第7話 遺跡の地下
「どこから調べますか?」
「そうだね……」
鞄からこれまでの調査ノートを取り出して開いてみる。そのメモ書きやスケッチを覗き込んだソラは首を傾げた。
「かなり本格的にやってるみたいですけど……霊術探査はしてないんですね。どうしてです? シエル様、霊術の訓練も受けてますよね?」
「できるけど、効かないんだよ」
肩を竦めて、他にも色々と持参した道具を並べていく。
「試しに、やってみる?」
「え? はい、じゃあ……」
水を向けると、ソラは首を傾げながらも頷いた。
魂の揺らぎから生じる霊力を不可視のインクとして、空中に呪紋を描く。
【対象:無制限】
【効果:鳴振。反響受信。縮小具現化。全域20】
【発動:即時】
ソラの指先を震源に、呪紋によって特性を与えられた霊的波動が広がった。波動は空間を微弱に揺らす。もしも地下に空洞があったり、生物や金属類などの異物が隠れていれば、その反響でもって教えてくれる――はずだけど。
「あら?」
パチクリ、とソラは瞬いた。
訊くまでもない。反響してきた情報はほとんど黒塗りで、目で見てわかる地形くらいしか検知できなかったんだ。
てんで役に立たない結果に、ソラは呆然としていたけれど、それはほんのひと時だけで、すぐに原因を看破してため息を吐く。
「なるほど。ここの石、『断霊鉱』なんですね?」
「正解。ここだけじゃなくて、遺跡ぜんぶがそうみたいだよ」
断霊鉱とは、霊的エネルギーを阻害する性質を帯びた金属の総称だ。金属の種類や性能にこだわらなければ簡単に手に入り、人為的に作る方法も確立されているため、現代では珍しくもない。
うちの城なんかもそうだけど、重要な施設は霊術での攻撃や窃盗、情報漏洩を防ぐために、金属をたくさん含んでいる石材を使って断霊加工を施していた。この遺跡も、そういった重要施設のたぐいなのか、それとも偶然建材に断霊鉱が含まれていたのか……個人的には、前者を期待したいところだ。
「霊術が効くなら、まとめて手っ取り早く調べられるんだけどね。けど、こんな具合だから、地道に手作業で進めていくしかないんだ」
そう言って、金づちを取って床を叩くと、キン! と澄んだ音がした。
(霊術阻害をぶち抜く方法だってあるんスけどね)
(それは前に却下したのである)
(まぁ……隠し部屋を探すくらい……音響でも、十分ですし)
キン! キン! と続けて叩く。
音はしっかり奥の方まで詰まっており、床石の下には土しかないのがうかがえるけど、それは前々回来た時の調査でわかっていたこと。
問題なのは、今日ぼくが感じた違和感がどこへ導いてくれるのか、だ。
(……足跡、ですよ)
……うん?
言われて改めて床を見直すと、砂埃の積もった床には真新しい足跡があることに気付いた。ぼくやソラのよりも大きい。レットが安全確認のために中を入った際のものだろう。
ランタンを手に、足跡を追いかけてみる。入り口からまっすぐ、不自然なくらい脇目も振らずに、瓦礫の山へと向かっていく足跡を。
「シエル様、そっちは危ないですよ」
「うん、わかってる」
崩落を心配するソラに生返事をしつつ、足跡が立ち止まった場所を検めてから、ランタンを持ち上げた。
割れた石材が隙間なく積み上がって、向こう側にどんな部屋があるのかを知ることはできない。外から見た感じから、完全に崩れ落ちてしまっているんだろうと思って調べずにいたんだけど、もしかして……――――?
(ア、ハァ。……見ぃつけた)
普段は陰気な“声”に、若干の熱がこもった。
つられて、ぼくにもそれが見分けられるようになる。
「あの、シエル様。そろそろ離れた方が……」
「静かに!」
呼び戻そうとするソラを制す。
思いがけず真剣な声色に驚く彼女を置いて、入り口をチラッ。レットが外部から危険が来ないか警戒してこちらに気を配っていないのを確かめてから、目を付けた瓦礫に手を掛ける。
力いっぱい、引っ張った。
両の膝を一瞬で脱力。足の支えがなくなり行き場を失った体重を、リー老師直伝の身体操作で指先に集中させて、全身の筋肉が発奮するのも合わせて最大限の力を込める。
ガラガラガラッ!
存外に、軽かった。
掴んだ瓦礫にくっついて、十数個ほどの石材がまとめて位置をずらす。どれも大きくて、鍛えた騎士でも何十人と動員して運ぶような数だけど、子ども一人の体重と筋力を振り絞っただけで動いてしまった。
そして、ずれた後には地下へと続く階段が口を開けていた。
頑丈に組まれた壁は外の崩落がウソみたいに安定しており、長年の往来によってすり減った石段は掃除されているのか埃や汚れも見当たらない。
「こ、こんなのが……。よく見つけましたね、シエって、シエル様!?」
呆気に取られたような声が、悲鳴に変わる。
ぼくが躊躇なく飛び込んでいったからだ。
呼び止めるソラを無視して、ぼくは全力疾走。ランタンを消してしまわないよう大事に抱えつつ、落下と変わらない速度で駆け下りると、上の部屋の三倍以上はあるだろう大部屋に行き着く。
持ち運び式のランタンでは地下室の全容を照らすことはできないものの、壁際に仄白い影がうずくまっているのが見えた。縮こまって震えながら、こちらを睨んでいる。
人間だ。
合わせて七人。鎖で繋がれている。
内訳は、子どもが四人。一人は身なりが整ってるけど、他三人は髪がボサボサで服もボロボロ。大人は三人で、フードで顔を隠した男とケバケバしい女が二人。子どもたちは涙の枯れた虚ろな目をしており、女たちなんて化粧が中途半端に剥がれて目も当てられない有り様だった。
七人は恐怖に身を強張らせ、ランプの灯りが眩しそうに目を細めていたけれど、光に慣れてきてぼくが九才の少年だとわかると拍子抜けしたみたいに気を緩ませた。
「……シエル、さま?」
身なりの整っている子どもが不思議そうに呟くと、他の人たちもざわつき出す。
「しえる、って?」「たしか伯爵家の……」「なんだって、こんなとこに?」
「――もう、シエル様! 待ってくださいってば!」
追いかけてきたソラが地下室に現れた。
照明のなくなった階段をおっかなびっくり下りてきた彼女は、ぼくの無鉄砲を叱ろうと肩を怒らせたところで、拘禁された七人を目の当たりにして息を呑んだ。
「え……。この人たちは?」
「さあね。でも、城下町では人攫いが流行ってるんでしょ?」
ひょっとして攫われた被害者の一部じゃないか、と向き直ったら――彼らは凍り付いていた。
どうしたんだろう。
気を許してくれそうな雰囲気だったのが消し飛んで、再び恐怖の一色に染まっている。その視線はぼくを通り越して後方、階段へと向かっていた。何を見たのか? 下りてきたばかりのソラか、あるいは彼女よりも遅れてやってきた……――――
「ったくよぉ。勝手にウロチョロと……護衛役の身にもなってほしいもんだぜ」
帯びた剣を揺らして歩いてくる。
ぼくの持つランプにぼんやり照らされた彼は、以前からあんな顔をしていたんだっけ。
「レット……さん?」
ソラが気味悪そうに後ずさるけど、ットは表情を動かすことなく静かにぼくを見下ろした。
「教えちゃくれませんかね。前に来たときゃ気付かなかったのに、なんで今度は見つけちまったのか」
「……勘、かな」
じわり、と経験したことのない汗がにじむのを覚えながら、ぼくは答えた。
「あとは、レットが先に一人だけで入った時の動きが変だったから」
「ヘン?」
「足跡の付き方が、さ。崩れたところまでまっすぐ歩いていって、何かを踏み消してたじゃない? それで近くの瓦礫をよく見てみたら、埃の積もり方に違和感があったから……」
「んで、隠し扉を見つけたって? さすがはシエルさま。歳に似合わず鋭くって困る」
うんざりとした声で、ットは頭を掻きむしる。
表向きは気安い者同士の会話だけど、その裏では急速に緊張が高まっていた。
――そして、
「念には念を、と思ったのが運の尽きってことですかい……なっ、と」
「っ!?」
うなじに粟立つものを感じたぼくは、ランブを投げつけていた。
レットはそれを片手で払い、落ちた拍子にガラスが割れて、こぼれた油が大きく燃え上がる。
瞬間的に強まった光の中、ぼくはしかと見た。レットが袖口に隠し持っていた、小さな筒らしき物を咥えて息を吹き込むのを。
――音は、聞こえなかった。
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