第13話 赦しと誓いの裏側で
西日の届かぬ薄暗い廊下。
イトはドア枠に背を預けて、愛娘がシエルと主従の誓いを交わすのを聞いていた。黙りこくる乳母の手元から、男性の声がする。
『やれやれ。息子が立派過ぎると、親の出る幕がないね。イト、君に教育係を頼んで正解だったかな』
「イエ。坊っちゃんノ生まれ持った人徳デス。ワタシのしたコトなんて……」
手中のカードは、遠所と音声のみを繋ぐ呪紋を特殊なインクで描いた霊符だ。
通話の相手はアルクアン伯爵家の現当主、シエルの実父である。
「お心遣いニ感謝しマス、旦那サマ。本来ナラ、母娘ともども腹ヲ切ってお詫びするトコロを」
『それは許可できないな。自殺はテス教では御法度だし、何よりもせっかくシエルがきれいに収めたのが台無しになってしまう。あの子が命を張った甲斐があったと、生きて証明してもらわなくては困るよ』
「……ハイ」
深く深く痛み入るイトに、アルクアン伯爵は話を切り換えるように声色を変える。
『さて。シエルの安全が確認された以上、この件は終わりだ。騎士団は厳戒態勢を解除。イトも、後は自由にしてくれ』
「かしこまりマシタ」
イトはカードに向かって頭を下げ、霊符への霊力供給を断って通話を終えると、もう一度子ども部屋へと意識を向ける。
厳粛な誓約の儀式はとうに終わり、子どもらは無邪気に笑いあっているようだ。
長く長くため息を吐き、そっと目尻を拭って、イトは静かにその場を離れた。
*
同時刻。テノドス遺跡。
森代官のシュシュタイは、部下を連れて隠し地下室を調査していた。
逃走したレットの行方は騎士団が追っている。自分たちの役目は、現場を検証して手がかりを探すことだ。
「しかし、広いな」
地下室を見渡して、シュシュタイは呟いた。
ざっと百人は収容できるだろう。数人ぽっちを閉じ込めておくには、スペースが余り過ぎる。もともと存在した遺跡を再利用したのなら、不釣り合いな設計にも頷けるが……だとしたら、本来は何のために使われた部屋なのだろうか?
「……シエル坊ちゃまなら、さぞ興味を示しただろう」
敬愛なる主家の、遺跡通いなんて変わった趣味を持つ御曹司のことを想い、シュシュタイは拳を握りしめた。
シエルは自身が作った薬を飲んで容体が落ち着いたため、城へと運ばれていった。無事に目覚めてくれると信じたいが、結果を聞くまでは安心できない。
「もしも坊ちゃまが助からなければ……ふおおおおお!!?」
「代官さま、荒れてんな」
「オレたちだって他人事じゃねえぜ。ずっと気付かず見逃してた、森番全員の責任だ。何か手柄を立てて取り返さねえと、物理的に首が飛ぶってもんよ」
「コラそこぉ! くっちゃべってないで、真剣に探せぇ! ああもう心配だなぁぁぁ!!」
部下を叱り飛ばしながら、手近な壁に頭を打ち付けて悶える。。
せめて何らかを発見して少しなりとも気を休めたいが、地下室にはほとんど遺留品など残っていない。断霊鉱のせいで霊術による探査も行えないため、お手上げな状態だった。
「くそぉ……くそくそくそ……何としても! 坊ちゃまのため! お役に! 立たねば! でないと、今まで何のために……。……おや?」
音節ごとに頭突きをしていると、ふと違和感を覚えた。
シュシュタイは顔色を変えて、壁を撫でる。ザラザラした感触。ランプを近付け照らして見る。平らに削られた跡……だが、やはりおかしい。
他の壁だって平らに慣らしてあったが、ここだけ微妙に違うのだ。
「おい! 二人ばかり、こっちに来い!」
部下を呼びつけ、壁を調べさせる。
詳しく検分した結果、壁の広い範囲がゴッソリと削られていることが判明した。何年も前のものだろうから今回の事件と関わりがあるのかは不明だが、間違いなく人為的な痕跡である。
かなり念入りに削られており、強い隠滅の意図以外にそこに何があったのかを読み取ることは不可能と思われたが、根気強い調査の末に一ヶ所だけ、見えづらい高所に削りきれていない部分が見つかった。
ひどく掠れてはいたが、しっかりと壁に彫り込まれた紋様の痕跡は、さらなる分析により呪紋の一部であると断定される。
それは、転移・召喚に用いられる術式だった。
読み取れた意味は――【勇者の霊魂】。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます