グレートデイモス

洗浄魔法で汚物の付着からは免れる。


が、汚物の中心で呼吸するとどうなるのか。


当然、腐肉汁やらを肺に、体内に吸い込むことになる。



キレちまったよ、屋上いこうぜ・・・





あたしは今、絶体絶命の窮地・・・なんて生易しく感じるくらいの恐怖に打ち震えている。


魔道士が欲しいから、どーしても!と請われ参加したダイバーズPT。


すごい美男子の前衛フロントマン三人組と、すごい美少女の猛攻アサルトマン役魔術師。


あたしは低人気職のヒーラーだし、こんな華やかなPTには似合わないよね・・・と思いながらついて行ったら、突然穴に落とされた。

魔術師のボーナに。


落とし穴の場所は、前衛のひとりクレイカシアスさまが教えてくれてたんだけど、後ろからソッと押されてスコーンて落ちていった・・・・・


「ユニアム!」


ボーナのわざとらしい絶叫が遠ざかっていくのかたまらなく悔しかった・・・




そしていま、あたしの前には朱い目の最強最悪の魔人が、通路脇にころがった杖の光に不気味に照らされている。


人の本性を具現化した、と言われれば陳腐、矮小とも評価出来るけど・・・物理的な暴力装置、醜悪の造形的表現としては正しく最強の悪魔という概念を実行、現実として生み出している存在に違いない。


クドクドとこんな思考をしつつも、体は絶命の恐怖に痙攣をおこしながら失禁し、その股に流れる暖かさが生への執着をつなぎ止め、発狂と放心を許してくれない。


明かりをくれた天使様は無惨に頭を齧られ、黒く吹き出した血と骨片もろとも背後の汚物・・・屍体の山へと打ち捨てられてしまった。


天使様なのに黒い血・・・その血は、今も悪魔の口から吹き出し続けて・・・あれ?


悪魔の血?



よく見ると、黄色く滑る大きな牙は、片方しかない。


突然、自分の体が後退してゆくような錯覚に陥り、前に倒れかけてヒザをついてしまう。


恐ろしい叫び声が聞こえる・・・悪魔が、こちらを凝視し叫んでいた。


巨大な手と爪で、ガリガリと壁を、石畳を押し出しながら退がってゆく。



隣で溺れた子供の咽声が聞こえた。



「ひいっ!」



声を向くと、そこには全ての表情が抜けきった屍体のような顔が、ふたつの目だけを大きく、いまも通路脇に転がる杖の輝きをうけ爛々と光らせていた。



「天使様・・・」



くるるっ、と鳥や小動物のような呻きと共に、汚水のような液体を咽戻している。


前方を凝視しながら。


突然、全身を叩き飛ばされるほどの衝撃に襲われた。


今はかなり遠ざかっている悪魔の咆哮、ついそちらに目を向けると、いまここに居たハズの天使様のお姿が、その醜悪な魔人と共にあった。


「えっ」


思わず隣を確認してしまう。


当然、いない。


悪魔の絶叫が上がり、瞬く間に細く、悲哀の泣き声へと変わっていった。


どんな暴・・・奇跡でグレートデイモスを駆除・・・討滅するのだろう。


わたしは天使の御業を目にしようと近づいた。


「・・・・て・・・あんたさ~、デイモ・・・ってハ・・・・」


天使が悪魔になにか囁いている。


「だからさ~、別にあんたがヒト襲おうがんなのどーだっていいの!とりあえず美しく生まれ変わりなさいよ!」


天使様が右手でなにかを祓う。


通路詰まっていたデイモスの肉体はカスミの如く消え失せ、後には一双のねじれた山羊の角を持つ美しい禿頭の男が出現していた。


「だからなんで髪の毛がないのよ!・・・縦ロールのカツラでろ~パタパタ」


どこからか取り出したのか、天使様は闇色に煌めく豪奢な漆黒巻き毛の束を跪いた男の頭へと冠した。


「え・・・すごい似合う・・・うそっ・・・」


天使様がため息を付きながら吸い寄せられるようにフラフラと近寄ってゆく。


魅了されてしまったのだろうか、危ない!


「天使様!気をお確かに!」


思わず警告を発し駆け寄ろうと踏み出したところで、空気を叩く音が聞こえるほどの勢いで振り向いた天使様と目が合った。


え。


全然正気じゃん・・・・・


一泊の間を開け、天使様はなるほど、と呟いた。


「・・・きちゃだめ!あたしが犠牲になっているうちにはやく、はやく逃げて!」


そう叫ぶと、立ち上がった長身の男へとその身を捧げるように抱き着いて行った。


角男子・・・天使様に眷属化されたグレートデイモスなの?は、あきらかにうろたえていたが、天使様に顔を掴まれメシメシと不穏な音を響かせながら肯定の絶叫を三度繰り返すと、天使様の衣を毟るようにはだけ・・・その場でイタしはじめやがった!!


見ないで、せめて向こうを、などと嬌声の合間に要請される。

しかしその目にはそこに居てという願望がありありと見えたので、せめて清楚可憐なお姿が不浄なる悪魔に蹂躙される姿をしかと脳に刻み付けようと肚を据えた。


「なによ、いま発電中なんだから後に・・・」


うしろから遠慮がちに袖を引かれるのを振り切り振り向くと、巨大な顔・・・グレートデイモスだ。


「ひいっ!」


めたくそ驚いて飛びずさろうとしたところをそのデカい指で掴まれてしまう。


おわった・・・・・・


犬歯を剥きだす、あたしなら三人は一度に食えそうなデカい口が開いたり閉じたりするのを・・・ん?


「ナニモシナ、イ・・・アノ御方ニ、ワレラヲ・・・ワレラモ眷属ニ、ト」


え・・・


天使様を見る。


ああっ、あの子が魔物に!・・・はやく、あたしはやくイかないとあのコが・・・アッ―――――!




めたくそイキまくっている。


「・・・アの調子だと、もうちょっとかな。ゴリ・・・獣みたいな咆哮が上がったら無害化の印だから、したら行くわよ」


「ワカタ」





天使様の最終絶叫は絞め殺された小鳥の断末魔のようで・・・いや、小鳥なんて絞めたことないよ?・・・めたくそ可愛かった。


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