第1話

「ッ!朝か…」

ひさしぶりにあの時の夢を見た。魔王軍がうちの村に攻めてきて、最愛の妹と弟を救う為に俺は身代わりとなった。殴られ続けて、あと数発殴られれば死ぬだろうという時に助けてくれたのが、当時の勇者で俺の師匠だ。

「おはよう、リタ。よく眠れたかい?」

「おはようございます、師匠。はい、睡眠には問題ありません。」

「そうか!それは良かった。ところで、もうそろそろその堅苦しいのやめない?」

これが俺の師匠。大勇者トレイル様だ。今は引退されているが、あの大魔王リヴァルを討ち取ったまさに生きる伝説の御方なのだが…

「それは出来ません。師匠。貴方が居なければ俺は死んでいました。俺にとって貴方は神のような存在。そう軽々しい口調で話せません。」

「そうかぁ。まあ全然タメ語でも大丈夫だからね?リタがいきなり「ようトレイル!」みたいになっても、全然ウェルカムだよ?」「そんなの間違って口にしたら俺多分死ぬと思います」

「そんな大袈裟な〜」

とまあ、2人暮らしだが中々騒がしい日々を送っている。

「朝ご飯作りますね」

こうしてキッチンに立っていると、思い出すのは生き別れた弟妹の事だ。村で3人で暮らしていた時は、妹───ニアと一緒によくキッチンに立っていた。あの頃はまだ幼かったニアも、10年もたったら成長しているだろう。そうか。もう10年も経つのか…

「リタはさー、お別れした弟妹に会いたいとか思わないの?」

「え?」

そんなの会いたくない訳が無い。でも、あの時お前らを突き放した俺を果たして受け入れてくれるのか?もしかすると存在を忘れているかもしれないし、覚えていても弟───ロアは受け入れてくれるかもしれないがニアは昔から頑固で裏切りは許さないタイプだったし受け入れてくれないかも…

俺が黙ったままでいると師匠は色々察したのか早々に話を切り上げた。

「そうそう、兄妹と言えばさー、例のあの兄妹、また暴走した魔族倒したんだって」

「ニー兄妹ですね。最近勢いづいてますし、巷では『次世代勇者』って呼ばれてますよね」

まあ、俺にとっての勇者は師匠だけだが。

「そうそう。元勇者としては次代の勇者もやっぱ気になっちゃうよねぇ。魔王はもう居ないけど、反乱する可能性のある元魔王軍幹部とか、魔族はまだいる訳だし。」

「そうですね。」

「うん、それに小耳に挟んだんだけど、ニー兄妹、今近くに来てるらしいよ。昨日遊んだ女の子が言ってたんだよね。何かずっとある人を探してるらしいんだけど、この辺りに居るっていう情報を掴んだらしい!」

「へーそうなんですね。ところで師匠…女遊びはもうやめてくださいって、前も言いましたよね?」

「あっ!やばい…」

「罰として師匠は今週1週間毎日15kmタイヤ引きずってランニングです!」

「ひぃ、容赦ない。僕仮にも師匠だよ?命の恩人だよ?」

「そう言って1回注意するの辞めたらガチ恋したヤンデレ女が家に押しかけてきて対応したのどこの誰ですか!」

「うぅ、リタ様です…。すみませんでしたぁ。」

「もうやめてくださいよ?あんな思いは勘弁です。」

「はい!」

師匠は現役時代から女遊びが激しく、それでついうっかりガチ恋した女が家に押しかけてきたのも1度や2度ではない。その度に対応するのも俺の役目だ。まあこれも弟子としての仕事…いやこれ良いように使われてるだけでは?

「ごちそうさまでした!」

「ごちそうさまでした」

あっという間に朝食を食べ終わった。皿洗いをしようと立ち上がると、

「いいよいいよ。僕がやっとくから。リタはゆっくりしてな。」

「師匠…。そうやって徳を積んでも、ペナルティのランニングは減らしませんよ?」

「ギクッ。」

「はぁ…。じゃあ皿洗い、せっかくなんでお願いします。」

「ほいほい。」

皿洗いを師匠に任せ、俺は日課のランニングに出掛けた。

朝の爽やかな風を切りグングン進んでいく。やはり早朝に走るのは良い。そんなハレバレとした気持ちで走っていた俺は、遠くから自分を見つめる2つの視線に気づかなかった。

「ねえ───、あれって…」

「うん。間違いないよ。あれは───」

「ようやく見つけた、もう逃がさないんだから!」

「お兄ちゃん(兄さん)!」

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