急募、1週間で東京を滅ぼす異能力。求ム

鈴井宗

第1話 #1世界制服(ブラック・カラー)その1

 俺は悪くない。


 それだけは最初に言わせてほしい。


 そりゃあ勿論、ちょっとした軽犯罪くらいなら、法律違反ではなく都条例違反くらいなら犯してしまったことはあるだろうけど、それは何も地獄へ行って償わなくてはいけないほどのことじゃない。せいぜい罰金とか反省文とかで十分だろ。


 神に誓ったって良い。俺は地獄に堕ちるような人間じゃない。


 だから分かってほしい。たとえ俺がこの手で1400万人の老若男女をぶち殺すことになったって、それは絶対俺のせいじゃないんだ。

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1月1日

 俺はその晩、初夢を見た。普段寝つきの良い俺としては新年早々夢を見るなんて珍しいことだったが、せっかくなので縁起が良いと噂に聞く、富士、鷹、茄子のどれかが現れないかと期待していた。


 しかしこの期待がよくなかった。期待なんてのはその悉くが裏切られるものだと、今までの人生で十分に学んでいたはずだったのに。


 これから始まる新しい1年に向けた、ささやかなで健気な期待を裏切って夢に現れたのは、・・・いや、結局俺もあれが何だったのか今でも理解はしかねている。

だからここはあくまで客観的な情報だけを伝えよう。俺の前に現れたのは一冊の本と人影だった。


分厚くて古そうな本とまばゆい後光に照らされた影、逆光で顔どころか輪郭すらもあいまいだったがそれは人の形をしていた。一見神々しい景色だったが、俺はなぜか、どうにもそれを有り難がる気にはならなかった。


俺は何も考えず、その状況を特に不思議がることもなく本を手に取った。夢とはそういう物だろう。俺は明晰夢というものを見たことがないから、不思議な状況や行動

は夢の中では当たり前だと思っている。


本の内容は日本語だった。だが物語とか日記とかではなかった。それはどちらかというと図鑑に近かった。何かの名前とその説明。パラパラとめくり俺は選ぶべき一つを探す。


「今から7日後、世界は怒りの火に焼かれ最後の審判が始まります。」


人影は語り掛ける。俺は本のページをめくりながら、それをただ受け入れる。


「裁きまでの7日、それが世界が寿命。それは絶対に変わらない。そしてお前は審判の末に地獄へ堕ちる。それはお前の犯した業と不義のためであり、本来変えようのない運命です。」


優しい声だ。威厳と懐かしさを感じさせ、それでいてどこか遠い存在のような。善い人だと、問答無用で信じさせる何かがある。


「しかし、もしもお前が、この東京に住むすべての人間を、裁きの日が来る前に審判人のもとへ送ることができれば、お前は運命から逃れ、神の楽園の扉を開くことができます。」


何かとんでもないことを言われている気がしたが、この時は特に驚きもせず、俺はのんびりと本を眺めているだけだった。


そしてそのうち俺は、本に載っている名前の中の一つを選ぶ。


「これは試練です。お前が選んだその力がきっと役に立つでしょう。」


本は突然ドロドロに溶けたと思ったら俺の体にまとわりつき、その姿を学生服に変えた。何の変哲もない、普通の学ランだった。


「・・・なんだか随分ぼんやりしているようですが、ちゃんと理解していますか?

ほら!返事をしなさい!」


「一つだけ、質問があります。」


「質問?よいでしょう。言ってみなさい。」


俺は人影の目に位置するであろう辺りを見て言った。


「地獄ってのは、そんなに悪い場所ですか?」


今にして思えば、もっといろいろ聞いておくべきことはあったと思う。試練とやらの達成条件とか、審判についてとか。しかし、結果的に言えばこれはこれでいい質問だった。


この質問をしなければ、夢の内容なんて覚めてすぐに忘れてしまっただろうし、何よりも、あれほど真剣に試練に立ち向かう気も起きなかっただろうから。


「フフフ。フフフフフフ。フフフフフ。」


俺の質問に人影は意地悪そうに笑った後、これまた優しげに囁いた。


「それは自分で確かめなさい。」


そう言って人影が消えた瞬間、あたりは暗闇に包まれた。


ただの暗闇ではない。たまらなく怖い暗闇だった。


体中が蟲が這うように痒い。暗闇の先で何かがこちらを見つめている。前後も上下も左右も分からなくなり、自分が今どんな姿勢なのかも忘れてしまう。息ができないくらいの浮遊感がある。感じる情報の全てが恐ろしくてたまらなかった。居てもたってもいられなかった俺は目をつむり、叫びながら走り出した。


すると突然俺の体に火が付いた。今まで触れた何より熱かった。皮も肉もバターのように泡立ちながら溶け、骨すら焦げる。身体みるみる焼け落ちていくのに、痛みは

逆に鮮明になっていく。


痛い。熱い。怖い。臭い。冷たい。苦しい。熱い。臭い。痛い。苦しい。痛い。


そのうち俺は、あまりの苦痛に正気を失ってしまった。・・・と思ったら目が覚めていた。


汗と涙と鼻水と、壁にかかった学ランだけが夢と同じままだった。


その後すぐに、俺はシャワーを浴びた。


夢の内容を、あの地獄の苦しみ以外の内容を思い出し、整理させる。


そして髪を乾かし、歯を磨き、夢で手に入れた学ランを着て家を出る。



さて、俺はどうすれば、あと7日で東京を滅ぼせるだろう。


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スキル:世界制服(ブラック・カラー)

・ごく一般的な学生服。黒い襟章が縫い付けられている。

・着用者はあらゆる「制服」を着ている人間を支配する。

・ただし、その目で着用者の姿を見たものに限る(写真や映像でも可)


制服の目的は着ている人間の身分を表すことであり、つまりは階級の可視化だ。

それは一見、王冠のような権威と血統の象徴と同様に見えるだろう。


しかし、それらの伝統的な装束が、「継承された地位と権力」による階級を示すのに対して、いわゆる「制服」が示すのは、「自らが培い身に着けた高い能力と実績」の部分が大きい。だからこそ、血統よりも実力主義が幅を利かせる現代社会で、より多くの大衆を魅了できるのは、王冠よりも制服なんじゃないかと思う。


この制服は、一目見ただけで日本どころか世界の制服の頂点であると、誰もが理解できる。そんな制服を着た人間は、やはり世界の頂点に立つに足る能力と実績を保証されていると、誰もが直観で理解する。


上手くすれば、恐らく世界だって支配しうるこの制服があれば、東京ぐらいは7日で滅ぼせるんじゃないかって考えは、悪くないだろ?






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