第12話 過去からの使者

 一歩、“タケ爺”が前に出る。黒長靴が廊下を踏みしめ、ざしゅっという乾いた音を響かせた。

 一歩、また一歩と着実に廊下を進んでくる“彼”の姿に、優司は固まったままおびただしい汗を浮かべ、必死に思考を巡らせる。


 指一本、動かすことができない。もし、ここで少しでも動こうものならば、離れた位置でじわじわと近付いてきているあの老人が、一気に行動に出るような気がしてならなかった。

 スリッパを痛いほどに踏みしめ、じわりと体重を移動させていく。視線は決して目の前の彼から反らさず、必死に思考を走らせた。


 なぜ、奴がここにいる。どうやってこの建物に入った。なぜ誰にも見つからず、この場所まで辿り着けた。

 優司の脳裏に無数の疑問が沸き上がる中、また一歩、“歌”を口ずさみながら“タケ爺”がこちらに近付いてくる。


 その足音で、優司の隣に立つ田畑が限界を迎えてしまった。


「ひ――ぁぁぁあああああああああああ!!」


 張り裂けるような悲鳴に優司が振り向いたが、田畑は談話室を飛び出し、廊下の向こうへと走り出してしまった。そして、彼の金切り声が引き金となり、対峙していた老人もまた一気に飛び出す。


 まずい――優司も逃げねばと足を出したが、突然の事態に足元が滑ってしまった。スリッパがすっぽ抜け、受け身すら取れずに真横から廊下に転んでしまう。

 頭部こそ打ちはしなかったが、視界がぐわんぐわんと揺れた。混乱に包まれながらも、とにかく必死に肉体を動かし起き上がろうとする。


 地面に突き立てた掌に、振動が伝わってきた。みるみる大きくなるそれが、こちらに近付いてくる“殺意”の大きさを物語っているようである。

 膝をつきながらもたまらず振り返った優司の眼前に、すでに“タケ爺”は迫っていた。彼は草刈り鎌を振り上げたまま、カッと開いた目でこちらを睨みつけている。


 間に合わない――回避行動もとれず、優司は咄嗟に歯を食いしばり、目をつぶってしまった。来るであろう“痛み”に耐えるため、せめてもと全身の肉という肉を硬直させてしまう。

 

 そんな優司の真横を、大きな振動が通りすぎていった。予想外の事態に目を開き顔を上げたが、そこにはもう“タケ爺”の姿はない。

 彼はなぜか倒れた優司を無視し、その先――廊下の奥へと逃げた田畑を追いかけ、走っていってしまう。遠くからはいまだに、田畑が泣き叫ぶ情けない声が響いていた。その残響を追いかけるように、どっどっどっという“タケ爺”の重々しい足音が響き続ける。


 一瞬、優司はなにが起こっているのか分からず、呆けてしまう。中腰になった体勢で固まったまま、おびただしい量の汗を浮かべ思考を巡らせた。

 どういうわけか“タケ爺”は、優司よりも田畑のことを優先的に狙っている。腰が抜け、容易に殺害できたはずの優司には目もくれることなく、逃げ去った田畑を執拗に追いかけているのだ。


 一体、なぜ――そこまで考えたところで、ようやく優司は我に返った。今はそんなことを悠長に推測しているような暇はない。理由や経緯はさっぱりだが、それでも一つだけ、この場で明らかになっていることがある。


 こうしている間にも、“タケ爺”は田畑に迫っているのだ。優司は歯を食いしばり、腑抜けている自身の肉体に鞭を打つ。素早く立ち上がり、田畑達が走り去ったのとは逆方向に向かって進む。


 とにかくまずは、“タケ爺”――もっと言うならば、この病院に“不法侵入者”がいることを誰かに伝えなければいけない。今、危険にさらされているのはなにも、田畑や優司だけではないのだ。多くの患者が寝泊まりしているこの病院の中に、草刈り鎌という凶器を持った男が一人、堂々と走り回っているのである。


 優司はすぐさま、ナースステーションへとたどり着く。煌々と灯りが漏れている受付口から、部屋の中へと声を張り上げた。


「すみません、誰かいませんか! 大変なんです! やばい奴が今、病院内を走り回ってるんです!!」


 とにもかくにも、誰か救援を呼ぶのが先決だ。そう判断し、まずは看護師にこの事実を告げねばならないと思い立ったのである。もはや、病室を抜け出していたことがばれるなんてことはどうでも良い。一刻も早く事実を伝え、警備に動いてもらう必要があった。


 優司が声を張り上げたが、返答はない。受付口から覗き込んだ限りでは、すぐ近くには看護師の姿はないようだった。

 たまらず優司はすぐ脇にあったドアを開き、ナースステーション内部へ足を踏み入れる。ドアを跳ねのけながら再度、大声で訴えかけた。


「なあ、誰かいないのか!? 一大事なんだよ、早くしないと今も人が追われて――」


 苛立ちにも似た感情が沸き上がる中、不意に視界の端に飛び込んできた“それ”に足が止まってしまう。ナースステーションの入り口に立ったまま、優司はしばし、言葉を失ってしまった。


 踏み込んだ優司のすぐ目の前――人影はないが、並んだ机のその向こう側に人間の“足”が覗いていた。ぺたりと地面に倒れたそれを見るに、なぜか看護師は床に寝そべっているらしい。

 その足元にじんわりと、赤い雫が広がっていく。一瞬、その意味するところが理解できなかったが、数々の符号が優司にある“事実”を突き付けた。


 鼓動が加速し、呼吸が乱れていく。今度は汗ではなく、抑え込むことのできない激しい震えが全身の肉と骨を歪め、臓器の動きすら狂わしてしまう。


 まさか――恐る恐る机に歩み寄り、その奥を覗き込む。

 そこに広がっていた光景に、優司は無意識に呼吸を止めてしまった。


 看護師の女性が二人、倒れている。二人共、喉元を深々と抉られ、流れ出たおびただしい量の血が床や机を染め上げていた。まだ肌に血の気が残っているところを見るに、つい先程、やられてしまったのだろう。


 二つの“死体”を前に、たまらず後ずさりしてしまう優司。わなわなと肉体が震える中、体を支えようと伸ばした手がすぐ隣の机に置かれていた電話機にぶつかる。


 なんとかせねばという一心で、その受話器を取った。狂ったように“外線”のボタンを叩き、“110”をコールしてみる。

 だが、耳元からは何も聞こえてこない。呼び出し中のコール音も、話し中の機械音も何一つ聞こえはしなかった。


 その理由を、やはり偶然にも優司の眼が発見し、気付いてしまう。見れば電話機のコードが、根元からバッサリと切断されていた。隣の机も、その隣も――部屋中の電話機が破壊され、使い物にならなくなっている。


 おびただしい量の汗が全身を伝い、肉体がかぁっと熱くなってきた。受話器を握る手が震え、恐怖から歯がカチカチと不快な音色を紡ぎだす。


 すべて、やつが――“タケ爺”がやったのか。


 どういうわけか彼はこの病院に忍び込み、ナースステーションに待機していた看護師二人を殺害した。外部と連絡が取れないように通信機器を破壊し、万全の状態を整えてから優司と田畑を襲う。

 “殺人”という忌避する行為すら組み込まれたその計画、そして手際の良さに改めて戦慄せざるをえない。優司らが取るであろう二の手、三の手を“タケ爺”はしっかりと考え、見定め、そして潰してみせたのだ。


 どうするべきかが、まるで分からない。優司は二つの横たわる死体を前に、過呼吸になりながら、必死に気を絶しないように耐える。

 そうこうしていると、遠くから何かが割れるけたたましい音が聞こえてきた。その乾いた音が、優司の意識をわずかだが覚醒させる。


 まだ危機は何一つ去っていない。こうしている間にも田畑は病院の中を逃げ回り、凶器を持った“タケ爺”に追い詰められているのだろう。

 はたして誰かに助けを求めている間、田畑は逃げ切ることができるだろうか。深夜が近付くこの病院の中で、あの小柄なクラスメイトがうまく立ち回り続けることなど、できるというのか。


 気が付いた時には、優司はナースステーションから駆け出していた。元来た談話室の方向へと迷うことなく走り、田畑と“タケ爺”の後を追う。

 なにができるかなど、皆目見当がつかない。だが今はとにかく、どうにか田畑を救わなければいけない。そんな根拠のない、正義感とも無鉄砲とも取れる感情に突き動かされ、優司はとにかく息を荒げながら走る。


 しばらく進むと、先程の“音”の正体を見つけることができた。どうやら田畑は別の棟へと移るための渡り廊下の先へ逃げたようで、その境目に配置されたガラス戸が砕き割られている。恐らく田畑が咄嗟に鍵をかけたのだろうが、“タケ爺”はガラスを割って突破したらしい。


 それからも随所に、二人の追跡劇が残した“痕跡”を見つけることができた。観葉植物が薙ぎ倒されていたり、椅子が転がっていたりと、田畑は病院内にあるあらゆるものを活用して追手を振り切ろうと必死なようだ。

 優司もその痕跡をたどりながら、同時に周囲を警戒しながら走る。暗闇で“タケ爺”が息をひそめ、追ってきた優司を返り討ちにしようと襲い掛かってくる可能性も否めない。


 本当は大声で田畑を呼びたかったが、それもはばかられてしまう。この状況で大声など上げようものならば、それこそ“タケ爺”にもこちらの居場所を教えることに繋がりかねない。

 慎重に、しかし大胆に動かなければいけないというこの極限状態に、優司の精神がどんどんとすり減らされていく。階段を大股で飛び降り、ぜえぜえと呼吸を繰り返しながら周囲を見渡した。


 そんな優司の耳に、はっきりとした“破壊音”が届く。廊下の突き当りから聞こえたそれを頼りに、優司は目を凝らしながら進んでいった。

 通路に“タケ爺”の姿はない。だが、とある一室を覗き込み、ついに逃げまどっていた田畑の姿を発見した。


 どうやら怪我は負っていないようだが、彼は部屋の隅で頭をかかえ、ガタガタと震えている。ただでさえ小さな体が、恐怖に押しつぶされかけているその様はなんとも情けない。

 優司は素早く周囲に目を凝らし、闇の中を必死に探った。田畑がここにいるということは、それを追跡していた“タケ爺”も近くに潜んでいるかもしれない。うかつにしていれば、不意打ちを喰らってしまう可能性は大きかった。


 全身の感覚を研ぎ澄まし、気配を探る優司。そんな彼の耳に、部屋の中でうずくまったままの田畑の声が聞こえてきた。


「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ……ありえない……そんなわけないんだ……どうして……どうしてこんなことに――」


 もはや彼の精神力も限界なのだろう。虚ろな眼差しのまま、涙をボロボロと流しながら田畑は呟き続ける。

 室内の彼と合流したかったが、どうやら内側からドアにカギをかけてしまったらしい。優司は何度かドアノブをひねった後、意を決してガラス窓越しに田畑を呼ぶ。


「田畑、俺だ。頼む、開けてくれ! こんなところにいたら駄目だ。早く逃げないと!」


 何度かガラスを叩いて音を立てるが、まるで田畑は反応しない。目をぎゅっと閉じ、うわごとのように呟き続けている。


「違うんだ……僕はそんなつもりは……僕は本当は嫌だったんだよ……」


 何度か田畑に呼び掛けていた優司だったが、やがて彼がつぶやく言葉の内容に耳を傾けてしまう。田畑は恐怖に錯乱しつつも、なにか胸の内に秘めていた強い思いを吐き出しているようだった。


「しかたなかった……しかたなかったんだよ! だって……もし断ったら……今度は僕が標的にされる……そんなの……そんなの絶対に嫌だ……」

「おい田畑、しっかりしろ。田畑!」

「僕のせいじゃない……僕は巻き込まれただけなんだ……僕は……僕は……」


 大粒の涙で足元を濡らし、田畑は子供のように泣きじゃくる。訳の分からないことを喚きながら、耳までふさいで恐怖から目を背けようとしていた。

 決して噛み合うことのない優司と田畑の言葉が、乾いたガラスの音で遮られる。二人は同時に顔を上げ、そして呼吸を止めてしまった。


 優司が立っている位置とは、ちょうど対極の位置――二階のベランダに続く窓の向こうに、老人の姿があった。彼はガラス窓を砕き、その隙間からぐいと腕をねじ込んでくる。軍手をはめた手がいともたやすく鍵をこじ開け、解錠してしまった。

 のそりと巨体を揺らし、ついに“タケ爺”が部屋に侵入してしまう。その絶望的な状況に優司、そして田畑の全身が一気に熱を帯びた。

 

 どうにかせねば――優司は必死にドアノブを引っ張り、声を張り上げた。


「田畑、しっかりしろ! 逃げるんだ、田畑ぁ!!」


 そんな優司の叫び声も、まるで無意味だった。田畑は見開いた目でこちらに向かってくる老人を見据え、硬直してしまっている。もはや震え一つ起こさず、月光に照らし出された“彼”のその姿を直視していた。


 密室の中で向き合った“タケ爺”を前に、田畑の精神が壊れる。


「ありえない……そんなわけないんだ……お前が――お前がこんなところにいるわけないよ……だって……だって――!」


 優司は幾度となく、田畑の名を呼んだ。どれだけ力を込めようとも、内側から施錠されたドアが開くことはない。

 必死に力を込める優司の目の前で、ゆっくりと“タケ爺”が動いていく。先程、ベランダにいた時には、“それ”に気付くことができなかった。だが、より近くでその姿を確認したことで、老人が背負っている奇妙な物体をようやく視認できた。


 “タケ爺”は背負っていた棒のようなものを取りだす。それが点滴用に使われているポールなのだと、すぐに形状から分かった。

 その先端に、ギラリと光る“刃”が結わえ付けられている。どこで調達したのか、“タケ爺”は病院内で手に入れた様々な代物を組み合わせ、即席の“武器”をいくつも背負い舞い戻ったのである。


 メスとポールで作り上げた、原始的な“槍”。

 その切っ先が迷うことなく、へたり込んで動くことのできない田畑へと向けられていた。


 田畑――優司が彼の名を叫ぶ。

 だが当の本人は、目の前に立つ老人に向けて、ありったけの感情を爆発させていた。


 今まで聞いたことのないような大声を張り上げ、田畑は吼える。

 彼の小さな体からほとばしった感情の波が、密室の空気をきぃんと揺らした。


「お前はあの日――“僕ら”が殺したのに――!!」


 緊急事態でありながら、一瞬、優司は我に返ってしまう。クラスメイトの口から飛び出た一言に、「えっ」という情けない声が漏れた。


 瞬間、“タケ爺”が動いた。彼は大きく一歩を踏み込み、躊躇することなく“槍”の切っ先を田畑の胴体目掛けてねじり込む。

 ずぅんと部屋全体が揺れた。メスの刃は田畑の肉を容易に切り裂き、圧倒的な力がポールを彼の背中へと貫通させる。

 その非情な一撃に、優司は声が出なかった。優司が見ている目の前で、“タケ爺”は貫いた田畑の体を槍ごと持ち上げ、壁へと突き立てて固定する。


 田畑はまだ生きていた。胸のど真ん中に突き立てられた“槍”を小さな手で掴み、必死にあがいている。どくどくと血が溢れ落ちるが、彼はかまうことなく肉体にえぐり込まれたそれを引き抜こうと抗っていた。


 そんな田畑を前に、なおも“タケ爺”は容赦しない。彼は背負っていたもう一本の“槍”を手にし、なんら躊躇することなくそれを張り付けになった田畑の体目掛けて突き立てた。

 一撃が胸を、一撃が肩を、一撃が足を――感情のない瞳をカッと見開いたまま、老院は手にした“槍”に力を込め、ひたすらに刺突を繰り返す。

 何度も、何度も何度も何度も、刃が田畑の皮を破り、肉を裂き、その奥の骨や臓器すら穿つ。一撃が突き刺さる度に血しぶきが舞い、机や棚、資料の束や機械類を真っ赤に染め上げていった。


 その浮世離れした光景に、優司は何一つ動くことができない。口を開き、情けない表情を浮かべたまま、蹂躙されるクラスメイトの姿を見つめることしかできなかった。


 数分で、密室内の“殺戮劇”は幕を閉じる。十数回の刺突を終え、ようやく“タケ爺”は持っていた槍を乱雑に投げ捨てた。

 壁にはなおもはりつけにされたまま、穴だらけになった田畑の死体が残される。顔面すら穿たれたその姿は、もはやただの肉塊でしかない。


 原形をとどめていない彼の姿に、優司の理性が限界を迎える。気が付いた時には腹の奥から込み上げた酸っぱいものを、ありったけ足元に吐き出してしまった。


 吐瀉物のそれに、わずかに混ざる鮮血の香り。それが皮肉なことに、混乱に包まれた優司の思考を覚醒させ、眠りかけていた防衛本能を再起動させる。

 慌てて顔を上げると、ガラス越しに室内に立つ“タケ爺”と視線が合う。瞬間、優司の肉体に冷たく、鋭い痺れにも似た感覚が沸き上がってきた。


 田畑は殺された。

 ならば、次は――そこまで予測した瞬間、こちらを見ていた老人が動く。

 だが、なぜか彼は優司には目もくれず、先程、自身が破壊した窓から外へと飛び出してしまった。


 再び、「えっ」と間の抜けた声を上げる優司。彼の見ているその目の前で、“タケ爺”はベランダからさらに飛び降り、そそくさとこの場から立ち去ってしまう。

 嵐が過ぎ去ってもなお、しばし優司はその場に立ち尽くし、視線を動かすことができずにいた。口元を汚す吐瀉物を拭うことすら忘れ、立ち去ってしまった老人の姿を目で追うことしかできない。


 なにが、どうなっている――あの老人がここまで辿り着いたこと、彼が田畑を殺害したこと、そして田畑が叫んだあの言葉。

 何から何まで、分からないことだらけだ。混乱に包まれながら視線を走らせると、薄暗い室内で壁にはりつけにされた、田畑の死体が目に入る。


 瞬間、優司は目を閉じ、その場にうずくまってしまった。すぐ目の前にあるその惨劇を、これ以上直視することができない。暗闇に包まれたまま、大きく、荒々しい呼吸を必死に繰り返した。


 目を閉じると、それまでは気にならなかった様々な音が耳に入ってくる。とりわけ強く響くのは、壁際で絶命した田畑の死体から滴り落ちる血が、地面ではじける音色だった。

 へたり込み、目を閉じ、さらに優司は両手で耳を覆う。歯を食いしばり、この悪夢が覚めてくれることを心から願った。


 しかし、どれだけ待ったところで現実から解き放たれることなど無い。身を縮ませ廊下にうずくまる優司を、非情な事実が幾重にも重なり、襲い掛かってくる。

 血の香りと音――“死”の濃厚な感覚に心を壊されないよう、優司は必死に耐えた。

 つい先程までの田畑がそうだったように、優司は自身の体を抱え、幼い子供のように泣きじゃくる他ない。


 閉じたまぶたのその奥から、熱い雫が溢れ出る。地面に零れ落ちる悲しい雫が、血のそれとは異なったリズムを刻み、夜の闇の中に響き渡った。

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