三章 初陣 3

 突然現れたクルトたちに驚いたのか、魔獣が鳴き声を上げた。大地がふるえるような音に怯んだのか、一瞬クルトたちの足が止まる。その隙を見逃さず、魔獣は回避の体制をとった。ひゅうと剣が空を切る音がする。かろうじて魔獣に攻撃をヒットさせたシルビオも、わずかに傷をつけるにとどまった。

 

 魔獣はルディたちを敵とみなしたようで、間髪入れず攻撃態勢に移った。魔獣の鋭い爪がダニエルを襲う。ダニエルは横に回転しながらそれを避けた。

 間を開けずに魔獣は魔法攻撃を放った。何もない空中から無数の火球が現れ、ルディたちに襲い掛かった。ルディ、ヘルマン、マルクスは結界をはり防御する。魔獣がルディたちを狙っている間にもクルトとシルビオが魔獣に切りかかった。魔獣はステップを踏んで、脚を狙ったその攻撃をかわすと、今度は攻撃の標的をクルトに定めたようだった。クルトめがけて前脚を振り下ろす。クルトはそれを剣で受け止めたが、勢いに押されて後ろに吹き飛んでしまった。

 「クルト!」

 ルディは思わず叫び声をあげた。

 「大丈夫」

 クルトはルディの方を見ずにそういうと、再び魔獣に向かって走り出した。その間にもダニエルとシルビオが攻撃を加えていたが、決定打は与えられていないようだ。

 

 魔獣が再び火球を放つ。ルディたちは身構えたが、火球はルディたちの方には向かわずに近くの地面を直撃した。爆発音がして周りが土埃に包まれる。近くにいたクルトたちは視界を遮られてしまった。

 

 「くそっ」

 シルビオは舌打ちをした。土埃の中から魔獣が迫る。シルビオは魔獣の攻撃をかわしたが、その先にはダニエルがいた。土埃が邪魔で気づいていないようである。

 「ダニエル、危ない!」

 シルビオが叫ぶと、ようやく魔獣に気づいたダニエルが回避の体制を取った。かろうじて直撃を免れたダニエルだったが、鋭い爪が腕をかすめた。腕がマントごと切り裂かれ出血していた。

 「大丈夫。かすっただけ」

 駆け寄ってくるシルビオにダニエルがいった。しかし、出血が続いていた。決して浅い傷ではないようだ。

 「クルト、たのんだ」

 「了解」

 シルビオが声をかけると、クルトは魔獣の気をそらせるべく、一人魔獣に向かっていった。


 「ルディ、頼む。ダニエルがやられた」

 視界を遮られて状況が把握できていないルディたちのもとに、土埃の向こうからシルビオがダニエルを連れて戻ってきた。

 「大丈夫か」

 駆け寄ったルディにダニエルを託すと、シルビオは再び魔獣のもとへ向かった。

 「ごめん。手間かけるな」

 「無理すんな。すぐ直してやるから。わりぃ、ヘルマン。クルトを頼んだ」

 痛みをこらえて笑うダニエルを制する。

 クルトのサポートをしつつ、ヘルマンがこちらを見ている。ダニエルのパートナーである彼は、きっと心配だろう。しかし、ヘルマンはそれを抑えて自分の役目を果たしていた。


 ――結構深いな。

 実習ではめったにないくらいの傷に、ルディは慄いた。緊張で手が震える。

 ――大丈夫、大丈夫。

 自分に言い聞かせる。深呼吸して気を落ち着かせると、ルディは傷口に手をかざした。

 淡い光が傷口を覆う。光が消え去ると傷口はふさがっていた。

 「サンキュー、ルディ」

 うまくいったことに安堵し、息を吐いたルディにダニエルがいう。心配そうな視線を投げるルディの頭を一撫ですると、ダニエルは戦場に戻っていった。


 「ダニエルは?」

 「大丈夫。戻ってった」

 心配そうに言うヘルマンにルディがかえした。ルディもクルトのサポートに戻る。襲い来る火球を水球で相殺した。クルトたちは魔獣の攻撃をかわすので手一杯でなかなかダメージを与えられていないようである。

 「まずいな」

 そんな様子をみてマルクスがつぶやいた。

 「このままじゃ、みんなの体力が持たないよ。1回立て直そう」

 マルクスが手を振って合図すると、クルトたちが戻ってきた。ルディは風で地面を巻き上げ、魔獣の視界を遮った。その隙に魔獣から少し離れた草陰に移動する。魔獣はルディたちを見失ったようで、あたりを見わたしながら威嚇するように地面を蹴っている。魔獣の鼻がよくないことは幸運だった。

 「みんな無事か?」

 シルビオがみんなを見わたしながらいう。全員がうなずくのを見ると、安堵したような表情をした。

 「これからどうする?このままじゃ、じり貧だ」

 ヘルマンの発言に全員が考え込んだ。その間も魔獣のところかまわず打ち込んだ火球が頭の上を通る。

 「とにかく、魔獣の体制をくずさないと。あのままじゃ避けるので手一杯で、攻撃が通らない」

 ダニエルがいうと、おずおずとクルトが手を上げた。

 「あのさ、攻撃を避けるんじゃなくて、受け止めるのはどうかな?そのまま押し切れば、体制を崩すかもしれない」

 「それは一理ある。だけど、受け止められるか?さっきクルトも吹っ飛んでただろう」

 「そのままじゃ無理だとおもう。ただ、何かサポートがあればいけるかも」

 「身体強化魔法か!」

 合点がいったという表情でシルビオが声を上げた。皆が一斉にルディの方をみる。

 「強化魔法は使えるけど、正直そこまでの強化ができるかは自信ないぜ」

 「いつもあんだけやってて、それはないんじゃないっすか、ルディ」

 不安そうなルディを茶化すようヘルマンがいう。

 「そうだよ。俺たちいつもお前の強化魔法に苦しめられてんだから」

 ルディを励ますようにダニエルも続ける。

 「やってくれるかい?ルディ、クルト」

 「うん。任せておいて。ねっ、ルイ」

 「わかった。やってみるよ」

 笑顔で頷くクルトに連れらて、ルディも頷いた。


 「大丈夫か?クルト」

 実際に魔獣に突っ込んでいくのはクルトである。彼の心境が気になり、ルディが声をかけた。

 「うん。怖くないわけじゃないけど、ルイのこと、信じてるから」

 「そんな信頼されるほど強くねーぞ、オレ」

 魔獣を見据え、体を解すように動かしているクルトから視線をそらし、ルディがつぶやく。

 「そんなことないよ。僕、いつもルイの魔法に助けられてるしさ。それにね」

 そこで一度言葉を切ると、クルトはルディと視線を合わせた。

 「僕一人じゃ無理でも、ルイと一緒ならきっとうまくいくと思うよ」

 微笑みながらそういうクルトをみて、ルディは胸のあたりがあたたかくなるのを感じた。クルトが信じてくれるなら、それにこたえたい。ルディは自分の腕を信じることはできなかったが、クルトのことなら信じられた。弱気になるのはここまでだ。

 「そうだな。オレたちならできるか」

 ルディは力強く頷くと、神経を集中させた。


 魔獣は再び姿を現したルディたちを発見し、怒ったように鳴き声を上げた。真正面から突っ込んでくるクルトを標的にして、前脚を上げ、振り下ろした。クルトはそれを避けずに、剣を構え受け止める体制をとる。

 高い金属音がして、剣と魔獣の爪が衝突する。クルトは吹き飛ばされないように足を踏ん張った。

 「てい!」

 声を上げてクルトが腕を上にあげる。魔獣はクルトに押し返されて、体制を崩した。前脚が宙をかく。

 「いまだ!後脚を狙え!」

 次の瞬間、脇に控えていたシルビオとダニエルが切りかかる。

 魔獣は抵抗するように、火球で2人を狙った。ジュ、2人に当たる前に火球は音を立てて消え去った。マルクスとヘルマンが迎撃したのだ。

 ダニエルが右脚、シルビオが左脚を切りつける。かなり深く傷をつけたのか、魔獣の両足から血が噴き出した。魔獣は立っていることができず、そのまま後ろに倒れこむ。高い魔獣の声が空気を切り裂いた。

 「いまだ、クルト。やれ!」

 魔獣の声に負けないよう、大声でシルビオが指示をだす。

 クルトは剣に風をまとわせると、大きく飛び上がった。そのまま魔獣の喉めがけて刃を振り下ろす。喉を切り裂かれ、血しぶきが飛び出す。魔獣はしばらく苦しそうにもがいていたが、やがておとなしくなった。


 「やったか?」

 暴れる魔獣のそばから避難していたシルビオがおそるおそる魔獣に近づいた。体に触れると、こと切れていることを確認する。

 「どう?」

 「討伐成功だ!」

 シルビオは心配そうに見守っているルディたちのほうを向くと、笑顔でそういった。

 

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