第16話 招待を受けますか?

 アルクアン伯のご子息につきましては、快復をお喜びしますとともに大変な感銘を受けました。叶うならば一度、直接お会いして話を聞いてみたいものです。

 ちょうど帝都の分皿祭が終わってから十日間ほど、夏季休暇としてシルヴェスティアはミスミの町に滞在する予定があるのですが、もし近くまでいらっしゃることがありましたら、是非ともお立ち寄りくださいませ。

 ――ディルフィーネ・S・Y


 貴族的な修辞や長ったらしい前置きを省くと、内容はこんな感じだった。

 城に戻ったぼくは父様の執務室に直行し、届いたという親書を読ませられたところだ。ソラはちょっとお使いを頼んだので、この場にはいない。

 クセのない筆遣いで、文字の大きさも均一。習字のお手本みたいな文章をしている。

 末尾にあるディルフィーネという署名は、帝国では知らない人のいないビッグネームだ。今上皇帝の第四子。歳はソラと同じくらいこの上ない美しさと、下々まで分け隔てない優しさの持ち主で、頭脳明晰、公明正大、悪評なんてぜんぜん聞かない、大人顔負けの完璧な女性として、新聞でも度々取り上げられていた。


(ア、ハァ。……貴族の評価なんて……半分以上は脚色、ですけどね)

 ……でも、慈善活動とかに熱心なのは本当みたいだし、いい人なんじゃないかな。この間だって、盲人ギルドの新しい支援がニュースになってたし。

(……だといいですけど)


 そんな人物から名指しされたことに、ぼくは戸惑いを隠せなかった。

 伯爵家の子息といえども、アルクアン領は辺境なので、皇族方とお近付きになれる機会は物理的にそうそうない。帝都まで行けるくらいの歳になったら追々、とは思っていたけど、まさか向こうから会いたいと言ってくるとは。


「近くまで来ることがあったら、って書いてあるけど、つまりは来いってことですよね」

「皇女殿下のお言葉だからね。ただ、これは正当な理由さえあれば断ってもいい類いの誘い文句だ」


 なるほど。病み上がりを言い訳にして、拒否することもできるわけか。

 思案するぼくを、父様はニコニコと見つめている。父子でよく似ていると評判の、線の細い柔和そうな容姿ながら、その眼光には鋭く能吏らしい知性が見え隠れした。

 試されているような感覚に緊張しつつ、ぼくは考えをまとめて答えを出す。


「行きますよ。その方が、お家のためになりますよね。領地のためにも。ぼく自身のためにも。……だったら、怖がってもいられません」


 改めて恵まれた環境にいると実感を得たばかりだ。周囲にとってプラスになるなら、積極的にお返ししていかないとバランスが取れない。

『恵まれた環境』の外に出ていかなきゃならないのは不安なものの、皇女殿下とのコネクションが手に入れば色んな利益が期待できるるし、人狼だからって何か言われるリスクも減るはずだ。

 果たして、ぼくの答えは父様を満足させたらしい。


「上出来だ。そこまて考えてるなら、何も言うことはないな。皇女殿下には私からお返事を出しておくよ」


 もう下がっていい、と許しをもらったので、執務室を退出する。

 ひとまずは子ども部屋に戻ることにして廊下を歩いていると、頭の中で“声”がした。


(シルヴェスティア領、か。これもまた運命めいているのである)

「タイミングとしては、ちょうどいいよね」


 デュオ陛下に同意して、ぼくは地図を思い浮かべる。


 八州帝国の中心である皇州。その南東の端に位置しているアルクアン伯爵領から、北部のアンブス樹海を西から迂回するようにして時計回りに進んでいったあたりに、シルヴェスティア領はあった。

 地図上では隣接する領地だけど、大きな森と険しい山脈を挟んでおり、安全に向かいたければ複数の領地をまたがる街道を通らないといけない。経由するのは真西のメイル領と、その北のパロド領。そしてシルヴェスティア領と繋がってるんだけど、注目すべきは三つのうちの一つ。

 パロド領は歴史が浅くて、少し前までは別の領地の一部だったんだ。それは――テノドス公爵領。


 ……祖父様が見つけた遺跡を調べてもらった時に、相手の家名を付けさせてもらったんだよね。

(例の地下室に残されてた召喚系の呪紋。『勇者の霊魂』。……ウチらの魂を異世界から召喚した儀式場と見て、ほぼ確定ッス)

(ってこたァ、テノドスっつーお貴族サマにも一度は会っておきてェわな)


 そう考えてた矢先に飛び込んできた招待状は、異世界召喚について調べるにはもってこいだ。

 父様の前ではもちろん黙ってたけど、個人的には皇女なんか二の次と言っても過言ではなかった。


(渡りに船、というやつですな~)

(わん!)


 ひそかにワクワクしながら子ども部屋まで来ると、ソラが先に帰ってきていた。

 部屋の前で望洋と窓の外を眺めていたソラは、こっちに気付くと居住まいを正す。


「伯爵様とのお話は、どうでしたか?」

「シルヴェスティアまで旅行することになったよ。ディルフィーネ殿下が今回のことに興味を持たれたとかで、話を聞きたいんだって」

「えぇ!?」


 驚く声は、予想の倍ほども大きかった。

 見開かれた黒い瞳が、熱っぽく煌めく。


「ででで、でディルフィーネ様にお会いできるんですか!?」

「そ、そうだけど……たしか、ソラは会ったことあるんだよね」

「はい! 学院に入った最初の年に、一回だけ。飛び級ですぐに卒業しちゃったから寂しかったですけど、あの時に握手していただいたのが本当に嬉しくって、心の支えになってました。よかったですね、シエル様。わたしまで感激ですよ!」

「うん……ありがとう」


 ここまで熱烈なファンだったのか。

 知らなかった乳姉弟の一面についてはコメントを避けて、部屋に入ると頼んでいたお使いの結果を訊ねる。

 もともとは葬儀の後、町民たちの挨拶を捌いて時間ができたら自分でやろうとしていたことだ。


「騎士団はなんて言ってた? 捜査はどのくらい進んでるのか」

「副団長に話を聞くことができたんですけど、ここ最近の人攫いはレットが首謀したものと断定してるみたいです。騎士団の看板に泥を塗られた、って鼻息を荒くしてましたね」


 報告となると、ソラも興奮を脇に置いて気を取り直す。

 レットの名を口にする際には敬称がなくなっていて、冷ややな響きがあった。


「関所は通っていなかったので、森の奥に逃げたか霊術転移で飛んだと考えられますが、よっぽど準備していたのか少しも足取りが掴めていないそうです」

「助けた人たちの証言で、人攫いに関わってたマフィアを捕らえたとか言ってなかったっけ」

「マフィアとはお金のやり取りだけだったそうですよ。誘拐した人をどこへ連れていって何をするのか、レットがなぜ人攫いをしていたのか、何も知りませんでした」


 用意周到だ。

 よっぽど隠したい何かがあったのか。

 たまたま、ぼくが予定もなしに遺跡に行って予定になかった場所を調べたから被害者を見つけられたけど、そうでなかったらいまだに素知らぬ顔で城に出入りしてたんだろうな。


「今の今まで、騎士団に所属したまま裏の顔を隠してただけのことはあるってことか」

「……やっぱり、気になりますか?」


 気遣わしげに、ソラは眉を下げる。


「そりゃ、ね。人狼を操ってたりとか、得体の知れないところがあったし」

「でも、シエル様が心配することはありませんよ。他にも悪い人が紛れ込んでいないか、騎士団が徹底的に洗い直してますから、同じことは起こりません。それに、あの時は人攫いの証拠を見つけちゃったから襲われただけで、シエル様をつけ狙うような理由がレットにはありませんからね」

「……たしかに、そうだね。関わり合いになることは二度とないだろうし、皇女殿下との面会を気にしてた方が生産的かも」


 正体不明な相手というのは恐ろしいものの、それで目の前の現実的な課題をおろそかにしては元も子もない。

 喉奥に刺さった小骨のようにスッキリしない不安を、ぼくはあえて無視してソラと一緒に旅行の準備に取りかかることにした。

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