森の妖精

深い森を昼も夜も無く進み続ける強行軍中、なぜか血塗れで襲い掛かってきたトロルを切り伏せる。


クマや森ヒョウのように音を立てずに襲い掛かってきたことに違和感があった。


こいつらはこの森の力の階層に置いては王・・・いや、神みたいなモンだ。

脚を忍ばせながら近づき仕留める、なんて上等なことはしない。

半径数十メートルのキルレンジに入った獲物は周囲の植物もろともになぎ倒され、負傷なり酩酊しているところを生きたまま食われる。



「妙ね・・・」


同じことを考えているのか、パーティの魔導士が呟く。

ふるい付きたくなるような豊満な肢体を無粋なローブで包んだ美女だ。

たまらんぜほんと。


「負傷してたし、追われたんだろ」


「何に?」


何に、つわれてもなあ・・・


「妖精?」


古老たちの森と呼ばれるここは、様々な妖精伝説がある。

神秘の泉に剣を落とすと現れるだとか赤錆の浮く沼からだとか世界樹だとか古城だとか、とにかく歴史考証やら様々な風説やらあらゆるヨタが無暗矢鱈つめこまれているって感じだ。


「見逃せないが、時間も惜しい。パーソ行け」


鎖帷子にマントといった騎士然とした男が嫌な命令を飛ばしてきた。


「マジかよ・・・俺はフロントマンだぜ?キーシャに行かせろよ」


トロルがビビる怪物なんかゴメンだわ。


「ああ、あたしが行った方がいいんじゃないか?」


細い方の女が相槌を打つ。

スカウトと繊細なスウィープ暗殺が仕事なんだ。コイツに行かせるべきだろ。


「だめだ、おまえは休憩を緩めるな。斥候は二人交互を厳守だ。パーソ、行け」


緩まなきゃ休憩にならんだろ、アホなのかコイツ。


「ちっ、わかりやしたよ騎士殿」


逆らっては殴られる、の繰り返しで上下を完全に叩き込まれてる俺はせめてもの舌打ちを残し隊を離れた。


あぁ、クソ。かわりにぶん殴れる女でも出てこねえかな・・・


トロルが踏みしだいた木の葉や枯れ枝、手掛かりとした木の肌に生えてたひしゃげたキノコなどを追いながらやる気なく、しかし慎重に歩を進めてゆく。


突然、バリバリと木々がへし折れながら何かが倒れてゆく音と、続いて大きな地響きに森が揺れた。


倒木か?


深い森では根腐れした古木が倒れるというのはよくあること・・・らしい。


やべえな、娑婆臭方向へ思考が流れちまう。

街暮らしがちょっとでも長くなるとコレだぜ・・・


全身を研ぎ澄ませ、倒木が森を薙いだのか明かりがさし込みはじめた場所に足を進めた。


ちょいと開けた、月明りが光る垂れ幕のように降り注いでいるそこには、絶世の美少女が白金の髪を輝かせながら木に縋りついていた。


へへ、こいつはいいモン見つけちまったぜ。

騎士様に感謝だな。


木の幹に押し倒し襲い掛かる。

細い首筋にしゃぶりつこうとすると、細く鋭い何かがカオに刺さった。


「痛って!こんのアマ・・・」


カッ、と頭が熱くなる。

糞、こんなガキも俺をバカにすんのかよ・・・


二三回カオを張り飛ばそうと手を振るうと、トゲだらけの岩でも殴ったのか、という手応えと共にそれなりの痛みが返ってきた。


思わず呻き、後退る。


なんだコイツは・・・


おびえたトロルの顔が脳裏によみがえった。


突然わけのわからない寸劇を開始した女の細首を剣で薙ぐ。


大都市の城門を組んでいる鉄柱でも殴りつけたのか、という手応えに柄を取り落としそうになった。


なんの反応もなく俺の剣を首に受けた少女は、一瞬表情を消すと、再びつまらない寸劇を再開し、大木の下へと倒れ込んだ。


反撃もせず、かといって逃げる素振りは欠片も無い。


一体何をしているんだコイツは・・・


脳裏を一つの森の怪談が横切ってゆく。

古木は変じて女のカタチをとり、男を惑わし森の奥へと引き込むという。


視界のスミ、月明りに輝いている大木の切株が気になってしょうがねえ。


正体を正そうと誰何するも、コイツは突然クダを巻きながら泣き始めた。

ガキの癇癪が森に響き渡る。


ここは極めて高いレベルのモンスターがゾロゾロと出てくる、言って見りゃ死の森ってやつだ。


そこで、町で聞くようなガキの泣き声が響き渡る。


頭の現実認識がぐらりと揺れた。




「・・・・・痛てっ!」


鋭い鉄の棒で何度もハラをつつかれるような痛みに覚醒する。


「言葉通じてますかぁ~?ほえほえ~~??what?,what?きゃにゅぴーきんぐりっ??」


声は聞こえるのに女の姿が無い、と痛む自分の腹を見ると、いた。

どうやら鉄の棒ではなく、ユビでつついていたらしい。


「おまえ、何モンなんだよ」


どうみても、片手でどうにでも出来そうなガキだ。

トロルのアゴを砕き、大木を蹴り倒す―――――想像だが―――――ほどの力と、神鉄の刃が通らぬ肌をもつこれまでで最も危険な怪物のハズなのだが、緊張感がまるで湧いてこない。


「そうね、自己紹介がまだだったわ。アタシはゴッ・・・ハイエルフよ。だから返答礼はハイネスでおねがい」


はいね・・・たしか旦那、隊長、将軍、領主・・・その上くらいの肯定非肯定所謂否定に続けるコトバにそんなんがあったかもしれん。


「わかりやしたぜ、高貴な方」


「よろしい。・・・で、あなた。奴隷の首輪とかもってないの?」


「はぁ?」


「ほら、首輪をつけると力が出なくなってご主人様の言うがままになっちゃう~~~!!!みたいなやつ」


「そりゃ、ありやすが・・・」


なんだ、俺に付けようってか?冗談じゃねえ比喩じゃなく死ぬほうがマシだぜ。


「つけてよ、あたしに」


「マジ勘弁してくだせえよ、死んだ方が・・・えぇ?」


「ほら、はやく。効いたらあたしのこと襲えるようになるかもしれないでしょ?はやく!」


「あ、ああ・・・それじゃ」


何考えてやがんだよ・・・効いたってこんなヤバイやつ襲うわけねーだろ。


腰に巻き付けたひとつを取り出し、バックルを開く。


「ええ・・・もっと奇麗なのないの?」


「んん、・・・コレがいちばんマシですぜ」


腰にスリングした分を見る限り、だが。


「奇麗になーれ!パタパタ・・・お、なったw」


目の前の首輪が輝き、新品同然になる。

ヨレ具合も奇麗サッパリ無くなり、なめしもしてない新品の革から切り出されたようにパリッとしていた。


「あんたにもかけるか・・・奇麗になれ~パタパタパタ」


思わず身構える。

・・・が、なにか全身が涼しくなったようなするだけで何もおこらなかった。


「すごい・・・かっこいい・・・好き」


呆けたようなカオで手を伸ばしながらゆらゆらと近づいてくるガキに慌てる。


「ちょ、まってくだせえ!とりあえず付けさしてもらいやす」


ガキの細首に回し、一番閉まる位置でバックルを固定する。

しかし大夫空間があるが・・・


「首輪・・・ステキ・・・これであたしはアナタのもの」


ガキが俺にべったりと貼りつく。

ガキつっても顔は絶世の美少女だ。

のぼせた様に蕩けた表情で見つめられりゃ立つもんもそれなりに勃つ。


「あっ・・・よかった、固い・・・カタイわ!」


いや、入れねぇよ勘弁しろ。


「コレで、あたしを手折って・・・あなたのモノになりたいの、お願い・・・」


切なげに掠れた声で潤んだ瞳を向けられ、俺の理性は飛んでいった。


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