嬉しい誤算

「それで? やっぱり、片瀬とあのオッサンが来るのを待ってるのか?」


「うん……」


 凜は気まずそうに視線を落とした。さすがに鷹が来るとは思っていなかったので、この事態をどう説明すればよいかわからなかった。


「あの、別に心配してるわけじゃないんだ。あたし、片瀬さんと仲良かったわけじゃないし。ただ……ほら、やっぱ見ちゃったから。どうしても気になって……」


 凜はそう言って軽く笑って見せたが、鷹はなぜか険しい顔をしていた。


「でも、どうするんだよ? 本当にあいつらがここに来たとして、お前、止めるつもりなのか?」


「それは……わかんないけど」


 歯切れ悪い凜の答えに、鷹は眉を下げてため息をついた。ウェイトレスが鷹の分のお冷とメニューを持ってきて、後で注文を取りに来ると言ってまた去っていく。

 鷹はメニューに手をつけようとはせず、テーブルの上で両手を組むと続けた。


「葉月。俺、お前のそういうとこ偉いと思うよ。友達でもない奴のためにわざわざ自分の時間使うなんてさ。

 でもさ、もし片瀬がパパ活止めてまた学校に来るようになったとして、お前はどうなるんだよ?」


「あたし?」


 凜はきょとんとして鷹の顔を見つめた。鷹が眉を顰めて重々しく頷く。


「お前、今は芳賀とかその友達と仲良くしてるみたいだけど、片瀬が学校に来るようになったら、そいつらもまた片瀬のとこに行っちまうんじゃないのか? 片瀬ってそういう奴なんだろ? 何かこう、全部が自分の思いどおりじゃないと気が済まないみたいな。だったら自分が仲良かった奴は近くに置いときたいと思うんじゃないのか? そしたらお前はまた一人だ。本当にそれでいいのかよ?」


 凜は目を瞬いて鷹の顔を見返した。久美にパパ活を止めさせなければと思うばかりで、その後自分がどうなるかなど考えてもみなかった。


「お前は片瀬に恩を売っておけば、あいつも改心して、みんなで仲良くできるって思ってるのかもしれないけど、そう上手くいくとは限らないぜ。人の性格なんて簡単に変わらないからな。あいつ、お前に助けられたことなんかころっと忘れて、また好き勝手するかもしれないだろ? そうなったらバカを見るのは葉月、お前なんだぜ」


「それは……」


 言葉に詰まって視線を落とす。自分では考えつかなかったことを次々と指摘され、どう答えればよいのかわからなかった。


 久美に何かを期待していたわけではない。久美に恩を売ろうとか、改心させようとか、そんな打算的な目的があったわけではない。ただ、放っておくのが嫌だから行動しているだけだ。だけどその結果、鷹の言うように、自分が一人に戻ってしまうのだとしたら?


 可能性がないとは言えなかった。沙希と麻衣は一度久美から離れはしたが、いざ久美が学校に来たら、また久美の取り巻きに戻ってしまうかもしれない。

 だが、侑李は――、侑李だけは、そんな風に自分を裏切りはしないと思いたかった。


「……まぁ、お前がそれでもあいつを助けるって言うんなら、俺も協力しないわけにはいかないよな」


 鷹が諦めたように笑って言った。姿勢を崩し、脱力した様子で椅子に背中を預ける。凜は不思議そうに鷹を見返した。


「協力って……どういうこと?」


「どうせやるなら、一人より大勢の方がいいってことだよ。俺、クラブの連中に声かけて、片瀬があのオッサンといるとこ見かけたら連絡してくれって言っとくからさ。あいつがパパ活してるって噂は広がってんだし、今さら隠す必要もないだろ?」


「え……。でも悪いよ。鷹は関係ないんだし……」


「関係ないのはお前も一緒だろ。それに葉月一人でやらせといて、葉月まで変なことに巻き込まれたら俺だってたまったもんじゃないしな」


 変なこと、と言うのはやっぱりパパ活のことだろうか。久美のパパ活現場に居合わせて、凜が巻き添えになることを危ぶんでいるのかもしれない。鷹が自分を心配してくれているのだと思うと心がほんのり温かくなり、自然と表情が綻んでいく。


「……ありがと。心配してくれてるんだね、あたしのこと。正直あたしも一人で探す自信ないから、手伝ってくれると助かるかも」


「ま、俺も見ちまったからしょうがないよな。その代わり、今日はお前のおごりだぜ?」


 鷹はそう言って軽く笑うと、メニューを開き、どれにしようかなと言いながらケーキの写真を指でなぞり始めた。さっきまでの深刻さとは打って変わったその姿がおかしくて、凜は思わず笑みを零した。

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