第4話 目下の目標

 デュオ陛下のおかげで歴史に強くなったように、他の人格たちも前世の記憶をもとにしてぼくを鍛えてくれた。武術や科学や、ちょっと大人には言えない技術まで。その甲斐あって、年齢のわりには優秀で多芸に育ったんじゃないかと思う。……身近な同世代がおらず、比較対象がないからよくわからないけど。

 ともあれ、一介の貴族の御曹司としては十分以上の力を得たからには、それを使って叶えたい目標があった。


 ――なぜ、ぼくは多重人格者になったのか?


 魂は一人に一つという原則に反した存在として生まれたことに、どんな意味があるのか。それが知りたくて、父様の書斎に入り浸ったり、物知りな人がいると知れば話を聞きに行ったりしたものの、現時点では手掛かりになりそうなものはほとんど得られていなかった。

 正攻法じゃ無理なら、と近頃は、部外者が立ち入れない騎士団の資料庫に忍び込んだりもしてるんだけど……


「坊ちゃん、また禁書庫ニ入り込んだネ!」


 バレて告げ口されること、これで三度目。

 肩を怒らせるイトの前で、ぼくは正座させられていた。


「勉強熱心なのは良いケド、禁書庫はダメって言ってるヨ。アソコは危ない霊術や邪教徒ノ呪いガ書かれた本が置いてあるんだカラ」

 ……だから読みたいんだけど。


 なんて、口答えしたら怖いので何も言わない。


(いっそ、秘密を明かせば入れくれるかもしれませんぞ)

(わざわざ伏せ札明かすようなことかァ? 禁書庫の入室許可じゃァ、リターンが少なすぎるぜ)

(バケモノって言われるかも、なの)


 ルール④ その他、意見が分かれた場合は主人格を議長とした合議で決定するべし。


 多重人格であることを公表するという意見は否決されて、当面は普通のフリをして秘密裡に調査することになったのも、進展がない一因という説がある。

 家族から気味悪がられるのは嫌だから仕方ないんだけども、内緒にしたらしたで協力を仰げないから不便だよね。


 ……っていうか、ぼくが叱られるのって理不尽じゃない? あの時、読書に夢中になってて見回りが来るのに気付かなったのって……

(ウチに交代したのは主人格くんッスよ。速読が一番上手いからって。任せたからには、責任取って欲しいッス)

(いざという時、頭を下げるのが責任者の仕事である)

(若い時の苦労は買ってもせよ、と言いますぞ~)

 ……色々言ってるけど、押し付けたいだけだよね?


「坊ちゃん! 聞いているのカ? 決まり事を破っておいて、ソンナ態度をスル悪い子は人狼に咬まれるヨ!」


 内心で口論してたら、イトの雷が落ちた。

 お説教の延長は甘んじて受けるものの、痛かったのは罰として予定していたお出かけをキャンセルされてしまったことだ。


「そんな! ようやく許可してもらったのに!」

「城下町では人攫いガ流行ってるカラネ。危ないことニ近寄る子ハ、安心して外ニ出せないヨ」


 すがりついても怒らせたイトに響くはずがなく、外出許可を取り消すようにと父様のところへ行ってしまった。

 泣いたところで後の祭り。禁書庫では収穫らしい収穫もなかったし、踏んだり蹴ったりである。

 やるかたもなく、肩を落として子ども部屋へと戻る途中、ふと窓から見下ろすと、城壁の外で騎士団の人たちが訓練をしているのが目に入った。


 八州でいう騎士とは、貴族お抱えの専業兵士という意味合いが強い。

 多くは分家の下級貴族から家督を継げない次男三男が来るんだけど、信用さえあれば平民でも召し抱えられる。物を作ったり田畑を耕したりは二の次であり、軍事力を鍛えて誇示することで、治安維持や戦争抑止に役立ってくれていた。


「魂をォォ、引き絞れェェェェェ!!」

「遅い遅い! もっと早ぁぁく!」

「そんなもんで限界などとぬかすなァァァ!!」


 指導官に怒鳴られながら、団員たちが取り組んでいるのは霊術の訓練だ。

 右手に投げ槍を構えた状態で、的の盛り土を睨んで精神統一。

 左手に、魂の揺らぎから生じる霊力の波動を集中させると、インクのようにして空中に呪紋を描く。


【対象:右手の接触。刻印・乙。対象外の拒絶】

【効果:空間歪曲、移動距離の削消10】

【発動:条件、接触解除】


 力ある紋様『呪紋』の完成と同時に槍を投擲。

 手から離れた槍は、まるで水面に飲み込まれたように消失したかと思うと、遠く離れた虚空から飛び出して盛り土に突き刺さった。

 再び霊力を練って呪紋を描くと、投げ槍は一瞬にして持ち主の手元へと帰還して、次の投げ手に順番が回るというローテーションが繰り返されている。


(相も変わらず、原始的ッスねぇ……)


 つまらなさそうな“声”がした。


(十分にファンタジーだと思いますがな。霊力を操って空間に干渉する術など)

(時空間魔法の一種、と言えば立派に聞こえるッスけどね。空間を歪めてテレポートが限界じゃ、いいとこ中級レベル。燃費はあんまだし、出力方法はめんどい紋章筆記しかないしで、ぜんぜん見栄えしないッスよ)


 霊術に対する反応は人それぞれだ。

 ある人格は転生して初めて知ったとばかりに驚嘆し、また別の人格は逆に物足りなさを感じているらしい。


(ア、ハァ。……魔法っていうなら、もっと美しいのが欲しいですね。……炎を出したり、空を飛んだり……)

(鉛を黄金にってのが無理でも、黒鉛をダイヤモンドに変えるくらいのことはして欲しいッス)

(それ、何が違うの?)

(黒鉛とダイヤは炭素――成分がほぼ同じなのですな~)

(そこの二人、あまり無茶を言ってくれるな)


 できないことばかり求める“声”に、デュオ陛下が苦言を呈す。


(何でもかんでも実現できる魔法など、この世界には存在しないのである。異世界から魔法そのものを召喚することができれば、話は別だがな)

 ……異世界召喚、か。


 その単語を、反芻する。

 霊術の使い方によっては、遥か彼方にあるものを召喚することだってできる。とはいえ、ぼくらのいる世界とはまったく異なる世界から、というのはさすがにおとぎ話の次元だ。そもそも異世界なんてもの自体、信じる人間がいるのかも疑わしい。


(霊術関係の文献には書いてなかったッスね。禁書庫を漁っても、邪教徒の古い伝説にそれっぽいのがあるくらいだったッス)

(忘れられているなら、その方が良いのである。吾輩は前世で、この世にはあるまじき魔法やアイテム、生物が持ち込まれるのを何度か見たが、どれも悲劇しか生み出さなかった)


 陛下の“声”は、暗い。

 いつも通り具体的なことは話してくれないけれど、異世界召喚がロクなものじゃないというのは間違いないんだろう。


「だけど……実在するなら調べなきゃいけないよね」


 決意を確かめるために、ぼくは口に出して言った。

 悪いものだとしても、イトに叱られようとも、避けて通ることはできない。なぜなら――


 デュオ陛下は同郷だけど、千年前に死んで冥界から還ってきたんだから、半分異世界から来たみたいなもの。

 みんなの魂がこの肉体に宿ったことには、必ず霊術の異世界召喚が関わっているはずと、ぼくは今後も調べ続けることを誓って廊下を歩いていくのだった。

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