第20話 お出かけのサンドイッチ
Q,異世界にサンドイッチ伯爵はいるのか?
A,いないけど、サンドイッチのような食べ物はある。ただし別の名前。しかし、故郷ではサンドイッチと呼んでいたので、私の作るものはサンドイッチで通している。
そもそもサンドイッチといっても食パンというのはあまり普及していないので、バケットサンドみたいなものばかりである。あるいは直系30センチほどの巨大パンを使ってやるか、黒パンか。
中身もなんかのパテやら厚切りベーコン、リエットと肉に特化している。それにザワークラフトみたいな酢漬け系の野菜が挟まれ、チーズとかも入ってたりもするので、私が思うサンドイッチとはちょっと違う。
さて、なぜサンドイッチなのか。
ピクニックに行くことになったからである。ピクニックといえばお弁当である。おにぎりが作れない今、お弁当がサンドイッチになるのは必然だ。
行先は王都から馬車で小一時間程度のところにある狩猟の森だ。ブルーベリーが時期なので、採りに行かないか? というお誘いを第三王子殿下からいただいたのだ。その裏にはブルーベリータルトが食べたいと言った聖女様がいらっしゃるわけですよ。
たぶん、それ、ああ、いいな、ちょっと食べたいかも、程度だとは思うのだけど。聖女様に激甘な殿下は各種調整を爆速でこなし、私に打診をしてきたのだ。
第二王子殿下が、あ、ブルーベリージャムとか食べたいとのたまったという話も聞いた。
仕方ないなという態度で私は応じた。ブルーベリー狩りって楽しそうなので、乗り気ではあったけどそれを見せると他の無茶振りもされそうである。予防線大事。
その話がきて二日後の休店日にブルーベリー狩り兼ピクニックに行くことになったのである。
狩猟の森というのは管理された場所で普通は入れない。王家から誰か付いてくることになった。もちろん、その王家からの人というのは。
「うちの兄たちが申し訳ない」
元王子である弟子ルイス氏が本当に申し訳なさそうな顔をしている。その隣で弟の第八王子ルシオ君もごめんなさいという顔をしていた。
兄たちは反省するといいと思うよ。あるいは、これも想定内でああいう態度だったのかもしれないけど、兄弟の気持ちを利用する悪い兄になるので、やはり反省してもらいたい。
「いいですよ。王都の外に出るのもあまりなかったですし」
軽くそういって馬車に乗り込む。またもや急な予定なので、弟子のうち4人付いてくると言う話になった。なので馬車2台に別れている。弟子に総お断りされて、私が王子様組と同乗することになった。
微妙に気まずい。
一応、ルイス氏については元の弟子状態に戻しはした。しかし、それからあまり顔を出さなくなっていたのだ。気まずいからということではなく、聖女様の婚約関連のあれこれで手が足りないため王宮で仕事中らしい。それは事前に聞いてはいたし、正直ちょっとほっともしていたけどね。
この微妙な空気感にルシオ君も、どうしたの? と言いたげに私とルイス氏を見ている。しかし、説明するのもちょっと……。
「ちょっと、寝ててもいいかな。
早起きしてお弁当作ってたら今頃眠くなって」
失言をする前に速やかに、撤退。嘘というわけでもなく、実際、眠い。成人男性10人ほどのお弁当である。バスケット一個という可愛い単位で済むはずがない。
いっそパンと材料を持ってって、現地で勝手に作ってもらえばよかったと後悔するくらいの量を作ることになった。それでも足りないんじゃないかって思うくらいだ。
まあ、無にはなれたけど。
ついたらおこしてくれるということで、がっつり寝ることにした。王家の馬車だからか、旅行用の馬車よりは揺れない。
「お姉さん、起きてください」
少年のやや強めの声と揺らしで覚醒した。
いつの間にか座席部分に横になっていたらしい。落ちなくてよかった。
「ん。おきた」
まだ眠いがそうも言ってられないだろう。微妙に体が痛いので馬車を降りたら、体を伸ばそう。
そう思って降りたら、なんだか視線が集中した。
「師匠、エスコート待ちしてください。
デートするとき、相手が困りますよ」
弟子のひとりに指摘された。一人では馬車を降りてはいけないらしい。
「まだ、馬車に乗るようなデートしたことないな。現地集合現地解散か、徒歩」
「……今度、苦言しておきます」
おや、もしや、シェフの株が暴落した? 今度会ったときに謝罪しておこう。そんなつもりはなかったんだ。
でも、馬車で行くようなお店行かないからなぁ……。下町食べ歩きや材料買い出しやらだったから。見合いの時はお店で待ち合わせだった。ご歓談くださいというのが多く、店の外に出ない。
そんな話をしている間に森の管理人と同行してきた軍の人が話をまとめてきた。
「泉が近くにあるので、そちらに拠点を作ります。ついてきてください」
そういったのはいつぞや筋肉を使い倒した人だなと思い出す。指示を飛ばしているところを見ると偉い人のようだが……。ちょっと悪かったかな。
じっと見ていたら、むっとしたような顔をされてしまった。どうも嫌われてしまったらしい。謝罪しといたほうがいいかな。
「迷子にならないように、ルシオ殿下と手を繋いでもらってもよろしいでしょうか」
この場合、どちらが迷子になると思っているのだろうか。
「遭難しないようにがんばろ」
「うん」
なんにでも好奇心のある少年とブルーベリーに気を取られてふらふらと離れてしまうような私の組み合わせはよくない。
不安に思われたのか、前と後ろに人が付いた。お手数をおかけします。
拠点を作った後、ブルーベリーの群生しているところに案内された。ここは狩猟用の森なので野生動物が普通にいる。さすがにクマはいないらしいが、イノシシとかはいるらしい。森の奥にはいかないようにというなんかのフラグのようなことを言われてしまった。
それにしても、この世界の野生生物って、私から見たらモンスターですか? というものがちらほら混じっているんだよな。一応、お守り代わりにフライパンを鞄に詰めてきたけどさ。
黙々とブルーベリーを摘んでは、弟子に連れ戻されると言うことを数度繰り返して迷子にならずに昼過ぎになった。
少々騒がしい昼食タイムを挟んで、森の中の散策という名のキイチゴ探しに出かけようとしたら、止められた。危なっかしいからここで待っててくださいと皆に言われ、拠点でちんまりと座っている。
膝を抱えてしまうぞ。
「みんな心配なんだよ。ふらふらと奥に行こうとするし」
そういって少し離れたところに座ったのは、ルイス氏で。彼は私のお目付け役として残された。言いくるめてどこかに一緒に言ったりはしないであろうという周囲の考えによるものだ。
まあ、私一人ならともかく、元王子様を森の奥まで連れまわして迷子にするわけにはいかない。
「おいしい食材が呼んでいたのに」
でもボヤキは出てくる。
「それだからだよ」
くっ。反論できない。
あら、あっちにも熟したものがと摘んでいったら周囲に誰もいないという……。典型的迷子のなり方。しかも知らぬ森、野生動物付きでやることではないのはわかってる。
「君らしいけどね」
そういって笑うから、少しばかりどきりとした。少年のころから知ってるが、大人になっちゃって。なんだか親戚の子に対するような感想が出てくる。
泉の水面がキラキラしていてきれいだった。風もいい感じに吹いていて、環境はいい。
ただ、やっぱり、ちょっと居心地は悪い。
「お城のほうが落ち着いたの?」
「これからかな。
まだしばらくはお休みするよ」
「そっか」
まあ、彼の場合には弟子が趣味みたいなもんだから。微妙なのだよな。弟子間でもちょっとばかり線引きされている。元王族という肩書はやっぱり色々あるらしい。
「引き止めてくれない」
「本職になる気があるなら止めるけど、伯爵様、やめる気ないでしょ?」
「……そうだね。それはできない」
苦笑いされてしまった。
「じゃあ、どうして本気でないならやめろとは言わないわけ?」
「そこはそれ、簡単にはできぬとご家族に説明していただけそうなので、その点を期待してる」
無茶振りは聖女様だけで充分である。
それに、気晴らしにもなっているようだし。元々領地をもらう予定ではなく、その分の教育が足りてないらしい。領主となった後も王都に滞在しているのも即席で詰め込まれているためだ。
「ちゃんと釘は刺しておくよ」
「よろしく。まあ、こういうのも楽しいけどね。
次はみんなで来よう。秋には木の実を狩れると聞いたから。栗とクルミとリンゴとか」
事前にきちんと準備をするのだ。予定をちゃんとあわせて、計画を立てるの大事。
「キノコもあるって」
「それは専門家を呼ばないと」
思ったより穏やかに話ができてほっとした。
そんな話をしているうちにルシオ君がお付きの人と戻ってきた。ぽつぽつと収穫物をもって弟子たちも戻ってきて、無事、ピクニックは終了した。
馬車の中でブルーベリーは選別し、半分は王宮に持って行ってもらった。土台のタルトは今朝、ついでに焼いていたのでそれも一緒に。シェフによろしくという手紙を入れてたのでたぶん、何とかしてくれる。
あとついでに、予約日忘れないようにとも書いておいた。一週間後なんだけど、覚えてるかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます