黒豚の上半身と痩せたおじさんとあたし
三日歩いたあたりで、森の中がもうかなり明るい。
薪採りの跡か、断たれた梢がちらほら出てきた。
ここらの植生なのか下生えは少なく歩きやすい。
他の木や草がこないように毒っぽい何かを出す木なんかな。
そろそろ間道なんか出てきちゃうのでは?
そう期待すると、道は見えないが何かがごろごろと転がる文明的な香りのする音が接近してきたのに気づいた。
木や草で音が吸収されるのか、耳に届いたのはかなり唐突だった。
近い・・・?て感じたあたりで、後ろの木立の間から巨大な馬車が踊り出てきた。
「うおおお!!!!!」
避けた。
このゲーム・・・いや、異世界転生より数日内で初めて危機を回避できた!
もうゴッド返上してかよわいエルフにクラスアップ(↓)できるのでは?
オークどころかゴブリンにさえ軽く押し倒されてしまえるような儚く可憐で美しいエルフに・・・
達成感と未来の希望への妄想にキラキラしてるあたしの左右を、やたら重武装の騎馬がゾロゾロと馬蹄を響かせながら駆け抜けていった。
ん?コレはひょっとして馬車を助けるイベントなの?
あの騎士みたいなやつらを倒せばいーんかな。よし!
追いかける。風のように。
え、すごいめたくそ走れるじゃんあたし。
あっと言う間に開けた場所で馬車を包囲する騎士達に追いついた。
「防御円陣!」
謎の命令が轟き、騎士達が整然と馬車を背後に円陣を敷く。
サッ、と手近の木に隠れる。
えー?馬車襲ってんじゃないのお?
なんなんだ一体。
一瞬開いた馬車の窓から女の子が顔を出し、引っ張り込まれたのかティアラを光らせてすぐに消えた。
ふーん、宝冠じゃないのか・・・
まぁ、息子の嫁にしてやってもいいくらいには可愛いかな。
謎の批評マウントをアゴをツンと上げながらブチブチ呟いていると、背後から次々と豚人間ぽいなにかが飛び出してゆき騎士達を取り囲み、襲い掛かっていった。
あれはオークか・・・
たしか女騎士と対になっていたハズよね。
そうか、あいつらの中に・・・いるか?
目をやって驚いた。
なんか騎士てめたくそ強い。人間じゃないみたい・・・
オークのが体おっきいのに野鳥についばまれていく虫が如くに次々と屠られてゆく。
うーん、楽勝ぽい。
終わったら「乗せて下ささぁ~い」で拾ってもらえるかな・・・いや、不審者なんか乗せるどころか排除だよねえ・・・消えるか。
ガックリしながら離れようとしたところで、騎士の一人が突然コッチの方までウマごとぶっとばされてきた。
馬車に目を戻すと、戦況が激変していた。
なんか黒くてデカくてイボイボしたオークにほとんどの騎士が叩き散らされてしまっている。
馬車のほうは馬がぐったりとしてて動きそうにない。
最後に残ったあの騎士がやられたら出ていって黒イボオーク倒そう。
騎士の代わりに護衛を申し出ればタダで乗せてくれそうな気がする。
黒イボオークの巨大な棍棒が騎士の兜を弾き飛ばし、銀の巻き毛が風にこぼれるように流れ出る。
「うわ・・・スッゴイ美形・・・」
姫、お逃げくださいとか言ってる・・・ステキ・・・姫になりたひ・・・ハッ?!
あたしは
黒イボオークのカカトに縋りつき、アキレス腱あたりに剣を差し込む。
ダッシュした勢いのまま取り付いたら豚のカカト、デカい水風船のようにぶにゃ~んとたわんで危うく破壊してしまうとこだった。
「さあ!あたしが犠牲になってるウチにっ、はやく!」
なんかしらんが片ヒザついてコケてた黒豚がこちらを向き、棍棒でバシバシ叩いてくる。
「ああっ!痛い!はやく、あたしが犠牲になっているいまのうちにっ!」
もー、さっさと倒しちゃってよ恩着せがましくすんのもだんだん苦しくなってきたし。
「ブゴォオオッ!」
あたしを掴み上げようとして髪の毛でユビを負傷したぽい。
またか・・・手が裂ける鉄のタワシみたいなもん?髪の毛やばすぎでは??
「はやくっ、今のうち(ゴッドバレする前に)・・・えっ?」
銀の巻き髪の騎士様は消えており、ドアが開け放たれた空の馬車と、所在なげに立ち尽くす身なりの良い痩せたおじさんが気まずげにこちらを見ていた。
ぶちっ。
え?怒りのあまりあたし脳の血管キレちゃった?脳溢血?このまま昏倒して死んじゃうの???
ああ、いまのうちに「逃げろ」て解釈?
ああ。なるほど・・・
倒せとハッキリ言ってなかったしね。
・・・でもっ!それはともかくなんか悔しいッ!
手にあるブヨブヨしたモノを思いっきりめちゃくちゃにグシャグシャしてしまう。
「きぃぃいいいいい!!!!!!!」
「ブギョォオオアアアアア!!!!!」
は?
気が付くとあたしの身の回りには意味不明な黒いミンチ状の肉塊が散乱しており、ビクンと大きな痙攣を最後に動かなくなった黒豚の上半身があったのであったのであったのであった。まる。
その後は腹立ちまぎれにそこらへんでのんきに死に晒してる騎士を蹴り飛ばしながら集め蘇生魔法リザレクションで一気に生き返らせ、馬も鎧脱がして拭いたり痩せオジと一緒に水飲ませながら蹄鉄見たりして元気にさせてからわずかながらの金品を要求し、別れようとしたが隊長ぽいやつがゴネだした。
「森の賢者に命を助けられ、これっぱかりの返礼では我が名誉にかかわる。何卒我が城、もしくは王都にて歓待を受けていただきたい」
森の賢者・・・オランウータンだっけ・・・
う~ん、こいつを先に生き返らせてから因果を含め他の処理にあたるべきだったかー・・・
「伯ほどの爵にある武人に賢者と称される名誉、身に余ります。されどあなた方の世においてはわたくし如き浅慮浮薄な流浪の者に過ぎませぬゆえ、どうかこの身など一顧だにせず主上より領を拝す者としての名誉を重んじられますよう・・・では、これにて」
「あいや待たれ・・・お待ちあれ、いつ戦場の露と消えるかもわからぬこの身なれば命の恩、返すこと敵うこの時を逃すわけにはいかぬのです。こちらの都合ばかりではあるが、どうか受けて頂くようお願い申し上げる」
やべー、コトバぞろぞろ多くして「もうさっさと帰りたいんですがー」つったら「絶対逃さねーよ」とか言われちったよ。
ぱんつも履いてないし困ったな・・・
「なれば、余人を交えず相談したき儀がございます。お耳を拝借できましょうか?」
「お受けいたす。いや、某がそちらへと参りましょう」
二人並んで森の際まで寄る。
「・・・で、なにが欲しいの?」
「あの上位種の手柄である」
「ああ・・・ウフフ、いいわよ」
「されば我が王の御前で証言を・・・」
かったるそうなこと言い出したので遮る。
「もっといい手があるわ。あなたが強くなってしまえばいいのよ」
「魔法か?そのような話は聞いたことが・・・」
「試す気があるなら、この手を握って。篭手のままでいいわ」
あたしの手に熱をもった鉄の篭手が重ねられる。
手の平まで装甲されてるのね・・・
筋力と関節、関係する身体機能の強化とそれらの永続化の魔法をかける。
手近に落ちていた小さいメロン程の岩を拾い上げ、渡す。
「どう?」
「どう、と言われても・・・む?軽い・・・おぉ」
カリコリピキパシとミョーな音を立てながら砕けてゆく。
「どんな手応えだった?」
「綿のような・・・ほとんど感じぬ」
「ああ・・・それじゃ鉄とか金属に気を付けた方がいいわね。粘土みたいにコネコネしてたら燃え始めるから・・・て戦に出てたんならわかるか。あの豚の死体でパフォーマンスやんなら剣よりあそこの豚の棍棒のがいいかも」
それじゃね、と別れを告げる。
「かたじけない。この恩、忘れぬ」
恩か。拾いもん恵んだだけへの社交辞令でもじんわりくるわ・・・
前世で子供産んでから今の今まで感謝されるなんてサッパリ記憶に無いし。
「うれしい。強くなった分、やさしくなる努力を忘れないで」
あ~あ、つい鼻高々に説教しちゃったよ・・・調子に乗りすぎだろあたし。
「我々の世界でやさしい、とは謙虚さを忘れること。傲慢に等しい・・・が、努力はしよう」
ああ、ブルータスお前もか的な・・・努力が仇となる可能性を瞬間的にいろいろ妄想して目が潤んでしまい、あいまいに笑みながらあたしは森へと帰っていった。
・・・また森に入ってどーすんねん!!!!!!!
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