第十話 空虚を越えて

偵察

 侑李に久美の一件を伝えた日の放課後、凜は一人で昨日のカフェに来ていた。


 店内が見渡せる奥の席に腰を下ろし、エスプレッソを口にしながら店内を見回すが、久美と『あっくん』の姿はどこにもない。さすがに二日連続ということはないか。いやでも、これから現れるかもしれない。ただでさえ学校に行っていないのに、どう見ても彼氏ではない男と会っているのだから、クラスメイトに見られることだけは絶対に避けたいと久美は思うだろう。だからあの男と会うとしたら、こういう人目につかないような店を選ぶに違いない。そう考えて来てみたわけだが、今のところ久美が現れる気配はなかった。


 ただ――苦いエスプレッソを飲みながら凜は考えた。本当に久美とあの男が現れたとして、あたしはどうすればいいのだろう。二人で一緒にいる現場を押さえて、こんなバカなことは止めろといえばいいのだろうか。

 でも、どうして? あたしは久美の友達でも何でもないのに、どうして久美のためにこんなに一生懸命になっているんだろう。


 久美を助けたいからではない。ただ、このまま放っておいたら寝覚めが悪いから行動しているだけだ。

 だけど、そんな理由で説得したところで、久美は絶対に聞く耳を持たないだろう。ただでさえ自分は久美に恨まれているのだから、何を言ったところで無駄な気がした。


「……やっぱ、侑李にも来てもらうべきだったかな」


 カップをソーサーに置き、片手で頬杖を突きながら凜は一人呟いた。今日は補習がないと言っていたから、普通にお茶をしようといえば侑李は来てくれたかもしれない。ただ、今朝あんなことを言われた後だったから、誘うのをためらってしまったのだ。


 いつも一人だった凜とは違って、侑李の近くにはいつでも久美がいた。だけど、そうやって近い関係を続けているのもそれはそれで疲れることだったのかもしれない。まるで自分が久美の所有物であるかのように独占されて、他の誰かと仲良くしようとするとすぐに邪魔してくる。ちょうど、凜と二人でシゲルのライブに行った時のように。だからこそ、侑李は久美から離れたがっているのだろう。その気持ちはわからないでもないが、だからといって、長年の友達が荒れていくのを黙って見ていられるものだろうか。


 その時、カランカランというドアの開く音が聞こえてきた。もしかして、久美と『あっくん』が来たのだろうか? 凜は考えるのを止めて入口を見たが、そこに久美はおらず、代わりに意外な人物がいた。


「鷹……?」


 目を瞬かせながら凜が呟く。入口に立っていたのは制服姿の鷹で、案内に来たウェイトレスと話をしているのが見えた。だけど、どうして鷹がこのカフェにいるのだろう。わざわざ一人でケーキを食べに来たわけではないと思うが――。


 凜がそんなことを考えていると、ちょうどこちらを向いた鷹と視線がぶつかった。凜は慌てて視線を逸らしたが、鷹はウェイトレスに何か言うと、まるで獲物を見つけたかのようにまっすぐに凜の方に近づいてきた。


「やっぱりここにいたな、葉月」


 凜の座っているテーブルの傍まで来たところで、立ち止まった鷹が言った。凜が眉根を寄せて鷹を見上げる。


「やっぱりって……どういうこと? もしかしてあたしのこと探してた?」


「ああ。今日帰ろうとしたら、校門のとこでたまたま芳賀と会ったんだよ。それでお前の話になって、お前の様子が変だったって聞いてさ。昨日のことが原因だって思ったから、ひょっとしたらって思って来てみたけど、まさか本当にいるとはなぁ」


 鷹は感心とも呆れともつかない口調で言うと、当然のように凜の向かいに腰を下ろした。

 凜は咄嗟に反応を返せなかった。鷹が自分を気にかけてことは嬉しかったが、それ以上にまずいのではないかという気持ちがあった。二日続けて鷹とお茶をするなんて、万一誰かに見られていたら噂になってしまう。こっそりと辺りの様子を窺うが、幸い、同じ制服を着ている子はいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る