第34話 シエル”たち”と勇者
精神世界に、別の魂が入ってくる。
これまでの習慣からか、具現化するのは円卓の間で、真円のテーブルの上に侵入者は着地した。
現実の、アンデットみたいになった肉体を捨て去った魂は、前世の姿を取る。
背の高い、妙齢の女性。短い黒髪。浅黒く日焼けした肌。極東風の顔立ちに、野性的な鋭い眼光。
デュオ陛下の記憶で見た、ロマカミの勇者その人だった。
「……貴様、第二皇女ではないな」
円卓の間をぐるりと睨め回してから、勇者は議長席に座るぼくと相対した。
ディルフィーネ殿下を突き飛ばした際には、クイントさんの魔法【
「どうやって入れ替わったか知らんが、
「やっぱり、ぼくだけ狙って別に飛ばしてたんだね」
ぼくは無邪気に小首を傾げて見せて、そして問いかける。
「ディルフィーネ殿下にこだわる理由でもあるの? 高貴な器だからって、魂と適合する保証はないのに?」
「たとえ適合せなんだとしても、構わんさ。デュオの末裔が腐れ死ぬなら、それはそれで胸がすくというもの」
意外にも、勇者は気安く答えてくれた。
「妾が欲したのは、皇族の特権じゃ。皇女の体を得れば、帝国の中枢に潜り込むのも容易かろう。そこへ、教団の育てた人狼どもを呼び寄せてやれば、デュオの遺した血筋も国家もまとめて根絶やしにできるからな」
「そんなこと、考えてたんだ……」
うちの騎士団でははレットが人攫いをしていて、ミスミ城にも誘拐犯が潜入していた。
大ロマカミ教団の力は推して知るべきだけど、帝都の防衛ともなれば一段レベルが上がる。厳しい身辺調査をパスするだけでも大変なことで、皇族を暗殺したり外部から人狼の軍勢を召喚したりなんて大それたことには何重もの障壁があるはずだ。
だけど、正真正銘本物のディルフィーネ殿下の肉体と、即興の霊術でぼくやソラたちを断霊鉱越しに転移させた勇者の魂が合わされば、大半がクリアできてしまう。
その結果、もたらされる被害ともなれば、想像もしたくなかった。
「……そこまでするほど、初代デュオ帝が憎い?」
「応よ。妾が邪魔ならば正面から打ち倒せばいいものを、裏から回り込んで卑怯極まりない手を使いよった」
「毒を盛ったのは、ロマカミの人間のはずだけど」
「そう仕向けたのがデュオという話じゃ! あやつが正々堂々と戦っていたなら、少なくともロマカミは勇猛な戦士として名前だけでも遺せた!」
ダンッ! と円卓を蹴りつける勇者。
肉体ではなく剥き出しの魂同士で向き合っているからかな。彼女の抱いている怒りや恨み、悔しさや悲しさがダイレクトに伝わってくる。
「だけど、あなたのやり方じゃ、復讐できたとしても『ロマカミ』はテロ組織の名前としてしか歴史には残らないよ」
「……あれは、妾の関与せぬところじゃ。奴ら、妾を召喚したはいいが、ロマカミという名の他には何も知らぬときた。自分らの都合のいいように解釈して祭り上げてきおるが、復讐の手駒として利用できるというだけで…………。……おい、待て」
はた、と気付いたように勇者は言葉を切った。
感傷に浸っていたせいで流しかけた事実に、愕然と目を見開く。
「童っぱ。貴様、何故ロマカミの最期を……千年前の事件を知っているのだ?」
「それは……」
「吾輩が、教えたからである」
深みのある声が、代わりに答えた。
ぼくを表に立てて気配を隠していた人格の一人が、姿を現す。
円卓の第二席、ぼくの左隣に具現化した魂を認識して、勇者は全身の毛を逆立てた。
「デュオ!?」
「久方ぶりであるな」
「貴様も……蘇っておったのか!!」
懐かしむ様子の陛下に対して、勇者は鬼の形相だった。
煮えたぎった激情は内に納まりきらず、眼光は雷撃のようで、食いしばった歯から洩れる呼気は炎のようで、油でも近付ければ発火しそうな勢いだ。
「転移させる刹那、嫌な感触を覚えたのはそういうことか。孵化室に飛ばすだけでは、生温かったようじゃな」
「随分と嫌われてしまったものだ。傷つくであるな」
「抜かせ! その童っぱが言ったように、ロマカミに対して何の責任もないとのたまうつもりか!」
「……いや。部族が賛成派と反対派で分断されるのを承知で、懐柔策を選んだのは吾が輩である。あんな結末は予想していなかった、などと言い訳できる立場ではない」
向けられる憎悪に、陛下は静かな面持ちで淡々と応じる。勇者はそれを、ちっとも面白くなさそうに笑い飛ばした。
「はっ! 殊勝なことだな。ならばいっそ、妾の復讐に協力でもするか?」
「それは……」
「それは、無理かな」
聞き捨てならない提案をされたので、口を挟ませてもらう。
アルクアン家と領地の人々は、人狼になったぼくを受け入れてくれた。その御恩を、どんな事情にせよ千年も昔の遺恨で潰させるわけにはいかない。
「帝国が滅ぼされたりしたら、ぼくの大切なものまで犠牲になっちゃうでしょ」
「……はは。まあ、そういうわけだ」
ぼくが断固として拒絶すると、デュオ陛下は吹っ切れたような表情で目を伏せ、そしてまっすぐに勇者を見返した。
「お前を否定はしないが、止めさせてもらうぞ。我が主人格の思し召しであるからな」
「なんだ、“賢王”と呼ばれた男が、かような幼子の言いなりか?」
「今生の吾が輩は、そういう立場でおるからな。――さて、改めて自己紹介といこうか」
組んだ手を卓上に置き、悠然と名乗る。
「八州を統一した初代皇帝とは前世のこと。現在の吾が輩はシエル・I・アルクアンの第二人格、デュオである」
「では、ワタクシたちも続きますかな」
「わんわん!」
「……フィアも、出なきゃダメなの?」
新たな声がして、別の人格たちも具現化し始めた。
デュオ陛下の左隣から順に、時計回りで座席に着いていく。
「第三人格。”柔拳武聖”ス・リーと申しますぞ~」
穏やかな猫のような老武術家が、目を細めて言った。
「よ、四番目。フィアなの」
お人形さんみたいな女の子が、ビクビクと椅子の背もたれに隠れた。
「……第五人格。”
美麗な怪盗が、陰気ながらも洗練された所作でお辞儀した。
「六番目。”
酷薄そうな殺人鬼が、行儀悪く足を卓上に上げた。
「第七人格。”
悪童じみた錬金術師が、くいとメガネを持ち上げた。
「わおん!」
「最後の八番目。名前はハチだよ」
白銀の毛皮をまとった大型犬が元気に吠えたので、ぼくが代理で紹介する。
総勢八名――七名と一匹? ――に囲まれる形になった勇者は、ある意味で陛下と対面した時以上の衝撃を受けたみたいだ。
「これは……! 一つの肉体に、これだけの数の魂が宿っているとは、どういうことだ!?」
「ぼくらも、ずっと不思議に思ってたんだけどね。さっき、テノドス公爵がしゃべってるのを聞いて、ハッキリしたよ」
「テメェを召喚すんのに、七度の失敗があったってェ話だったなァ」
「どんな失敗だったんスかねぇ? 降霊術の失敗といえば、『別人の魂を降ろした』、『降ろす器を間違えた』あたりが定番ッス。ついでに言えば、『不発と勘違いして放ったらかし』ってのも多いッスよ」
十年前。アンブス樹海の遺跡で、ロマカミの勇者の霊魂召喚が行われた。
もしも、失敗したと思われていた七回ともで、勇者とは別の魂が召喚されていたとしたら?
召喚者に認知すらされなかった七人魂たちは、どこへ行ったんだろう?
ちょうど同時期、すぐ近所。アルクアン伯爵夫人の身ごもった子どもが、元々あった無垢なる魂も足して八つの人格を宿したのは、偶然かな?
「くぅ……。……く…………くっくくくくくく」
黙りこくったかに見えた勇者は、むしろ真逆に笑いだした。
始めは堪えていたみたいだけど、徐々に耐えきれなくなって、ついには仰け反るようにして呵々大笑する。
「かっかかかか!! 童っぱ、『余計なことをした』と言ったのは撤回するぞ。まさか複数の魂を同時に納めるほどの器に出会えるとはな! おまけに、デュオの末裔ではなく本人そのものに復讐る機会まで持ってきてくれた!」
「……あなたの思い通りにさせる気はないけど?」
「貴様らの意思など関係ないわ。その魂魄を消滅させてしまえば、残された器は妾のものとなる」
「……ア、ハァ。十年くらい前に、聞いたようなセリフですね」
「言っておくが、吾が輩たちは互いに肉体を奪い合い、母の胎内での十月十日を一人も欠けさせずに戦い続けた八人である。容易くはないぞ」
「上等じゃ!」
ダン! と、勇者は再びテーブルを踏みつける。
高まる殺気は、前世の姿で具現化した彼女の体躯を一回りも巨大化させたようにすら見えた。
「妾の誇りにかけて、まとめて正面から叩き潰してくれよう。――”ロマカミの勇者”ココノ、推して参る!!」
狼が遠吠えするように名乗り上げた勇者――ココノに、ぼくらは全人格総出で立ち向かう。
一対八、九人の魂による決戦が、幕を開けた。
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