第22話 デュオ陛下とロマカミの勇者
それは、帝国の誕生を目前に控えた時期の記憶だった。
ぼくの時代には『建国の八部族』と称される有力部族をまとめ上げることに成功し、いよいよ一つの国家としての輪郭が見えてきた頃。
デュオ陛下は八州統一の仕上げとして、いまだに頑なな態度を取っている部族を回って交渉を行っていた。
「ロマカミというのは、そういった部族の一つであったのだ」
「『八部族』以外にも色々あったって習ったけど、ロマカミなんて名前は知らないよ?」
「千年のうちに忘れられたか、意図して抹消されたのか……いずれかであろうな」
ダイジェストとして、これまで何度も訪問しては地道な話し合いを続けていた記憶が流れていく。
ロマカミ族は八州でも随一の戦闘部族だった。
狼を祖先に持つと言い伝えられており、南方の地に集落を構えて、主に狩猟で生計を立てている。武術・霊術ともに秀でて、人数でこそ小規模ながら八州最強の一角として恐れられていた。
孤高を尊び、統一国家に合流するなんて考えるだけでプライドが傷付くような連中だ。
最初は、会うことすら叶わなかった。
コネクションを持つ行商人を抱き込んで、外堀から少しずつ信頼を重ねていった。
集落に入れるようになってからは、狩りをともにしたり模擬戦をしたりして友情をはぐくみ、彼らの自尊心をおもんばかりながら、統一のメリットを説いて賛成派を増やしていった。
――困難ながらも順調に見えていた、ある日の記憶。
『それにしても、あの頑固者どもがここまで心を開くとは。さすがはデュオ殿だな』
最近では相手方もだいぶ軟化しており、帯剣したお供を十人くらい連れていても受け入れてくれるようになっていた。これが初めのうちだったら、敵襲と思われて会話にならなかっただろう。
『この調子なら、奴らも遠からず国家統一に加わるのではないかな?』
『さて、どうであるかな』
楽観的なお供に、陛下は肩を竦めて返す。
当時はまだ皇帝という地位になかったこともあり、互いに同輩のような気安さがあった。
『油断はできんのである。向こうにはまだ一人、厄介な難物が残っているのでな』
難物。
そう評する陛下の脳裏には、ある女性の姿が浮かんでいた。
男のように黒髪を短く切り、南方の育ちに相応しく黒々と日焼けした肌。本当に狼の血が流れているのではないかと思うほどに鋭い眼光。
――ロマカミの勇者。
天才的な霊術使いだった彼女は、最強と謳われる部族の中でも飛びぬけて高い戦闘力の持ち主で、若手ながら族長や長老とも並ぶ発言力を有しており、強硬な合流反対派閥のトップでもあった。
どんなに賛成ムードが広がっても、勇者だけはびくともしなかった。
かれこれ両手両足の指で数えるほど訪問しているけど、直近の数回なんて勇者個人に会いに行ってたようなものだ。他は放ったらかしにして喧々諤々、一対一で時間の許す限り討論した。
『……であるからして、国家統一を為すことができれば……』
『待て! それでは……の場合……になるでは……』
『無論のこと……の……は尊重されるのであるから……』
『……のう、デュオよ。ならば、前に来た時に言っていた……という話は……』
将来のビジョンを語って口説き落とさんとする陛下に、勇者は鋭いツッコミを入れて、陛下がさらに切り返す。
時には陛下が論破されることもあった。
逆に、勇者が言い負かされることもあった。
最強の戦士は議論を戦わせるのも巧みで、対立する立場でありながらも陛下は彼女に対して好感をいだいていたことがうかがえる。
……きっと、今日も熱い舌戦を繰り広げることになるのであろう。
好敵手との逢瀬を前にして、胸を躍らせながら馬を進める。
しかし、集落にたどり着いた陛下たちは、愕然とした。
『な……んだ、アレは?』
バケモノが、彷徨っていた。
人間ではありえない、だけど狼というには歪な姿。――人狼。後にそう呼ばれることになる、神話の怪物みたいな見たことも聞いたこともないモンスターが、入り口から見ただけでも十、二十と集落をうろついている。
家は壊され、あるいは焼け落ちており、別の壁には血のような汚れがベットリと。
悪夢みたいな光景に、陛下は言葉を失ったけれど、すぐ我に返るとお供を叱咤した。
『撤退! 今すぐ逃げるのである!』
幸いというべきか、人狼はその場で襲ってくることはなく、一行は集落から離れることができた。
その後は、霊術を使って味方に連絡を取り、軍を編成。人狼を討伐するため総攻撃を仕掛けることとなる。
人狼は人間ほどではないものの知能が高く、身体能力も強靭だった。おまけにロマカミの集落は防衛に適した地形だったせいで討伐軍は苦戦を強いられ、なんとか制圧したものの多数の人狼を討ち漏らす結果となった。
人狼に咬まれた者は人狼に変異してしまうと判明し、負傷兵は治療せず殺さないといけなかったこともあって、この戦いはデュオ陛下が経験した中でもトップクラスに甚大な被害を出したのだった。
「――戦いの後、集落の地下倉庫に隠れていた生き残りから話を聞いたのであるがな」
開示された記憶は、そう締め括られる。
「賛成派の一部が、『国家統一への合流が遅れると、ロマカミの立場が悪くなる』と焦ったとかで、強引な手段に打って出たそうだ」
力尽くで反対派を排除しようとしたんだけど、戦闘では勇者に敵わない。
そこで、毒を盛ることにしたらしい。
勇者が派閥の仲間たちと宴会を開くのを狙って、飲み物に毒を混ぜたんだ。
次々と仲間が倒れていくのを見て、勇者は事情を察したものの、すでに彼女自身も毒が全身に回ってしまっていた。
消えゆく生命。残された時間に彼女が頼ったのは、自分を勇者とたらしめていた霊術の才だった。
暗殺なんて卑怯なやり方を取った賛成派と、その裏にいるかもしれない陛下への恨みを込めた全身全霊の霊術は異なる世界にまで届き、この世ならざる存在を呼び寄せる。
狼に似た怪物。
召喚されると同時、怪物は周囲の人間を無差別に襲った。牙を受けた人は怪物と同じ狼のような姿へと変異して、さらに近くの人へと喰らいつき、たちまち集落の住人はすべて人狼と化すか、あるいは人狼の餌となって命を落としたのだ――と。
歴史書に残されることもなく、人々の記憶が受け継がれることもなく、忘れ去られた事件。
現代では『
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