綾香の過去と達也の前進

「私は小学生のときは相手が男だろうと大人だろうと割りと物怖じせず話すことができたタイプだったんだ」


そうだったんだ。

ということは榎本が男嫌いになったのは何かしらのトラブルか何かあったのか。


「だけどね、五年生くらいになったとき男の子からよく意地悪されるようになったの」

「多分その男子たちは榎本さんのことが好きだったんだろうね。気になる子にいたずらしたくなる年頃だから」

「うーんどうなんだろうね。でもとにかくからかわれたりとか馬鹿にされたりしたんだ」


小学生のような幼く未熟な心は本当に残酷だと思う。

悪気なく、そして容赦なく相手の心を抉ることがある。

そしてそれを受ける側の心もまた未熟だから受けた傷は深く心に残る。


「それでね、私は男性不信になりかけてたの」

「なりかけた?」


これはあくまで間接的な理由であって他にも何かあったのか……

気になるけど辛い過去を話すのは勇気がいる。

俺が聞いてしまったら辛い過去を思い出して榎本を傷つけてしまうかもしれない。


「その先は俺が聞いてもいいの?」

「いいよ。私が小泉さんに知ってほしいと思って話してるんだから」

「分かった。聞かせてもらうけど無理はしないでね」

「ウォータースライダーで無理をした小泉さんに言われたくないけどね」

「う……」


そう言われてしまうと何も言い返せない。

だが注意散漫で話を聞くなんてあまりにも不誠実だ。

切り替えて榎本の話に集中する。


「私が男の人が苦手になったのは中学校一年生くらいのときなんだ」

「うん」

「電車に乗ってるときにね……痴漢にあったの」

「!?」

「すぐに近くにいた女の人が気づいて助けてくれたんだけどね。それから男の人が怖くてあまり喋れなくなっちゃったんだ」


思わず言葉を失ってしまう。

榎本が男を嫌って自分から遠ざけようとしていたのは自分の身を守るために身に付けた処世術だったのか……


「じゃあ俺が挨拶に行ったときも嫌な思いさせてたよね。ごめん……」

「ううん!全然大丈夫だよ!挨拶するのは当たり前のことなんだからむしろ私のほうこそ冷たくしちゃってごめんね」


あのとき能天気に考えて行動してしまったことが申し訳なくて罪悪感で満たされる。

俺たちの間に思い沈黙が漂う。

そしてその沈黙を打破したのは榎本だった。


「私ね、絵が下手なんだ。負けず嫌いだし仁美ほど愛想も良くない」

「え?」

「メンタルだって強くないし、お化け屋敷とかホラーとか怖くて観れないの」

「……」

「他にもいっぱいダメなところあるし直したいなと思うこともあるよ」

「い、いきなりどうしたの?」


いきなりの榎本のカミングアウトに戸惑ってしまう。

そんなことを俺に言ったところでどうしろというんだろうか。


「私はどれだけ小泉さんに欠点があっても受け入れる。私だって数え切れないくらい欠点はあるから人のことなんて言えないんだよ?」

「そうは言われても……」


簡単にそれができたら苦労しない。

人を信じられたらどれだけ楽だろうか。

今までも本当に心を許せたのは優だけだった。


「小泉さんは今まで本当に頑張ってきた。部外者の私が言えることじゃないのは分かってるけどもう……自分を許してあげても良いんじゃないかな」


それでも多分俺は……心のどこかで求めてたんだ。

誰かに認めてほしいって。

俺のスペックじゃなくて『小泉達也』という一人の人間を認めて欲しかったんだって。

でもそんな人現れるはず無いって諦めていた。

みんな完璧な『小泉達也』という偶像を求めているのが分かってたから。


「本当に……認めてくれるの……?」

「もちろん。どんな欠点があっても受け入れるよ。だって私は何でもできちゃうすごいところよりも優しくて楽しそうに過ごす小泉さんと仲良くしたいって思ってるんだよ?それに欠点以上に小泉さんにたくさん魅力があることを知ってるもん」


その言葉に思わず涙が溢れてきてしまった。

人前で泣くなんていつぶりだろうか。


「俺……絶叫系苦手なんだ……」

「うん」

「人付き合いだっていつも怖くて自信がなくて怯えてる……」

「うん」

「努力だって面倒だと思ってたし今までしたくてしてたわけじゃなかった……!」

「うん。それでも本当に小泉さんは頑張ってる」


榎本は俺がどんな欠点を言おうが笑わず、責めず、何でも受け入れてくれた。

本当に嬉しくて涙が止まらなかった。

そんな情けない姿を晒しても榎本は頭を撫でながらそばに寄り添ってくれていた。

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