第11話 母さん、生きててごめんなさい。

登校拒否が始まってから、3ヶ月と3週間が経った。

学校の先生が家に来ることもあった。

ドア1枚の所で先生が話を聞こうと僕に学校の話をしたりもした。

だけど、僕はもう学校に行くことが興味の対象になかった。

だから、先生の言葉かけも何もかもイヤホンのノイズキャンセリングでかき消された。

先生が帰った後に、母さんが僕のドアの前で久しぶりに声をかけて言った。


『母さんね、もうあなたのために色んなところ行ってきたの。母さんにも原因があるのかもしれないと思って。でも、もうどうしたらいいか分からないの。どうして、学校に行けないのか、私には分からない。和馬、どうして学校行かないの?』


僕は母さんの苦し紛れに絞り出した言葉に駆け寄るように、久しぶりに声を発してドアに向かって言った。

『ぼ、ぼくが行かない理由は理由がないとダメですか? 僕は学校に向かう途中に小雨が降っていました。だから、傘をさしました。すると、学校に着くと誰も傘をさしていませんでした。傘をさしていたのは僕だけでした。すると、周りは変な目で見てきました。僕はただ傘をさしていただけなのに、変な目でした。なぜなら、小雨くらいで傘をさすことはないというのがこの世界の正解だからです。僕はその日、1日中からかわれました。ぼ、ぼくはお母さんの知らない所で変なやつだと思われています。それでも、毎日学校に行きました。それは、学校に行かないとという義務感と家族からの心配をさせないための頑張りを見せるためでした。でも、3ヶ月前に僕は学校に行くことをやめました。理由は行っても報われないからです。行っても行かなくても僕は嫌われてるからです』


お母さんから返答はありませんでした。

その代わりお母さんからすすり泣く声が聞こえました。

僕にはなぜお母さんが泣くのか理由は分かりませんでした。

でも、理由が分からない方が良いのかもしれません。

その方が僕にとってもお母さんにとっても悲しさを共有しなくて済むからだと僕は思ったからです。

悲しさの共有は人を不幸にしてしまうと亡くなったおばあちゃんがよく言っていました。


だから、僕はドアの前で呟くように言いました。


『母さん、生きててごめんなさい』

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