第4話 ありがとうの気持ち

私は息子と2人暮らしをしている。

父親は海外の方に単身赴任して、1年が経とうとしている。

息子は今年で高校3年になる。

今まで何の問題もなく行っていた高校を休んで3ヶ月経とうとしている。

息子からの返答メッセージを手紙として受け取った時に、私は涙が止まらなかった。

息子は息子なりにSOSをもしかしたら出していたのかもしれない。

私はそれに気が付かず、息子の言葉を単にいつものことのように無視していたのかもしれないと思うと申し訳ないと感じてしまった。

和馬から手紙の後、彼が部屋から出てからの行動を密かに見るようになった。

すると彼の行動は少し変わっていて、同じ湯呑みに時間が経過していてもお茶を注ぎ続けたり、カップ麺を食べるためにお湯が沸くのを待っていたら、タイマーの音が鳴り響く度に苛立つように片耳を塞ぎながらタイマーをバンッと叩くように消したりしていた。

トイレでは必ず入る度にトイレに貼ってあるカレンダーに向かって『今日は1月24日』と復唱していた。

それから、彼は些細な物音でびっくりしたりするなど、もしかしたら最後に彼と話した話も彼なりのSOSだったのかもしれない。


1月15日の朝、急に彼は部屋のドアを開けてリビングに着くなり、パジャマ姿で目を擦り言った。


『母さん、外がうるさい。イヤホン買って来てください。外がうるさすぎて、無理です』


『そうかしら。朝はみんな忙しいからね。みんな朝は大変なことも多いし、それには少しだけ目を瞑ったらどうかしら?』

彼は苛立つように足踏みして、語気を強めるようにして言った。

『母さんはなんにも分かってない。僕は僕で大変なんだよ』

そういうと、部屋に戻ろうとする和馬に私は言わなきゃ良いことを言ってしまった。

『和馬、学校行くでしょ。もう、朝なんだから行かないの?』

すると、和馬は私の目を初めて見て言った。

『母さんは僕にとって、朝がどれだけ辛いものか知らないくせに、学校の話をするなんて、なんにも分からない人に何が分かる』

その言葉を今になって思い出すと本に書いてある言葉を投げかけることが正しい和馬との向き合い方だったのかもしれない。

和馬の言う朝はきっと私の思う今日が始まる楽しいとは違うものだったんだろうな。

発達障害の本で知った【聴覚過敏】がきっと今、和馬のひとつの障壁なのかもしれない。

私がまず彼にしてあげられるのはノイズキャンセルがあるイヤホンを彼に渡すことだろう。

私は彼に次の日の朝、会話のない朝の朝食と一緒にイヤホンを置いた。

まずは彼との関係の架け橋として、イヤホンで彼に何かしらの変化が現れたらなと感じて、私は仕事のために家を出た。

夕方になり家に帰ってくると彼からのメッセージが何かのノートの切れ端と共に食べ終わったご飯がキッチンに置いてあった。

ノートの切れ端には【母さん、ありがとう】とそれだけの文字が書いてあるだけで、そのありがとうがご飯のことでもイヤホンのことでもどちらでも良かった。

私にとって、初めて彼の気持ちを汲み取れた言葉だったから。

これから、和馬への理解を深めようと感じた瞬間だった。

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