第2話 #1世界制服(ブラック・カラー)その2

ちなみに俺の高校は学ランではなくブレザーだ。でも俺は訂正なんてしなかった。それくらいの空気は読める。あの人に恥をかかせることはどう考えても得策じゃない。


さて、東京の人口は約1400万人、夢で告げられた試練がその全員の抹殺だとすれば、一日の平均で200万人は殺さないといけないことになる。

数が多すぎていまいちピンとこないが、俺が今通っている学校の生徒数が600人であることを考えると3000校以上。


とんでもない数だ。今日一日分だけで歴史に残る大虐殺が起こることに、いや・・・起こすことになる。ただしその歴史も7日後には見事終焉を迎えるわけだが。


時間のなさも再確認したところで、俺は早速行動に出ることにした。俺の作戦はたった一つ。「数で押す」。とにかく大量の人間を支配して東京を殲滅する。最後に自害を命令すれば手駒の処理も簡単だ。単純で原始的な物量作戦こそもっとも信頼できる。


俺は久しぶりに学ランを着て出発する。向かう先は勿論学校、ではない。学校に行って全校生徒を跪かせるというのもそれはそれで楽しそうだったが、夢で味わったあの地獄の苦痛を思い出すとそんなことに現を抜かす気にはなれない。


俺が向かったのは警視庁だ。


俺がやろうとしていることは要するにテロリズムなわけだから、目下の障害は日本における治安維持部隊であるところの警察になる。ただ人を殺すだけなら簡単だが、今回は殺し続けなくてはならなず、殺しつくさなければならない。まずは敵対勢力の排除が最優先と言える。


それに、長い目で見た場合の「囲い込み」のためにも公的機関の支配は不可欠だ。さっき敵対勢力と書いたが、この試練での最大の敵はやはり時間だ。7日という時間で都民全員。そう、全員というのが問題だ。例えば今日、真面目に200万人のノルマを達成したとしたらすぐさま警察と自衛隊が出動し原因の究明と対策を講じるだろう。いやそれだけならいい。どちらも制服を着ている手下予備軍だから。


問題なのは彼らの作戦の主眼が俺の殺害ではなく、市民の保護にあることだ。おそらく彼らの最初の行動は銃をとることでもなく、盾を構えることでもなく、「一般人の避難誘導」だ。たった一日で200万の屍が築かれたと知れば、1400万人の内の大半が日本全国に散らばってしまう。あの夢の人の言っていた「東京に住む人間」の定義にもよるだろうが、そうなれば試練の達成は絶望的と言える。「東京封鎖」のためには彼らの力が要る。


何事にも下準備が必要だ。1日目は200万人どころか100人も殺さなかった。

俺はまず、警視庁長官から始まる警察組織を上から確保していく所から始めた。そしてこの時に「写真や映像でも可」というルールが役に立った。4万人を超える東京の警察官全員に直接会っていたらそれだけで7日を軽く超えてしまう。俺は最初に直接会った各組織のトップたちに、制服を着た俺の写真を使って自分の部下を引き込むように命じた。彼らがネズミ算的に支配を広めてくれれば手間が省ける。


トップ層に会うだけと言っても、丸一日かけても終わらなかった。言うまでもなく彼らは忙しいのだ。それも主に退屈なデスクワークではなく人と会うことに忙しい。だから彼らは日夜日本中を駆け回っており一堂に会することなどない。俺はまるで下っ端秘書か新聞記者のように彼らのゆく先々に赴く必要があったのだ。勿論時間を無駄にはできないから支配下に置いた人間を端から分担作業に加わらせたが、それでも東京滅亡の初速は実にゆったりとしたものだった。


その日の夜。俺は数人の警官を連れて家に帰ってきた。もう夜遅かったからドアには鍵がかかっていた。インターホンを押すと母が慌てた様子でドアを開ける。帰りの遅い息子の心配していたのだろうか、いやインターホンのカメラから見える息子の背後に立つ警官に驚いただけかもしれない。


「おかえり。遅かったね。どうしたの・・」


言い終わらないうちに、俺は警官から借りた消音装置付きの拳銃で母の腹を撃った。何が起こったのか分からないのだろう。動揺しつつも精一杯の微笑みを浮かべながら、母は床へ落ちてゆく。足元まで下がってきた母の頭にもう一度発砲し、俺は靴のまま家の中に上がる。警官たちは母の死体を速やかに袋に包む。父はリビングでテレビを見ていた。


「・・・おお、お帰り、ってお前!、それ・・・」


顔にまで飛んだ母の返り血に驚く父に向って、俺はやはり銃を撃つ。父は息子に撃たれた後も少し暴れたから合計4発も撃ってしまった。弾痕と暴れた跡、それと父の血でリビングはひどい有様だった。


「ああ、テレビにも当たっちゃったのか・・・。」


真っ黒の画面に血が滴っている。


良い親だった。優しくて賢い両親だった。彼らから愛を俺は確かに感じていた。俺だって大好きだった。直接言ったことはなかったけど、あの二人の子供でいられた俺は、誰より幸せだった。


でもだからこそ、俺が最初に殺すのは二人じゃなくてはいけなかった。

二人が居ればそれで十分だった。二人が居ない世界なんて想像もできなかった。きっと二人にとっての俺だって同じだったろう。それが家族というものだ。


俺がこれから殺す1400万人はそのすべてが誰かの家族なのだ。そこに愛があろうとなかろうと、人は人から生まれる限り誰かの家族なんだ。例外はない。

俺はそれを自分一人が地獄から逃れるためだけに殺す。

今、たった二人殺したくらいでその意志が揺らぐのなら、そんな覚悟だったなら俺はおとなしく地獄へ堕ちるべきだろう。この手で両親を撃ち殺したのはそれを確かめるためでもあった。


警官たちは父の死体も袋に詰める。俺は警官たちに父の車のキーを渡して、両親の入った死体袋を運ばせる。彼らが死体を運び、散らかったリビングを片付けている間俺はたださっきまで父が座っていたソファにもたれて、壊れたテレビを見つめていた。


親殺しは巣立ちの通過儀礼だというが、これがそんなにいいものだとは思わない。こんな行為の先に天国行の切符があるなんて、どんな宗教でも教えてはいまい。宗教なんて当てにならないと笑いそうになったけど、顔は動かなかった。



警官たちの準備ができたようなので、俺も車へむかう。台所の火を消し、雨戸とカーテンと閉め、ブレーカーを落とし、ドアの鍵を閉めて車に乗る。


この車で、窓越しの首都高の明かりを見ていると、子供の頃の家族旅行を思い出す。

眠たい目をこすりながら、助手席と運転席手で楽しそうに話す両親を見つめているのが楽しかった。俺はそこに座る名前も知らない警官を見つめ、トランクに袋詰めにされている両親につぶやく。


父さん。母さん。


「ごめんなさい。」



天国とは、どんなところなんだろうか。







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