芽生えた希望
その翌日から、凜の放課後の過ごし方は一転した。侑李達からの誘いを断り、毎日校門の前で鷹と待ち合わせて街の方へ出かけるようになったのだ。
もちろん目的は久美の捜索だ。人目につかなさそうなカフェやレストランを探しては店内を覗き、時には実際に入ってみてあの二人がいないかを懸命に探した。
だが、捜索の甲斐もむなしく、どこにも久美と『あっくん』の姿は見られなかった。
進展のない日々を過ごす中で、凜は次第に焦りが募っていくのを感じた。こうしている間にも、事態はどんどん悪い方向に進んでいるかもしれないのだ。
ただ、鷹の方はのんびりした様子で、クラブもバイトもあって忙しいはずなのに、毎日のように凜に付き合ってくれていた。凜は一度その理由を尋ねてみたのだが、返事はあっさりとしたものだった。
「クラブは試合終わってオフシーズンで、バイトは人余ってるからってあんまり入れてもらえないんだよ。俺は好きでついてってるだけだから、気にしなくていいよ」
事もなげにそう言われると、凜はそれ以上何も言えなくなってしまった。
だが正直なところ、全く気にしないわけにはいかなかった。最近になって、クラスの女子からの態度が変わってきていたのだ。何となく攻撃的というか、言動に棘があるように感じていた。
「ねえねえ、なんか最近調子乗ってる人がいると思わない?」
「あーいるいる。毎日男と遊び歩いてる人でしょ? うちらは部活とかバイトで忙しいってのに、見せつけてくれるよねー」
こんな具合だ。凜が直接何かを言われたわけではないが、それが自分と鷹のことを差しているのだとはわかっていた。きっと、凜が一人だけ抜け駆けしているのが許せないのだろう。こうなることを怖れて、校門前での待ち合わせは止めようと鷹に頼んだのだが、どうせ学校から一緒に行くのだからと聞き入れてもらえなかった。
あたしはいったい何をしているのだろう。成果が上がらずに帰宅するたび、そしてクラスの女子からの突き刺すような視線を感じるたび、凜はそう考えた。鷹と長い時間一緒にいれるのは嬉しいけれど、そのたまに他の女子との関係がぎくしゃくし、またクラスでの居場所を失ってしまったらどうするのだ。
それに、もし本当に久美が見つかってパパ活を止めさせられたとしても、それが自分にとって何の意味を持つのだろう。鷹の言う通り、また元の孤独な生活に戻るだけではないのか。
そんな風に考え始めると止まらなくなり、凜は自分が何のために行動しているのか、だんだんわからなくなってきていた。
久美の捜索を開始してから早二週間が経った。
凜は校門の壁に背中を預けて鷹を待っていた。下校していく女子生徒がちらちらと自分の方を見ている。今日も柏木君と一緒に帰るのね。この前まで一人だったくせに、柏木君と仲良くするなんて生意気――。剃刀のような視線を浴びるたび、凜はそんな陰口を叩かれている気分になった。
(鷹、遅いな……。早く来てくんないかな……)
いつもなら終業のベルが鳴って五分も経たずにやって来るのに、今日はもう十五分も経っている。掃除当番があるなら事前に言ってくれるはずだし、担任に急な呼び出しでも受けたのだろうか。
「……ねぇ、ちょっと」
不意に横から袖を引っ張られ、凜は驚いて振り返った。鷹は上級生にも人気があるから、恐い先輩が調子に乗っている自分をシメに来たのだろうか。
凜は恐る恐る顔を上げたが、そこにあったのは恐い先輩などではなく、見慣れた侑李の顔だった。
「……何だ侑李か。脅かさないでよ。あたしてっきり、誰かがシメに来たのかと思ったよ。」
茶化すように言って凜は笑ったが、侑李は少しも笑わなかった。眉間に皺を寄せ、凜に詰め寄りながら声を荒げる。
「凜、あんたそれ、冗談のつもりで言ってるのかもしれないけど、本当にそうなるかもしれないんだよ!? みんなあんたのこと噂してる。他の人の誘いは断ってるくせに、鷹とは毎日遊び歩いてるって。今はあたしが何とか抑えてるけど、そろそろ限界。別に鷹と付き合うなとは言わないけどさ、せめてもうちょっと目立たないようにしなよ!?」
大声を出した侑李に驚いたのか、下校途中の生徒が何人かこちらを振り返る。凜は呆気に取られていたものの、すぐに自分も険しい顔になった。
「何それ? 別に遊び歩いてるわけじゃないよ! あたしはただ……」
「……わかってる。久美のことでしょ?」
侑李が急に声を潜め、凜は勢いを殺がれて言葉を飲み込んだ。
侑李は眉を下げてため息をつくと、周りに人がいないのを確認してから続けた。
「あんた、鷹と一緒にいた時に久美を見たって言ってたもんね。鷹は優しいから、自分も手伝うって言ったんでしょ? だから鷹ともちゃんと目的があって一緒にいる。あたしは事情を知ってるからそれがわかるけど、何も知らない人間からしたら遊び歩いてるようにしか見えないんだよ」
「そりゃそうだけど……」
不満げに漏らして凜が黙り込む。侑李の言い分はわからないでもないが、ただ遊び歩いてると思われるのはやはり侵害だった。そんな凜の心境を知ってか、侑李が赤子をあやすように続ける。
「あたしはね、凜。久美のためにあんたにバカ見てほしくないの。変に鷹と毎日一緒にいて、噂になって、またハブられて、何であんたが久美のためにそんな目に遭わなきゃいけないの? やれることはやったんでしょ? だったらもういいじゃん」
「でも……」
当惑しながら顔を伏せる。侑李はきっと鷹と同じ気持ちなのだろう。凜のことを心配して、これ以上事態が悪くなる前に手を引かせようとしている。二人が心配してくれる気持ちは嬉しいし、自分が久美のためにバカを見る必要はないというのはもっともだと思う。
だけど、どうしても、凜は引き下がることができなかった。
「……侑李。あたしね、ずっと自分のこと、空っぽな人間だって思ってたんだ」
凜が唐突に切り出した。侑李が怪訝そうに眉根を寄せる。
「やりたいことも得意なこともない。何のために生きてるのかもわかんない人間だって、ずっとそう思ってた。……でもね、今ちょっとだけ、自分がやらなきゃいけないこと、わかった気がしてるんだ」
凜はそこで顔を上げた。大きく息を吐き出すと、一息に決意を口にする。
「久美のことはあたしもキライだし、そんな人間のこと助けなくていいってのもわかる。でもね、あたしが何もしなかったら、誰も久美のこと助ける人がいなくなる。久美は自分勝手でワガママで、最低なヤツだって思うけど、だからってこのままほっとけない! 探したって無駄かもしれない。もし会えたとしても、話なんか聞いてもらえないかもしれない。そんなの全部わかってる!
でも、ひょっとしたら何か変わるかもしれない。最悪のことを避けられるかもしれない! その可能性が少しであるんなら……、あたしは絶対に久美を探すのを止めない!」
一度話し出すと言葉が湯水のようにあふれ出し、自分でも止めることができなかった。凜自身、言葉にしてやっと、自分がなぜ久美の捜索にこだわっていたのかがわかった。
凜はただ、何もしない自分のままでいるのが嫌だったのだ。現状を維持できればいいと考えて、不都合な現実から目を背けて、可能性を潰してしまうのが嫌だったのだ。
何もない自分であっても、何もしない自分ではいたくない。それは凜の中に初めて生まれた火種であり、こうありたいと願う自分自身への希望であった。
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