切り替えと仕切り直し

「ごめん。せっかく遊びに来たのに俺の愚痴ばっかり聞いてもらっちゃって……」

「全然大丈夫だよ。すっきりした?」

「ああ、本当にありがとう」


自分でも気づかず無意識に不満や怯えを抱えていたのかもしれない。

次から次へと愚痴が出てくるのは自分でも驚いた。

だがこのまま榎本に迷惑をかけたままじゃ終われない。

これは評価を下げたくないとかそんなことじゃなく、俺が一緒に遊びたいんだ。


「その……だいぶ愚痴に時間を使っちゃったけどさ……もう一回仕切り直して遊んでほしい……」


榎本は俺の言葉に一瞬キョトンとしてすぐに笑顔になる。


「いいよ。こちらこそよろしくお願いします」


それから俺達は遊びまくった。

ボールを借りてきてバレーみたいなことをしてみたり俺が苦手なバタフライのアドバイスを榎本から貰ってみたり。

本当に楽しくて一瞬で時間が過ぎていった。


「ふー結構遊んだね」

「そうだね……そうだ!あれ入ってみない?」


そういって榎本が指差したのは泡が出る浅い温水プール。

そういえばプールでリラックスする系のは入ったことが無いかもしれない。


「いいね。入ってみたいかも」

「じゃあ早速行こうよ」


俺達は温水プールに移動して最初に榎本が水に入る。


「温かい……なんか泡もすごく気持ちいい〜」


ほう、そんなに良いのかと俺も入ろうとするがここであることに気がついた。


(なんかこれ混浴みたいじゃないか!?)


さっきまで同じ水の中にいたはずなのに水が温かくなり浅くなっただけで何かいけないことをしている気分になる。


「どうしたの?入らないの?」


榎本は気にしていない様子。

つまり合意ということだ。

合意ならば仮にいけないことだったとしても許されるよな……?

意味のわからない理論で自分を納得させ恐る恐るプールに入る。

そして入った瞬間そんな下心は飛んでいった。


「これ思ったよりも気持ちいいな……」


少し冷えた体を適度に温めてくれて下から出てくる泡がなんとも言えないリラックスをもたらしてくれた。


「ねえ小泉さん……」

「どうしたの?」


そのままお互い無言で5分ほど浸かっていたとき榎本から話しかけられた。


「今日……楽しかった?」

「ああ、本当に楽しかった。こんなに気が楽だったのは久しぶりかもしれない」


高校に入って中学校よりも人付き合いも増えたからそう何回も優とだけ遊ぶ訳にもいかない。

最近こそ優を含めた四人で遊ぶことが増えたけどそれまではあまりプライベートで集まれなかった。

だから今日は本当に久しぶりに素でい続けることができたかもしれない。


「今日はありがとう。また、こうして一緒に遊んでくれるかな?」


驚くほど自然に出た言葉だった。

普段なら女子はそう簡単に誘ったりなんてしないけどこの得難い人を離したくなかった。

もっと遊びたいと心から思えたからこそ自然に……デートに誘えたんだ。

少し緊張しながら榎本の答えを待つ。


「いいよ。私も今日はすごく楽しかった!」


榎本の了承に心から安堵する。


「それじゃあ名残惜しいけどそろそろ帰ろうか」

「そうだね。これ以上いると遅くなっちゃう」


もう少し榎本の水着を眺め……いや、遊んでいたかったけどかなり長時間遊んだし今日はこの辺にしておこう。

更衣室の外で待ち合わせの約束をして水着から普段着に着替える。

髪を乾かして外に出る。

榎本はまだ来てないみたいだな。

そんなに遅れないって言ってたし飲み物でも買いに行くか。

長谷川から榎本はグレープの炭酸が好きだと聞いていたのでグレープ味と俺の分のオレンジ味を買って待ち合わせに戻る。

するとそこにはもう榎本が立っていた。


「あっ、小泉さん」

「ごめん。まだ先かなって思って飲み物を買ってきたんだ。どっちがいい?」


そう言って手に持った二本のペットボトルを見せる。

グレープを選ぶだろうと思って買ったが押し付けは良くない。

その時の気分もあるだろうしな。


「その……グレープを貰ってもいい?」

「もちろん。はい、どうぞ」

「ありがとう。あっお金は払うよ」

「別に一本くらい大丈夫だよ。ここは素直に奢られてほしいかな」

「わ、分かった。本当にありがと」


俺達はベンチに座ってジュースを飲んで一息ついてから駅に向かって歩き出す。

行きはすごく長く感じた帰り道も二人で話しながら歩いているとあっという間で今日が終わるんだと実感してしまう。

帰りの電車は意外と空いていて二人で並んで座ることが出来た。

ただ電車の揺れが心地良いのか榎本が眠そうだ。

まぁ俺もかなり今日は疲れたし榎本は余計にそうだろう。


「榎本さん眠い?駅についたら起こすから寝ても良いよ」

「……いいの?じゃあ少し寝ようかな……」


そういって榎本はあっという間に寝息を立て始める。

榎本の寝顔はとても愛らしくていつもより幼く見えて可愛かった。

寝顔を見せてくれるなら少しは気を許してくれたんじゃないかと少し嬉しくなる。


「本当に……今日はありがとう」


返事は無かったけど俺の心は温かく軽くなっていた。

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