一章 休日 2

孤児院を後にしたルディとクルトは、夕食の材料を求めて街をぶらついた。

 ルディたちが所属する訓練所や孤児院がある街は比較的大きな街だ。街の中央を縦断するメインストリートには、飲食店や装飾品を売る店がたくさん存在する。街を横断するようにもう一本の大きな通りがあり、そちらでは野菜や果物、魚や肉を売る小売店が多く店を構えている。一本裏に入ると、魔導書や魔術道具を売る店が点在していた。街の北側には小さなレンガ造りの家々が立ち並んでいる。街の中央には領主の館を兼ねた大きな時計台があり、その周りは広場になっており、人々の憩いの場になっていた。

 

 2人は角を曲がり、メインストリートから小売店が立ち並ぶ通りに入った。夕食時ということもあり、朝より多くの人が行きかっている。店の正面に並べられた商品を見ながら通りを進んだルディたちは、魚屋の前で足を止めた。

 「今日は貝が安いな」

 「おっ、お目が高いね、お兄さん。いいイカも入ってるよ」

 つぶやいたルディに店の売り子が声をかける。

 「今日の夕飯、魚介でもいいか?」

 「ルイの作るものなら何でもいいよ」

 クルトが返事をした。

 「その返事が一番困るんだよなぁ」

 クルトに文句もいいつつ、ルディは献立を考えた。

 ――貝とイカだから、あとは野菜を買ってブイヤベース風にしよう。

 頭のなかで必要な食材をリストアップする。

 幼いころに食事作りを手伝ってから、料理はルディの趣味の1つになった。材料をそろえ、レシピどおりの手順を踏めば、同じ結果を再現できるところが魔法の勉強に似ていて好きなのだ。最近ではレシピを見ずに作れる料理も多くなった。味もまずまずで、同僚やクルトからは好評である。

 「じゃあ、あとはあっちの店で野菜を買って帰ろう」

 2人は通りを引き返し、八百屋に向かった。

 セロリ、にんにく……と次々迷いなく食材を買っていくルディをクルトが興味深げに見つめている。

 「ルイ、レシピ全部記憶してるの?」

 「よく作るのだけだ。お前も基礎魔法書は暗記してるだろ。それと同じようなもんだ。おどろくほどじゃないよ」

 会話しつつも買い物の手は止めない。ルディは必要なもの入れ終えた籠を店員に渡した。

 「まいどあり。リンゴ1個おまけしとくよ」

 店員がルディに袋を渡そうとしたそばから、ひょいとクルトが荷物を奪ってしまう。

 「ちょっと、自分で持てますけど」

 いいからいいからとクルトはルディの抗議をかわした。

 「食べるだけじゃ悪いからね。後片付けは僕がするよ」

 「少々過保護じゃありません?」

 抗議を続けるルディを無視してクルトは養成所に足を向ける。

 昔から体が小さく体力のないルディを心配して、クルトはルディを守ろうと行動している。そんなクルトの優しさをうれしく思う反面、親友として対等に扱ってほしいという気持ちも抱えていた。

 ルディは速足でクルトに追いつくと、それ以上は何も言わずに並んで帰路に就いた。


 「2人ともおかえり」

 「おーす」

 ルディたちがキッチンに向かうと、手前の食堂に見知った顔をみつけた。後輩のニコラスとヤンだ。金髪で背が高い方はニコラスで、黒髪で細身な方がヤンだ。同い年の2人とは後輩というより友達に近い関係で、休日を一緒にすごすことも多い。

 「ごきげんよう。お二人さん」

 ルディが手を上げて答えた。

 「ヤンたちも夕食?」

 「おう。外行こうか悩んでたとこ」

 クルトも声をかけると、ニコラスが返事を返した。

 「なんでもよけりゃ作ってやるけど」

 ルディは紙袋を指さした。

 「マジ?よっしゃ、ルディの飯はうまいから」

 「大丈夫?迷惑じゃない?」

 「大丈夫、大丈夫。2人分も、4人分も変わらないって」

 喜ぶニコラスと対照的に、申し訳なさそうなヤンを安心させるようにルディは答えた。

 ――材料、多めに買っておいてよかった。

 そう思いながらルディはキッチンに向かう。

 「ルイ、なんか手伝おうか?」

 「大丈夫。ちゃっちゃと作っちゃうから3人でしゃべってて」

 こちらにこようとするクルトを手で制してルディが言った。

 なれた手つきで包丁を取り出すと、ルディはイカをさばき始めた。鼻歌を歌いながら包丁をふるっていく。鍋に食材と調味料を入れて火にかけた。固くならないよう、イカは後入れするのがポイントである。ルディが食器を用意していると、食堂から3人の話し声が聞こえてきた。

 「そういや、2人は今日どこにいっていたんだ?」

 「孤児院だよ。最近顔を出せていなかったから」

 クルトが答えた。

 「あぁ。幼馴染がいるって言ってたよね」

 ヤンは納得したようにうなずいた。

 「幼馴染か……、そういや女の子もいるんだったよな。たしか年下だっけ。可愛い?紹介してよ」

 「僕は可愛いと思うけど……手をだしたら怒るよ」

 目を輝かせるニコラスをけん制するようにクルトがいった。

 そんな会話を聞いているうちに、料理が完成した。器に盛りつけると、ルディは食堂に向かった。

 「おまちどうさん」

 声をかけると3人は会話を中断し、食器を運ぶのを手伝った。

 「いただきます」

 4人で机を囲み、食事を始める。

 「そういや、ルディとクルトはもうすぐ実践デビューだよな。いつだっけ」

 セロリを避けながらニコラスが尋ねた。

 「1か月後の予定だよ」

 「いいなぁ。俺たちはまだ基礎訓練しかさせてもらえないから」

 「期待の新人だもんな。きっと初陣でも活躍するんだろう」

 茶化すようにニコラスがいった。

 「そういうなよ。オレ、これでも結構ビビってるんだぜ」

 「そういいながら、本番に強いタイプだよね、ルイって」

 「そういうお前はプレッシャーに強いよな」

 ワイワイ会話しながら食事を済ませると、約束通りクルトが片付けに向かった。ヤンも手伝いにキッチンは向かう。

 ルディとニコラスは食堂で片付けが終わるのを待った。

 

 「おやすみ」

 「ご馳走様でした。ありがとう」

 建物の反対側に部屋があるニコラスとヤンとは食堂の入り口で別れた。

 ルディとクルトも寝室に向かう。

 「ルイおやすみなさい。また明日」

 「おやすみー」

 クルトとも部屋の前で別れ、ルディは自室に入った。

 靴を脱ぎ、ベットに横たわる。ベットサイドに積まれていた魔導書を手に取りパラパラとめくった。昨日の続きから目を通す。予習というほどではないが、就寝前に魔導書を読むのが日課だ。魔導書を読みながら、ルディは今後控えている初陣のことを考えていた。

 クルトたちには緊張しているといったが、実際のところルディはさほど恐怖心をだいていなかった。実践といっても教官がついてくれるし、討伐対象の魔獣も低レベルである。魔法の訓練には真摯に取り組んできた自負もある。何よりパートナーがクルトであることにルディは安心していた。

 ルディとクルトは小さいころからの親友だ。養成所に引き取られてからは戦闘のパートナーでもある。クルトとなら、戦闘中言葉を交わさずともしっかりと連携をとれるだろうと思っている。もちろん、ルディ自身も自分の実力には自信があるが、それ以上にクルトは必ず自分の考えを汲んでくれるという確信があった。

 本を閉じ、起き上がるとパジャマに着替えた。訓練のある日は朝が早い。ルディは早め就寝しようと、部屋の電気を消した。

 

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