見栄

浮き輪を返却した榎本が戻ってきて早速ウォータースライダーに向かう。


「このウォータースライダー有名らしくてやってみたかったの」

「そうらしいね。高くて速いとかなんとか」


来たことのないプールだったから誘われたときに調べてみたところウォータースライダーについて書かれている記事がとても多かった。

正直高いのは大丈夫だが速いのはあまり得意じゃないからジェットコースターとかは乗らないのだがこれはウォータースライダーだ。

ジェットコースターと比べたらたかが知れてるはず……!

そう心の中で決めつけ意気揚々とウォータースライダーへ向かっていった……のだが。


(あれ?下から見るより高さあるし何よりもあの角度と曲がり方はやばくない?)


ウォータースライダーが自分の想定以上でビビリ始めていた。

こんなにも高いと位置エネルギーも相当あるだろうし曲がりくねっていることで滑る距離も伸び運動エネルギーも(中略)つまり相当速いんじゃ……

これは戦略的撤退も視野に入れ榎本さんに聞いておいたほうがいいよな……?

ほら、榎本ももしかしたら戻りたくなってるかもしれないもんな。


「あの、榎本さ……」

「うわ〜楽しみだね!小泉さんはこういうの好き?」

「え?あ、ああもちろん!こういうスリリングで爽快なの好きなんだよね!」


やっちまった!?

つい見栄をはってしまった!

俺の馬鹿!一体これのどこが爽快なんだよ!

爽快どころか恐怖そのものじゃねぇか!

徐々に順番が進み俺たちの番が近づいてくる。

……処刑台の階段を登る死刑囚ってこんな気持ちなのかな。


「あの……小泉さん大丈夫?なんか震えてるし苦手なら別に無理しなくても……」

「だ、大丈夫!これはワクワクとか武者震いとかそっち系の震えだから!」


自分で言っておいてそっち系ってどっち系だよ、と突っ込みを入れたくなるような稚拙な言い訳だった。

それでも榎本は渋々ながら納得してくれたらしい。


「まぁそんなに言うなら止めないけど……本当に無理はしなくていいからね?」

「だ、大丈夫だって」


そうこうしている間に俺たちの番がやってきた。


「どっちから滑ろうか?」

「榎本さんの好きな方でいいよ」


このウォータースライダーはラブコメによく出てくる二人で滑る系のやつではない。

だから一人ずつ順番に滑る必要がある。

ぶっちゃけ二人で滑れたとしてもそういう間柄じゃないし楽しむ余裕が無いどころか恥を晒す気しかしないからこれで良かったけど。


「じゃあ私から滑っていい?」

「分かった。武運と無事を祈ってるよ」

「たかがウォータースライダーを滑るだけなんだから祈らなくて大丈夫だよ?」


俺が祈ろうとすると榎本に呆れられた。解せぬ。

俺は命がけの覚悟で臨もうとしているのに。


「じゃあいってきまーす」


その言葉と共に榎本の姿が消えていく。

榎本が滑ってから少し待ち係員さんに呼ばれる。

う……とうとうこの時が来てしまったのか……

後ろも詰まっていることだし決死の覚悟を決め滑り出す。

あれ?思ったよりも速くない……

と安心したのも束の間、達也の体はぐんぐん加速していく。

やっぱこれ速すぎない!?

なんとか止まろうとするが下は水が流れているし滑りやすすぎて全く意味がない。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


バッシャーン


絶叫しながら大の字で着水する。

あ、あれ?俺ちゃんと生きてる?

気づけば体は止まり水の中にいた。


「だ、大丈夫!?小泉くん!」


し、しまった!

まだ榎本がプールで待っていたとは……

いや、まだここからでも立て直しは効くはず……!


「いやぁちょっと驚いちゃったけどすごく楽しかったね。うん。爽やかなスプラッシュだったよ」

「流石にそれは無理があると思うよ」

「ですよね」


再び榎本に呆れられた俺は水から上がりベンチに連れて行かれ座らされた。


「苦手なら無理しなくても良かったのに」

「……情けないでしょ。高校生にもなって絶叫系こういうのが怖いなんて」


果たしてウォータースライダーを絶叫系と呼んでいいか怪しいものだが。


「そんなことないよ。むしろ人間なんて苦手なものが何個もあるのが当たり前なんだから」


そう、当たり前だ。

頭では分かっているが人に教えたくはない。

決して誰よりも優秀じゃなくては嫌だ、なんて傲慢なことを言いたいわけではない。

俺はそんなことよりも人間になりたいんだ。

またあのときそう誓ったんだ。


「あの……ごめんなさい」

「?何が?」

「服部さんから小泉さんの過去の事を聞いたの。あなたが他人に弱さを見せたがらないことも」


優の奴勝手に話したのか。

まぁ榎本なら人に広めたりとかはしないだろう。


「別にいいよ。ただあまり言いふらしてほしくはないかな」

「それはもちろん。……あのさ、私や仁美にも弱みを見せるのは嫌?」

「榎本さん達のことはもちろん信用してる。それでも、頭では分かっていても簡単に受け入れられないんだ。怖いんだ。人は、弱者にとことん牙を剥く生き物だから」

「……そっか。じゃあつまらないかもしれないけど私の昔話も聞いてくれない?」

「昔話?いいけど……」


俺の言葉に榎本は少し微笑んでポツリポツリと語りだした。

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