デュオ陛下の記憶
第21話 魂たちの円卓
うつつ、うつつ、夢の中。
五感はなく、心地よい浮遊感だけがぼくを包んでいる。
体は眠っており、意識だけが覚醒している状態だ。
ここは肉体のより内なる次元。魂が剥き出しで存在している空間。一言で表すなら、『精神世界』といったところだ。
物質世界とは違って決まった色も形も持たないここで、イメージを固めると大きな円卓が目の前に出現する。ぼくが円卓の議長席に着くと、他の人格たちも次々と席に現れた。
――魂の会議場。
普段はみんな、心の声としてその都度ごと好き勝手に話しており、たいていはそれで十分だ。
でも、時はもっと集中して話し合いたいこともある。よっぽど知恵を絞らなきゃならない議題だとか、じっくり時間をかけたい場合とか、雰囲気を出したい気分だとか。
そういった際には、肉体から切り離したところで魂だけになって、別人格同士で顔を突き合わせる舞台を用意するようにしていた。
「まずは、情報を整理したいね」
「……では、小生から……」
ぼくが口火を切ると、対面に座っていたクイントが答える。
精神世界でのクイントさんは、中性的な若者の姿をしていた。前世の姿を取っているらしい。装い次第で美女にも美男にもなりそうな器量良しなのに、猫背気味で覇気のない表情をしているのが残念だ。
「……昨晩の、人狼を訓練する組織。……まだハッキリしませんが、レットも連中のメンバーと考えるべきです」
「それは、どうしてかって言うと……」
「……ロンバス商会とやらの地下と、テノドス遺跡が似ていたこと。人狼を笛で操るという手法……それから、二階で見かけた帳簿です」
クイントさんの言葉に合わせて、円卓の上に帳簿の複製が出現する。
精神世界ではイメージがすべてなので、思い浮かべるだけでいいからお手軽だ。
「……盗み聞きした、連中の会話から推測して……『ヒヨコ』は未熟な人狼のこと。『成鳥』は、訓練が熟した人狼のことでしょう。……では、『卵』とは……?」
「人狼になる前の段階、でしょうな~」
リー老師――眠たい猫みたいな糸目のお爺さんが、話を引き継ぐ。
「おそらく、人狼に変えるために人間を拐かしているのではないですかな?」
「ってなるとォ……帳簿にある『卵・5・盗』と並んでる『成鳥・1・死』ってェのが気になるわけだな」
「これの日付け、遺跡でレットにおそわれた日と同じなの。助けた人の数は五人で、やっつけた人狼が一体なの」
確たる証拠があるわけじゃない。
でも、短い期間に連続して似たようなものと遭遇したら、結び付けずにはいられなかった。
「わふ」
「……うん。確かに、ぼくらには関係ないかもしれないんだけどさ」
城下町で拐われた人たちが人狼にされてたんだとしたら許せないし、その人狼を使って何か企んでるなら放っておけない……とは思うものの、他人事であるのもまた事実だ。
所詮は九歳児にできることなんて、たかが知れている。最低限の情報を大人に渡した後は、知らん顔してたって誰も責めないだろう。むしろ、何かしようとした方が怒られかねない。
「ただ、こっちも無視できない理由があるッスよ」
若い女性がメガネをくいと持ち上げた。
薄いそばかす。目と口が大きな、悪童じみた表情は、ナナ姉さんだ。
「遺跡の呪紋、『勇者の霊魂』。あれの正体が、まだわかってないんスから」
そう。
初めて掴んだ、異世界召喚の原因に繋がってるかもしれない手がかりだ。
ただ一つの道筋を、そう簡単に閉ざすことができるかと問われたら、頷くことはできない。少なくともぼくら個人の中で白黒つくまでは、とことん追求することになるだろう。
「……だから、関連する情報があるなら、何でも欲しいんだよ。――デュオ陛下」
左隣。
ぼくとリー老師との間に座る男性に、一同の視線が注がれた。
風雨にさらされた岩石のように厳めしい顔つきと、知的に涼やかな目元。頭には簡素な作りの冠を乗せた初代皇帝は、沈黙を続けている。
ロンバス商会の地下で、陛下は一人だけ異なる反応をした。他の人格にはわからない『何か』に、彼は気付いたんだ。
「……『ロマカミの勇者』、とかいう単語が、出た時ですよね」
「ねぇ、陛下。ぼくらの間に隠し事はアリだよ。でも、それって前世についてだよね? 今の人生にも関わってるなら、話しは変わってくると思うんだ」
「……そう、であるな」
陛下は、重苦しそうに頷いた
「よかろう。この期に及んで、ルールを盾に黙秘するような真似はしないのである」
「それじゃあ……!」
「皆に記憶の一部を開示しよう。『ロマカミの勇者』とは何なのか。歴史からは欠落した真実と、吾が輩の後悔を」
精神世界が変容を始める。
曖昧として形を定めることのなかった空間が、開放された記憶に呼応して、ぼくらの前で再現しようとしているんだ。
デュオ陛下の前世。建国の英雄がその目で見て、耳で聞いて、心で感じたナマの記憶を。
「当時はまだ、この世に『人狼』というものが存在していなかった――」
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