第15話 嘘から出た祭り

 翌々日。

 アンブス樹海の関所前は大賑わいだった。

 空き地の一角に臨時の祭壇が設けられ、城下町の教会から呼ばれた司祭を先頭にして多くの人が参列している。城下町の人々だけじゃなく、正装した騎士団やアルクアン伯爵家の面々もそこにあった。


「――おお、勇敢なる者よ。汝の偉業は神のご覧ずるところとなり、褒め称えられることだろう」


 司祭が葬送の祝詞を上げて、死者を慰めると同時に生前の行いを称賛する。


「人狼化の新薬を完成させながら、自ら人狼へと堕ちた無念の徒よ。狂気の虜囚と成り果てて、しかし死を目前として正しき心に目覚めた者よ。汝が牙によりて少年は人狼と化し、されど汝が遺言によりて少年は人心を保ち得た。少年が苦しみの中で再現した汝の秘薬は、この先数え切れぬ生命を救うことになるだろう」


 ……なんか、壮大なことになってるなぁ。


 参列者たちが感動して聞いている中、ぼくは一人遠い目をしていた。

 一応言い訳しておくと、ぼくはそこまでの大嘘を吐いたわけじゃない。


 ――倒した人狼が、死に際に薬の作り方を教えてくれた。


 多重人格と転生のことを隠すために証言したのは、その一言だけだ。熱に浮かされて夢うつつだったけど、と断りも入れた。

 そしたら、人狼の正体は名もなき在野の研究者だったのではないか、とか。死ぬ直前になって正気を取り戻し、最期の力を振り絞って製薬方法を伝えたんだろう、みたいなドラマができあがってしまって、気付いたら大々的な葬儀を執り行うことになっていたんだ。


「そんなことがあったなら、もっと早く言いなさい。息子の命の恩人を、供養もせずに焼き捨ててしまうところだった」


 と、父様に注意されちゃったけど……何だかなぁ。

 大事になりすぎた気がして居心地が悪いけど、ぼくの秘密を守るためだから仕方がないと割り切らせてもらう。

 人狼だって、感染対策で焼却されたっきりよりは、身に覚えのない名目だったとしても丁重に葬られる方が、いくらかマシなはずだ。……そうであってほしい。お願いだから、祟ったりしないでください。

 祭壇に置かれた遺灰に向かって手を合わせ、許しと冥福を祈る。


 かくして、弔った遺灰を埋葬したら、後は無礼講だ。

 伯爵家からは酒が振る舞われ、商売人が屋台を出し、芸人が大道芸を披露する。飲んで歌って、面白おかしくどんちゃん騒ぎ。

 もともと今回の葬儀は、人狼を称え悼むだけじゃなく、伯爵家の嫡子が生還したのを祝う場でもあった。だからどちらかと言えば、こっちの方がみんなにとってメインイベントである。

 憂いもなくお祭りに浮かれる町民たちを、貴賓席から遠巻きに眺めていると、警備をしていた騎士が近付いてきた。


「失礼いたします。シエル様にお会いしたいという者が来ておりますが、いかがなさいますか」

「うん? 誰だろう」


 さっきまで城下町の有力者が立ち代わり挨拶に来てたけど、一通りのノルマは消化したはずだ。

 訝しみつつも問題はなさそうなので承諾すると、通されたのは町民の親子だった。商人らしい夫婦と、間に挟まれた小さな男の子――見れば、地下室に囚われていた子だ。


「お目通りを許していただき感謝いたします。この度は息子を助けていただいたこと、お礼申し上げたいと思いまして」

「うちの子たちには、霊術転移の刻印が入れられていました。もう少しでも遅かったら、どこか遠くへ飛ばされていたことでしょう。本当にありがとうございました」


 夫婦が深々と頭を下げると、まごまごしていた男の子も背を押されるようにしてお辞儀をする。


「ありがとう、ございます」

「うん。きみも元気そうでよかった」

「……。……あ、あの!」


 鷹揚に頷いて返すと、男の子が思い切ったように顔を上げた。緊張気味に頬を赤らめ、キラキラした目をこちらに向ける。


「シエルさま、すごく強くて、かっこよかったです。それと、人狼の薬を作った話もすごくて、感動しました」

「そ、そうかな?」

「はい! つらくてたまらなくて幻覚まで見たりしたのに、お医者さんもビックリするくらい上手に作ったって、新聞に書いてました」

「……新聞?」


 霊術を活かした情報ネットワークと紙の量産体制が整った今時、庶民でも教会や大手商会の系列店なんかに行けば、新聞くらい読むことができる。

 ぼくのことが記事として広まってても何らおかしいことはないんだけど、なんだか美化されてる?

 話を聞くと、けっこう事実に沿ってるわりに、狂ったような大笑いとか押さえ付ける医師たちを投げ倒したのは伝わっていないみたいだ。


(伝わっててもイヤなの)

(わん)

(失礼ッスね)

(おそらく、何者かが情報操作しているのである)

 ……そうなのかな。


 新聞に手を回しそうな人なら、父様を始め三人くらい思い付くけど。

 親子がお礼を繰り返して去っていくのに手を振り返しながら、ぼくはボンヤリと考えていた。


「新聞のおかげなのかな。……嫌われないで済んでるのって」


 城の人たちだけじゃない。挨拶に来た町の有力者も、すぐそこで騒いでる町民たちも、ぼくに対して否定的な感情を向ける気配がほとんど感じ取れなかった。

 憐れみや好奇や恐怖やの類いがないこともないけれど、それだって表立ったものはない。最悪、外を歩けないとか伯爵家から追放なんてことすらよぎったのを考えれば、可愛いもんだ。……って意味合いの独り言だったんだけど、ソラに聞き咎められてしまった。

「それだけじゃないですよ」と、忠実な専属メイド兼乳姉弟は、ちょっと怒ったような顔で食ってかかる。


「変なデマが流れたりしてないのは新聞の効果かもしれないですけど、みんなが味方してくれてるのは、それだけシエル様のことも伯爵家のことも慕ってるからです。人狼になったくらいで嫌いになるなんて、そんな悲しいこと言わないでください」

「ご、ごめんごめん。もう言わないよ、ありがとう」


 優しい怒りだ。

 温かいものを感じつつ、つまらないことを言ったと頭を下げていると、さっきの騎士が声をかけてきた。

 また面会希望者かと思ったら、今度はやけに慌てふためいている。


「は、伯爵様がおよびです。至急、城にお戻りください」

「父様が? 何か良くないこと?」

「いえ、そのようなことはありません」


 急な呼び出しだ。

 騎士は凶事を否定したものの、その割にはひどく緊張している。息は浅く、肩と表情を強張らせて、彼は報告した。


「シエル様に関わる件で、帝都より親書が届いたとのこと。差出人は、第二皇女ディルフィーネ殿下です」

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