第一部 魔導士養成所
一章 休日
一章 休日 1
――嫌な夢をみた。
ルディは目を覚ますと、涙で頬が濡れていることに気づき拳で拭った。
幼い頃の夢だ。両親や隣人が魔獣に殺される夢。
養成所に来たばかりの頃は頻繁にこの夢をみて、泣きじゃくることもあった。最近はめっきりみていなかったが、昨晩は久々にこの夢をみた。
ルディは起き上がると、顔を洗うために洗面台へ向かう。
ルディが住んでいるのは養成所の寮の一室だ。
広くはないが、少年が寝起きするには十分な広さはある。風呂は共用だが、トイレと小さい洗面台が付いていた。
ルディは顔を洗うと鏡をみた。見知った黒髪短髪て赤い瞳の少年が写っている。
「ありゃりゃ。こりゃまたクルトにつっこまれるわ」
瞼が若干腫れているのをみつけ、ルディはひとりつぶやいた。
幼馴染で親友のクルトは幼い頃から過保護気味だったが、15歳になった今もそれは変わっていなかった。ルディが泣いたであろう後を見つけたら、やれいじめられているだのなんだの騒ぎ立てるに違いない。
すぐに会うであろう親友の慌てぶりを想像して、ルディは苦笑した。
パジャマを脱ぐと、白い訓練着に着替える。
今日の訓練は休みだが、ファッションに興味がないルディはいつもと同じ格好だった。
最後にサファイアのネックレスを付けた。このネックレスは家で大切に保存されていたもので、両親の形見である。高価なものに違いないが、養成所の大人たちはルディの手元に置かせてくれた。
最後に寝癖がないかもう一度確認して、ルディは部屋を出た。
ルディは廊下を挟んだ向かいの部屋をノックし、声をかけた。
「クルト、起きてるかい?」
すると、すぐに扉が開き、クルトが出てきた。
「おはよう、ルイ。今日はなに――あれ、目、腫れてない?どうしたの?」
めざとく異変を見つけた幼馴染にルディは苦笑した。ここは素直に白状した方がよさそうだ。
「ちょいと夢見が悪くてね。起きたらこうだったんだ」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。もうどんな夢だったか忘れたくらいさ」
まだ心配そうなクルトにルディが答えた。
「それより、今日はどうする?出かける?」
ルディがたずねると、クルトはこう返事をした。
「ルディがよければ、孤児院に顔を出したいな。そろそろ種まきの時期だし、人手が必要かもしれない」
その言葉にルディは幼馴染たちの顔を思い浮かべた。
養成所の人たちは約束通り、自由に孤児院に行かせてくれた。孤児院に引き取られた同じ村の子供達とは今でも仲良しだ。ここ数週間顔を出していなかったのでそろそろルナ辺りが心配している頃だろう。
「そうと決まりゃ、とっとと朝飯済ませちゃおうぜ」
訓練がない日は食事が出ないので、2人は街に繰り出した。
馴染みの店に向かう。
甘いものが好きなルディは果物のフィリングが入ったパンを買った。このパンは季節によって使う果物を変えるので、なんど食べても飽きることがない。ルディのお気に入りだ。
一方クルトはチーズが乗った平たいパンを食べている。チーズが伸び、非常に食欲をそそるビジュアルをしている。
2人はパンを咥えながら、のんびり孤児院に向かった。
「ルディ、クルト。おはよう」
道ゆく女性が声をかけた。
「おはよう、レディ。今日もかわいいねぇ」
ひらひらと手を振りながらルディが答えると、女性は顔を赤らめ、早足になった。
「ルイはモテるね。顔、整ってるし。ちょっと小さいけど」
「小さいは余計だろ」
しみじみ呟くクルトの腰を指でつつきながら、ルディは親友の顔をみた。
――ルディはモテるね。
クルトはそういうが、実はクルトもルディと同じくらい女性に人気があることをルディは知っている。
――付き合うならルディ、結婚するならクルト。それがこの街の女の子の総意なのよ。
以前ルナが教えてくれた。
ルナはこうもいっていた。
「ルイはかっこいいけど、毎日みると飽きそうじゃない。クルトは整った顔ではないけど、笑うとかわいいし、優しそうだし。あと、力持ち」
どうやら男の評価は顔だけでは決まらないらしい。
そんなことを考えているうちに、孤児院に到着した。
ゲートをくぐると庭であそんでいる小さな子供達と、洗濯をしている少女たちが見えた。
「みんな、おはようさん」
「お邪魔してます」
ルディとクルトが声をかけると、少女たちは手を止め顔を上げた。
「ごきげんよう、ルディ、クルト」
挨拶を返す少女たちの中から1人が立ち上がり、ルディたちに寄ってきた。幼馴染のルナである。
「ごきげんよう、ルイ、クルト。来てくれて嬉しいわ」
ルナが笑顔を見せる。
「やっほー、ルナ。ごきげんいかが?」
「絶好調よ。ルイとクルトは?」
「僕たちも元気だよ。元気そうでよかった」
クルトがこたえると、ルナは満足げに頷いた。
「今日はどうしたの?休み?」
「休みだよ。何か手伝えるけとがないかなって思って」
クルトの返事に、ルナが嬉しそうなようすをみせた。
「ありがとう。男の子はみんなで畑をたがやしているの。手伝ってくれると、みんな助かるとおもうわ」
「おう。まかせとけ」
ルディが力瘤をつくる仕草をすると、ルナはおかしそうに笑った。
3人は一緒に畑の方に移動した。
「ルディとクルトが手伝いにきてくれたの」
ルナが少年たちに声をかける。するとみんなが周囲に集まった。
「2人ともありがとう。助かるよ」
「クルトがいれば百人力だよ」
「あれっ、オレは戦力外ですか……」
ルディが項垂れるとみんなが笑った。
――2時間後。
クルトはまだ畑仕事を手伝っていたが、早々にバテたルディは隅っこで見学していた。いつものパターンである。
体育座りをしているルディの周りに、遊び飽きた小さな子供たちが寄ってきた。
「ねえ、お兄ちゃん魔術師なんでしょ。魔法見せてよ」
「まだ見習いだけどね。いいよ、それっ」
ルディが地面に手をかざすと、ただの地面から噴水の様にみずが吹き出した。水飛沫が虹を作る。子供達からわぁっと完成が上がった。
「すごい、すごい。ボクの背より大きいよ」
「ねぇ、火は出せる?物語のドラゴンみたいにブワァって」
「それより竜巻がいいなぁ。大きいやつがいい」
「まった、まった。順番な」
子供達に落ち着くようにいうと、ルディは次々と魔法を使った。舞上げた枯葉を燃やしたり、小さな旋風を起こして帽子を飛ばしたり、シャワーのように上空から水を降らせたり。子供たちは大喜びできゃあきゃあ騒いでいる。
そんな様子をクルトは微笑ましく見守っていた。ルディは戦力外だといっているが、ルディが子供たちをみていてくれる間、少年たちは安心して農作業に集中できる。ルディは十分に戦力になっていたのだ。
「そろそろごはんにしましょう。ルイとクルトも食べていくでしょ?」
「ありがとう、ルナ。ご馳走様になるよ」
「ほら、ごはんだって。もう終わりだよ」
まだ遊びたそうな子供を引き連れて、ルディがクルトたちによってきた。
「すごい懐かれてるね」
「人気ありすぎて、オレ様困っちゃう」
おどけたようにルディがいうと、クルトとルナが吹き出した。
孤児院で昼食をご馳走になったあと、クルトは畑仕事を、ルディは子供たちの世話を夕方まで手伝った。その後、名残惜しげな子供たちにまた訪れることを約束して、ルディとクルトは孤児院を後にした。
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