとまずいな……」

 予想が的中し、草むらからひょこひょことバニーゲイルが顔を出した。数を数えると2匹増えて、全部で3匹だった。魔獣たちがルディたちにじりじりと迫ってくる。そのうちの1匹がクルトに向かって突進してきた。クルトは攻撃を受け止めたが、その隙を狙ってもう1匹が脚を振りかぶった。ルディはクルトの前に飛び出すと、結界で攻撃をはじいた。

 「ルイ、ありがとう」

 「おう。しかし、まだ増えそうな雰囲気じゃない?」

 またしても予想が的中した。2人が攻撃を受け流している間にもひょこひょこバニーゲイルが出てくる。ガサガサという音に気が付いてルディが振り返ると、背後からも魔獣が顔を出していた。ルディはクルトの手を引っ張りしゃがませると、2人の周囲を覆うように結界を張った。魔獣たちが入れ替わり立ち代わり攻撃を仕掛けるが、すべて結界にはじかれた。

 「ルイ、どうしよう?このままじゃ反撃できないよ」

 「そうはいっても、この数2人で相手するのはきびしいぞ。かといって結界も、あんまもたなそうだし……」

 広範囲に張った結界は四方からの攻撃を防げるが、その分強度が弱い。ルディが張った結界も魔獣たちの攻撃をうけて、ヒビが入りはじめていた。


 2人が対応に困っていると、不意に横から攻撃していた魔獣の一体が吹き飛んだ。腹を深く切られており、ぴくぴくと痙攣している。魔獣たちは一度攻撃をやめ、一斉にルディたちの左後方を見た。後方から再び見えない刃がほとばしる。魔獣は直観でそれを避けると、みな後方へ飛んで距離をとった。

 「いやいや、遅くなってすまない。離れたところを捜索していたものだから」

 後方から4組の魔導士が姿を現した。彼らが攻撃したのだ。

 「2人ともよく耐えたね。まだいけるかい?」

 後衛の魔導士が2人にて手を差し伸べ、ルディたちを立たせる。

 前衛の魔導士はルディたちの壁になるように、魔獣との間に立ちふさがっている。急に人数が増えて戸惑っているのか、魔獣たちはうなり声を上げつつも近づいてこなかった。

 「ひい、ふう……。全部で10匹か。1組あたり2匹だな」

 「まあ、余裕でしょう。ルディ、君は無理しちゃだめだよ。回復役は君だけなんだから」

 ルディに注意うながすと、魔導士たちは剣を構えた。なんとも頼もしい。ルディとクルトも迎撃態勢をとった。


 うなり声を上げていた魔獣たちが一斉にとびかかってくる。クルトたち前衛はそれを剣で受け止めると、はじき返した。体制を崩した魔獣に向かって、後衛の魔導士が魔法攻撃を加える。何匹かの魔獣が攻撃をよけきれず、苦痛の鳴き声を上げた。クルトたちは魔獣との距離をつめ、果敢に切り込んでいく。ルディたちは邪魔にならないように少し後ろに下がると、後方から魔法攻撃で援護した。クルトも突進してきた魔獣を足で蹴り飛ばし、振り下ろされた前脚を剣で受け止めるとはじき返した。そのまま剣を振り、隣の魔導士へと向かっていた魔獣を切り倒す。

 「クルト、なかなかやるね」

 隣の魔導士が口笛を吹きながらもとびかかってきた魔獣を切り伏せていく。10匹いた魔獣は数を減らし、いまや4匹しか残っていない。


 劣勢になった魔獣はクルトたちから距離をとると、走り出した。勝ち目がないと悟って逃走をはかったのだ。

 「逃がすな!」

 魔獣を逃がすまいとクルトたちも走りだす。しかし、手負いとは言え魔獣の方が脚は速い。だんだんと距離が開いていく。ルディはとっさに魔獣囲うように結界をはった。魔獣は結界に進路を阻まれ足を止めた。そのまま横へ逃れようとするが、四方を結界で囲まれている。結界を破ろうと体当たりを繰り返すが、ルディの結界は簡単には破れない。その間にクルトたちが魔獣に追いついた。

 「君はおもしろい結界の使い方をするんだね」

 「オレも驚いてます」

 事実、ルディもうまくいくとは思っていなかった。なんとなくやったことが思わぬ結果を招いて驚いている。

 「逃げられないように囲んじゃおう」

 「ルディ、合図で結界を解いてもらえるかい?」

 「はい」

 クルトたちが魔獣を囲い込むように立ちふさがる。魔導士の合図で結界を解くと、逃げられないと観念した魔獣がクルトたちにとびかかった。クルトはカウンターを叩き込み、魔獣を仕留めた。他の魔導士も攻撃を受け流し、追撃を入れていく。ものの3分で片が付いた。


 ルディは戦いを終えた魔導士たちに回復魔法をかけてまわった。どの魔導士もかすり傷程度の軽傷だ。

 「ルイ、ありがとう」

 「いや、準備が無駄になってよかったぜ」

 ルディの軽口をきいてみんなが笑い声をあげた。

 「一応逃した魔獣がいないか確認していこう。もし魔獣を見かけたら笛を鳴らしてくれ」

 「はい」

 魔導士たちは散り散りになった。ルディたちも捜索を続ける。15分ほど捜索すると、馬車の方から高い笛の音が聞こえた。集合の合図だろう。ルディとクルトは捜索を切り上げ、来た方へと戻っていった。


 ルディたちが馬車へと戻ると、先に到着していた魔導士が上官へと結果を報告していた。

 「諸君、よくやってくれた。これで人々の安全は守られるだろう」

 上官が魔導士たちをねぎらった。上官に促され馬車へと向かう。帰りの馬車でもクルトは乗り物酔いをしたようで、顔色が悪かった。

 「ルイも慣れていないのに……。なんで平気なの?」

 「さぁ?個人差じゃないか?」

 恨めしそうにいうクルトの背中をさすりながらルディがいった。

 

 養成所に戻り、夕食とシャワーを済ませて自室へと戻った。初陣の時のような興奮はなく、穏やかな気持ちだ。明日は休日となっているので、ゆっくり休めるだろう。孤児院に顔を出すのもいいかもしれない。

 ――明日クルトに相談してみよう。

 そんなことを考えながら、ルディは眠りについた。

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