【祝・完結】忘却の魔導士〜前世は有名魔導士らしいが、一切記憶がない〜

ゆず

序章 旅立ちの日は突然に

 のどかな村であった。

 村の入り口には広大な畑があり、人々が農作業にいそしんでいる。畑の左手には農場があり、モーという牛の声が聞こえてくる。村の奥には円を描くように30件ほどの小さな家が立ち並び、広場になった家の前で子供たちが遊んでいる。

 ルディはそんな村の子供だった。両親ともに健康で、家は裕福でないが食べるには困っていない。近所には遊ぶ友達もたくさんいる。

 ルディは、自分は幸せだと思っていた。このまま大きくなり家を継ぐのだと信じていた。

 

 ――あの時までは。


 その日もルディは村の友達と遊んでいた。木登りをしたり、かけっこをしたり。誰がいいだしたのか、今度は鬼ごっこをしている。少し疲れたルディはゲームから降り、少し離れた切り株に座り鬼ごっこの行方を見守っていた。

「ルイ、大丈夫?」

 親友のクルトが声をかける。

 クルトはルディと同じ5歳の男の子だ。隣の家に住んでいる、ルディの一番の友達である。

 ルディが声の方を見ると、茶色の瞳が不安そうにルディを見つめていた。

「ちょっと疲れただけだよ。心配しないで」

 それでも不安そうな親友をみて、ルディは笑った。

 この親友は少々過保護なのだ。同じ年齢の他の子供よりも体格の小さなルディのことをいつも心配している。荷物を持つ際もさりげなく軽い方を渡すなど、いつも気をつかってくれる。

 「大丈夫だよ。ほら、みんなが心配ちゃうから早く戻らないと」

 ルディがクルトに、鬼ごっこに戻るように促していると、泣き声が聞こえた。誰かが盛大に転んだようだ。

「大丈夫?」

「あっ、血が出てる」

 仲間たちが次々寄ってくる。ルディとクルトもそばに近づいた。

 4歳のルナが転んで泣いていた。膝を擦りむいたようで、傷口から血が出ていた。

「ルナ、泣かないで。これくらいすぐに治せるよ」

 ルディは声をかけると、傷口に手をかざした。

 すると傷口が光だし、あっという間に傷がふさがった。

「すごい。ありがとう、ルイ」

 泣き止んだルナがお礼を言う。仲間たちも次々とルディをたたえた。

「もう魔法がつかえるんだ」

「俺らのなかで魔法が使えるのはルイとクルトだけだよな。俺にもおしえてくれよ」

「まずは字を読む練習をしないと」

「あれ、どうしたんだろう?」

 みんなでワイワイさわいでいると、畑の方が何やら騒がしくなっていた。視線を畑に向けると、そこからおばさんが走ってくるのが見えた。

「魔獣が結界を破ったのよ。みんな、早く逃げて」

 おばさんの言葉に緊張が走った。

 おばさんが子供たちの手を引いて避難させようとした。ルディはその手を振りほどき、畑のほうに向かって走り出した。

「だめ。父さんと母さんが畑にいるんだ」

 ルディをとめる声が聞こえたが無視して走った。おばさんは他の子供たちで手一杯なので、追ってはこないようだった。

 「ルディ、待って」

 すぐ隣からクルトの声がした。

「なにやってんでよ、クルト。早く逃げろ」

 ルディは怒鳴った。

「ルディにいわれたくない。僕のパパとママも畑にいるはずなんだ」

 二人は顔を見合わせ、うなずくと一緒に走った。


 畑は地獄絵図だった。何人もの大人が血だらけで倒れている。何人かの無事だった男たちは農具を手に魔獣を追い払おうとしていたが、魔獣は気にしていないようだ。

 恐ろしい魔獣だった。ちいさな魔獣はこれまでも何度か目にしていたが、それとはくらべものにならないくらい大きく恐ろしい。四本の脚には鋭い爪があり、脚一本でけでも大人と同じくらいの大きさがある。大きな口には鋭い牙があり、ルディなんか一飲みできてしまいそうだった。全身を覆う白い毛はところどころ返り血で赤く染まっていた。

「負傷者は何人だ」

「こんな大きな魔獣、この辺に住んでるはずがなのに」

「子供たちは無事か」

「街の魔術師たちはまだ?」

 周囲は騒然としており、大人たちは魔獣の対処にかかりっきりでだれもルディとクルトに気づいていないようだった。

「あっ、母さんだ」

 魔獣の恐ろしさに思わず立ち止まったルディ達だったが、視界に母をとらえて再び走り出した。

「待って、ルディ」

 親友の止める声にも耳を貸さず、ルディ母に駆け寄った。

「お母さん、お母さん」

 ルディは母に何度も声をかける。しかし、返事はかえって来なかった。

 視界の端ではクルトが母親のそばで泣きじゃくっているのが見える。

 その時、ルディは何かを感じた。感じたことがない感覚だった。

 急いで顔を上げると、魔獣がじっとルディとクルトの方を向いていた。まるで品定めでもするように。

 ――やばい。

 ルディはクルトに駆け寄ると泣きじゃくるクルトの手を引いて走り出した。

「ルディ、ママが……」

「わかってる。でも今は逃げなきゃ」

 魔獣がじりじりと迫ってくる。2人は必死に走ったが、距離は広がらない。いよいよ魔獣が迫ってきて、2人を引き裂こうとした。

 ルディは両手を宙にかざすと、自身とクルトの周りに結界を張った。

 結界は魔獣の一撃を防いだが、大きな音を立てて砕け散ってしまう。

「ルイ!」

 反動で思わず膝をつくルディをクルトが支える。

「こっち来ないで」

 クルトが手を挙げると、魔獣と二人の間につむじ風が起こり、畑の砂を巻き上げた。クルトが魔法を使ったのだ。

 目に砂が入ったのか、魔獣が足を止めた。

 そのすきに2人は再び走り出した。少しして、魔獣の鳴き声が聞こえた。怒らせてしまったらしい。

 ――もうだめだ。

 2人は固く手をつなぎ、目を閉じた。その瞬間、魔獣の鳴き声が響きわたった。

 ――?

 しかし、いつまでたっても衝撃はこなかった。

 おそるおそる目を開けると、魔獣が横倒しになっていた。

 魔獣の横には見知らぬ黒いマントを羽織った大人が数人いた。近くの街の魔術師たちが到着したのだ。

「君たち、大丈夫かい?」

 一人の魔術師がルディとクルトに近づきやさしく声をかける。

「遅くなってすまなかった。もう大丈夫だからね」

 魔術師は無言でうなずく2人にそう告げると、ルディとクルトを無事だった大人に引き渡し、魔獣の死体の処理に向かった。



 街の魔術師の到着が間に合い、村人の全滅は避けられたものの、被害は甚大だった。

 ルディとクルトを含む5人の子供は両親をなくし孤児となった。

 子供たちは両親との別れを悲しむ間もなく、魔術師とともに街の孤児院に向かうこととなった。

 村では食べるのに困らないとはいえ、大人が減った今孤児を養う余裕のある家はないのだ。

 魔術師の中で、背が高くがっしりした体型の男がルディとクルトを見つけ、声をかけてきた。

「やあ。無事でよかったよ。大丈夫かい」

「はい、ありがとうございます」

「ところで、さっき魔法を使っていたのは君たちでまちがいないかな」

 ルディとクルトは顔を見合わせ、小さくうなずいた。

「ほかに魔法を使える子供はいるかい?」

 今度は2人して首をふった。

「そうかい。では、このボールをちょっと握ってみてくれないかい」

 ルディが差し出された白いボールを握ると、みるみる色が変わり、緑色になった。

 驚くルディをしり目に魔術師はクルトにもボールを握らせた。

 クルトがおそるおそる握ると、ルディの時と同じく緑色に変化した。

 魔術師は満足げにうなずくとボールをしまった。

「2人とも、魔力量は平均的だな。まあ魔力は魔石でどうとでもできるし……」

 独りごとをいうと、魔術師はしゃがんでルディたちと目を合わせた。

「2人に提案なんだけど、孤児院ではなく私たちの施設に来ないかい?魔術師を育てるところなんだけど、君たちの年齢で魔法を使える子は少ないから、将来有望だと思うよ」

「みんなとは一緒にいけないの?」

 クルトが不安そうに聞いた。

「同じ施設では暮らせないけど、同じ街にあるからお友達にはいつでも会えるよ」

 顔を見合わせるルディ達に魔術師はつづけた。

「無理強いするつもりはないんだ。ただ、2人とも強い魔術師になりそうだからできれば付いてきてほしいんだよ」

「強くなったら、魔獣を倒せるようになれる?」

 ルディが訊ねた。

「なれるよ。もしかしたら私たちよりも強くなって、多くの人が助けられるかもしれない」

 魔術師のその言葉を聞いて、2人は決心した。

「わかった。おじさんたちについてく」

「ぼくも」

 ルディに続いてクルトも答える。

「いいの?」

 クルトが本当はみんなと孤児院に行きたいのではないかと思い、ルディが聞く。

「うん。強くなって、ぼくたちみたいな人を助けられるならいいかなって。それに……」

 クルトがルディの手を握っていう。

「ルイが一緒なら大丈夫」

「ぼくもクルトと一緒なら大丈夫」

 ルディは手を握り返しながらいった。

「2人とも心は決まったようだね。じゃあ行こうか」

 魔術師に促され、2人は村を後にした。

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