第17話 如意宝珠の気配

「あ、雨だ……雨が降ったぞ!」


 突然の大雨に、雫村の人々は歓喜した。

 長老が水虎を蘇らせるといって出かけた直後だったので、きっと水虎が降らせてくれたのだろうと人々は思った。

 水虎の元から逃げた青年たちは、まだ村には戻らずに森の中で震えている。

 だから、水虎の実態を知るものは、まだこの村にはいなかった。


「水虎さまが降らせてくれたんだ」


 一人の若者がそう言うと、それに続いて子供、大人たちはみんな長老と水虎に感謝した。


 そのころ、龍宮では、葵龍が如意宝珠の気配に気がついた。

 水虎が如意宝珠を使ったから、それを感知したのだ。


 今時点で大雨が降っているので、如意宝珠を使って雨を降らせたらしい、ということも分かった。

 気配は藤のいた村、雫村の方角からしている。

 龍宮にいた葵龍は取るものもとりあえず、雫村へと向かった。




 そして。


「如意宝珠よ、ここから一番近い村に俺を連れていけ」


 腹が減った水虎は村で何か食べ物を調達しようと思った。

 宝珠に願うと、足が勝手に動き出す。


「ははは、楽しいな、勝手に進んで行く」


 水虎が雫村へと来ると、村人は大雨にも関わらず外に出て水を浴びていた。

 久しぶりの雨に、人々は身体を清めたかったのだ。

 水虎はにやりと笑って如意宝珠を掲げる。


「雨よ、止め」


 大きく響いたその言葉は、村人にも聞こえ、雨はぴたりとやんでしまった。


 驚きと失望で、その声の主である水虎を見た村人は、怒りを込めて睨みつけた。


「お前は何者だ! 雨が止むことを天に祈るとは!」


「そうぴりぴりしなさんな。この水虎さまが雨なぞいくらでも降らせてやる。だから食べものを持ってこい!」


 叫ぶと、如意宝珠をかかげて再び叫んだ。


「雨よ、降れ! そして大地を潤せ!」


 水虎がそう願うと、如意宝珠はきらりと光ってまた雨を降らせた。


「水虎さまだ……」

「そうか長老が言っていた、あの水虎さまか……」


 村人は納得して、驚きと歓喜で、異質に美しい水虎に頭を下げ始める。

 長老が封印を解いた水虎だと、わかったから。 


 長老が帰って無いので、その息子が前に出て水虎に恭しくお辞儀をすると、声を掛けた。


「水虎さま。無事復活し、この村に雨を降らせてくれたこと、とても嬉しく思います。この日照りでなけなしの食料しかありませんが、ご用意いたします」


 長老の息子は、何か食べるものをと自分の妻に合図を送る。

 妻は急いで家に帰り、わずかな食料をもってきた。


 何かの草とその根、そして蓄えてあった米が少々。

 あぐらで地面に座りこんだ水虎の前には、それしか出されなかった。


「これだけか……」

「申し訳ありません……」


 がっかりした水虎は、それでも取り敢えずそれを全部食べた。


「まだまだ足りねえ。澄んだ水も欲しいねえ。そこの二人!」


 水虎は村の青年を二人、あごで指し示した。


「水のたくさんあるところに案内しろ。俺は水浴びがしたい」

「は、はい」


 青年二人は顔を見合わせて、そして水虎を見てよわよわしく返事をした。


 水虎はとても目つきが恐ろしかったので、逆らうと何をされるか分からなくて怖かったのだ。


「神泉に連れて行くのはどうだろうか」


 片方が言うと、


「そうだ、それがいい。あそこは水が沢山あるからな」


 頷きあって、青年たちは水虎を神泉に案内した。

 ここは藤の生贄の儀式をやった細い滝がある場所で、滝を受ける小さな泉があるところだ。


 滝は、今降っている雨で太く流れている。それを受ける神泉も水が豊かになっていた。 


 神泉をみた水虎は、ばしゃばしゃとその中に入り、身体をこする。


「冷たくて気持ちいい」


 汚れた体を、神泉のなかで洗いはじめた。

 そして、口をおおきく開けて滝からの水を飲み始める。


「ぷはあ、うめえ。水はやっぱりうめえな」


 飲み終わって手で口元をぐいっとぬぐい、青年たちを見る。


「なあ、もっと食べ物はないのか?」


 眉を寄せてそう聞く水虎に、青年二人は困り果てた。


「ずっと日照りだったので食べ物が無いんです」


「お前たちでもいいんだよ……」


 したなめずりして獲物を見る目で青年二人を見る。

 青年たちは震えあがって頭を地につけて懇願した。


「それだけはどうかご容赦を」

「俺たちはまずいですから」


 水虎はふふんと笑った。


「実際のところ、お前たちは美味いだろうが、今は喰わないでおく。何かの役にたつかもしれんし、俺は喰うなら女がいいからな」


 そう言うと、懐にしまってあった如意宝珠を取り出し、天に掲げた。


「食べ物があるところへ連れて行ってくれ!」


 足が勝手に動き出す前に、水虎は岸にあがって青年たちの腕をつかむ。


「ついてこい。ついて来て俺の役にたて。でないと喰う」


 如意宝珠によって水虎の足はまた動き出した。


 足はふたたび神泉の中へと入っていく。

 そのまま中央へ向かって進んで行く。


 青年たちは、水の中では呼吸出来ないので、慌てて水虎の手を振りほどこうとした。

 しかし、掴まれた手はびくともしない。


「ははあ、ここか。ここからどこかに繋がっているようだな」


 水虎は葵龍の神力で龍宮へと繋がっている道を、如意宝珠のおかげで見つけたのだ。

 宝珠の力で足はどんどん神泉の深いところへと向かう。

 混乱している青年二人をかかえ、水虎は泉の中央まで行き、その下へ潜った。


 グルグルと、身体が回る、と水虎は思った。

 それからすぐに、水虎と青年二人は龍宮の湧き水を湛える神泉に出たのだ。


「ああ、いい匂いがする。ここには食べ物が沢山ありそうだ」


 水虎は満足そうにニマリと笑う。

 その口元には、尖った白い歯がずらりと並んでいた。



 

 そのころ、葵龍は。

 如意宝珠を使う気配を何度も感じて、焦りながら雫村へと着いた。

 雫村で葵龍は敬われているが、人型のときの顔や姿は知られていない。

 村の人々は葵龍が何者か分からず、上等な身なりから、役人だと思った。


 外に出て雨を喜ぶ人々に向かって、葵龍も濡れた身体で声をかける。


「ここで、これくらいの青紫色の珠をもったモノがきませんでしたか?」


 両手を前で丸く合わせた葵龍に、長老の息子が応えた。


「ああ。お役人さまで? さっき雨を降らせてくださった水虎さまがそれくらいの珠を持っていたなあ。嬉しい雨じゃないですか」


 村人たちはざあざあと振る雨を一身に浴びながら各々が身体を清め、口を開けて水を飲んでいた。


 葵龍は水虎と呼ばれたものが妖であることを知っていた。

 昔、この一帯にいた狂暴な妖で、龍宮の書庫にある本や代々の葵龍神から伝説として聞いていた。

 嫌な予感がする。

 その水虎が如意宝珠を持っているなんて。


「その水虎はどこに行きましたか?」

「もっと飯を食いたいから、食べ物のあるところへ行くと言っていました。それにしても、お役人さま、三か月ぶりのまとまった雨ですよ、これで少しは作物が取れるかもしれない」


 そのとき、また如意宝珠の気配を葵龍は感じた。

 場所は、藤が生贄にたたされた神泉のある場所だ。


 雨の中びしょぬれになりながら嬉しげに水を浴びる人々を後にして、葵龍は神泉へと向かった。

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