第17話 にがいもの
「……師匠の恋人ってほんとうですか?」
元上司だからと呼ばれたら行くようなことはやめようと思った。
もちろん、呼ばれた先に元上司の弟もついでにいてそんなことを聞かれるんだったら、最初からいかない。
元上司を睨めば彼はごめんと言いたげに拝んできた。
上司の弟というのは元王子で今は伯爵で、俺の恋人(仮)の弟子である。
俺はと言えば騎士爵しかもちあわせていないので、元とはいえ、王子の問いを拒む言葉出来ない。そもそも準貴族であるので伯爵からの下問も断れない。
ここで、今後も働くためには、答えるしかない。
ため息が出た。いっそ当人に聞いて再起不能になってくれればよいのに。
「それを聞いてどうする」
「本当に、本気なんですか? のらりくらりと半年以上曖昧にしていた人がその気になるなんて信じられません」
「よく見ていたな。
子供にはわからないだろうが、まあ、彼女の希望にはあわせているよ」
やや挑発的な言い方になるのは仕方ないだろう。
この一か月ほどの彼女の悩みの原因であるのだから。そして、それを自覚していないから、こんなことを聞けるのだ。
「元々、彼女から結婚してほしいとは言われていた。
なんでも縁談が潰れまくって困っていたからね。私の何がダメなのかと言っていたのはかわいそうだった。彼女は悪くないのに」
店を持った今、縁談の件は全く引きずっていないことは知っているが、微妙に私可愛くないですかね? と言いだすところがある。
連敗記録が彼女の自認かなり影響を与えていることを彼らは知ってもいい。
「先生は、ダメなんかじゃない。
もっといい人がいるはずなんだ」
「そういって婚期逃すんだぞ。本人、かなり気にしてたからな」
そして、今は婚期過ぎるので結婚はもういいかなと言いだしている。どうしてもするなら好きな人としたいと言うのだから。
利害が一致したとか都合の良い男だからと思われていたうちに捕まえておけばよかったと後悔しても遅い。
今の彼女にとっては人生を共にしてもよいと思えるくらいに好き、ということが結婚の条件である。
かなりきつい条件だった。なにをしたら好かれるか、ということがまずわからない。
「家柄も顔も金も要らないそうな女、口説くの大変だな」
元上司が呆れたようにいう。
確かに自分で店も持ち、貴族だけでなく同業の権力者ともそれなりに付き合い、売り上げもある。
家柄はないが必要としない。王家としては欲しいというなら与えてやろうと言う気さえ感じる。聖女のお気に入りというだけでなく、この元上司も気に入った味のようだったから。
彼女は庇護者としての夫を必要としていない。
「素の愛情勝負とか俺できないわぁ。政略結婚でよかった」
「……部外者はすっこんでてください」
「そうです」
二人に睨まれるとは思わなかったのか元上司は両手をあげて降参の意思を示した。
「はいはい。弟よ、わかったか。男を磨くのが先。待っててくれるかは聞いてみろ」
「そ、そんなんじゃないですよっ!」
真っ赤になって喚いて部屋を出ていくあたりに全てが詰まっている。
「もうすぐ20歳のわりに可愛い反応ですね」
幼いといってもいいくらいだが、物心ついたころから僻地の男ばかりの寄宿舎育ちでは免疫も経験もなさそうではある。
そんなところに年上の姉さんを放り込んだら憧れの的になるのはわからなくもない。彼女なら身分の差も家での序列も全く気にせずにいそうだ。
そこに、何かの救いを見出してもおかしくはない。
「ああいうとき、おまえは冷酷に馬鹿なんですかと言いだしたな」
「婚約者との付き合いなんて聞くからですよ」
「だってさ、婚約者に会っている様子もなかったから」
「誰かさんが、問題ばかり起こすから、暇がありませんでした」
「それは悪かったが、半分はお前も共犯だろ」
「違います」
「レイドのやつが残り半分だ。異論は受け付けん。
でも、レイドはうまくやったので、おまえがエイレーン嬢と上手くいかなかったのはマメさが足らなかったからだ」
「余計なお世話です。まあ、結婚しなくてよかったと思ってますよ」
彼女は同格の家に嫁ぎ、今は3児の母であるらしい。
そこそこ幸せそうではある。見かけると微妙な気持ちにはなるが、不幸を願うような時期は過ぎた。
「確かに。おまえには合わない。
言葉は足らん、愛情表現雑、なのに妙に嫉妬深い」
「うっせーよ」
「そのうえ、社交のお役にも立たない。王子にそんな口きくなよ」
そういって元上司が笑うのが気に入らない。
帰ろうかと思っていたら、彼はなにかの紙を出してきた。
「祝い事の裏で、きな臭くなってるところがある。いまのところは直接は関わらないだろうが、兵糧の都合で王城の倉庫が圧迫される可能性はある。見ないふりをしてほしい」
「隠しておくような段階ですか」
「相手から仕掛けられたら、という出方待ち。
仕掛けてきたらおまえに出て行ってもらうかもしれない」
「嫌です」
「だろうと思って、進言はしておいたよ。でも、戦うシェフというのはおまえしかいないからなぁ……。
あ、戦うお菓子屋さんはいたか」
「弟子しかいないじゃないですか」
「あれ? 知らんの?」
「なにをですか」
「シオリ殿のフライパン捌きは歴戦の教官をうち倒す、という話。弟だけじゃなくて他の貴族の子弟からも聞いた」
「フライパンで?」
信じがたいことを聞いた。
該当のフライパンは見たことがある。厨房に飾られていた見た目は真っ黒なフライパンだった。
我が店の守り神です。と彼女は冗談のように言っていた。特別な力はなく、故郷からの付き合いのフライパンなので、誰にも使われたくないのでそういってます、と。
「フライパンで。言われてみればあれすごい鈍器だなと思った。
今度聞いて欲しい」
「お断りします」
なんだか聞いたら逃げられそうな予感がした。
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