第16話 苦くて甘いプリン

 この世界のおっさんとは、何歳からなのか。

 おじいさんという範囲は50才以上であるらしい。40才でじいさんは早くないか? ということらしい。認識としてはおじいさんだと仕事もそろそろ引退となるくらいの年ということのようだ。逆に若いというのはだいたい24まで、まあ、長めに見て26までという話だ。

 この間の揺蕩う時間がおっさんである。それまでの人生と同じくらいの期間がおっさんなのか。プレおっさん時期とかあるのかもしれないが。


 なお、なんで26歳が若いの上限な年なのかというと婚期が影響している。そういう意味で言えば婚期終了がそのままおっさんへの道なのである。

 大変世知辛い話ではあるが、おばさんへの道でもある。こちらの若いは24か25ぐらいと言われている。これでも期間が長くなったもんらしい。こちらでは子供を3~5人ほど産むのが普通と言われれば、婚期の限界というのもわからなくもない。


 さて、なぜ今、おっさんの話なのかと言えば。


「28歳ってマジですか?」


 ライオット氏、28歳だった。

 俺みたいなおっさんとか言ってたからもうちょっと年上と思っていた。それにしては貫禄ありすぎないだろうか。いや、経歴。

 十年前に凄腕騎士引退してんだよ? つまり、18で。

 おかしくないか。と頭の中を駆け巡った。


「今年、29になる。君よりは10も上だろうし、立派におっさんでいいと思う」


「10も上?」


 かなり怪訝そうな声が出てしまった。いくらなんだって、18には見えないだろう。上に見られるにしても2、3才くらいだ。


「もしかして、20を超えてる?」


「私、今年24でして」


 異世界やってきてすぐに20歳になった。そこから4年である。

 行き遅れと思いたくなくて黙っていたが、そこを勘違いされていたとは。


 まじまじと見つめられて数秒、マジかよとライオット氏は呟いた。



 事の発端というのは、大したことでもない。定休日に落ち着いたと聞いた厨房にでも顔を出してみようかと持ったのだ。

 もちろんそれだけで出入りというのは難しい。悪いとは思ったが、聖女様へのお祝いの品を届ける名目を用意した。婚約おめでとうのお祝いである。

 思えば色々ありすぎて、お祝いしてないわと気がついたことによる。お手紙とおやつは贈っておいたんだけど、やっぱり当人に会ってお祝いを言いたくはあった。最初は無茶振りしやがってとおもっていたものの色々話を聞いていたら、苦労したね、いいよ、お菓子をお食べという気持ちになったところが大きい。

 ただ、今回はダイエット中と聞いたので、気持ちローカロリーなおから風クッキーと一日一枚のスペシャルなクッキーである。

 もちろん同じおからではないが、この世界にも大豆っぽい豆はあり、おからっぽいものができるのである。ただし、なんか、豆腐ではない。あー、沖縄にこんなのあったような? と従姉が言ってた。

 若いうちに茹でたら枝豆っぽいなんかにはなる。ビールのお友達である。


 このクッキーは日ごろに店には出さないものとあって歓迎された。ただ、私のために焼いてくれたの!? と感動ポイントが違う気がする。いつもあなたのために作ってますと言えば、他の人にもそういってるくせにとめんどくさい彼女ムーブされた。

 わたし、みんなのお菓子屋さんなので、と言っておいたが。

 聖女様も発言に気をつけて欲しい。無事婚約者に昇格した三番目の王子が睨んでくるんだ。日本の女子特有の距離感なのか、聖女様、距離が近い。気軽に抱きついてくるので、私も恋愛対象に入ってるんじゃないか疑惑を抱かれているのだ。

 私も一応、仮にも恋人がおりましてと疑惑を晴らすつもりで話したが、燃料投下してしまった。


 どういう人、なんてのは言い難い。


「おいしいご飯を作る人」


 でいいんじゃないだろうか。他のこと知らないし。いつも厨房にいて、無表情で皮をむいてたり、味見したりしてる。そんなイメージだ。

 一緒に出掛けて多少はわかったものの私生活が全く見えてこない。過去の噂のようなものは聞いたが、今と変わらないようでやっぱりわからない。

 わからないのだが、やはり向けられる視線のやさしさやら声のトーンが違ってるとかそういうところにやられている。年下の子、微笑ましいとかそういうところかもしれないけど。

 というところを説明はしたくないので聖女様には深く聞くとおやつが減りますとはっきりとお断りしておいた。曖昧表現しない。言いたくないは言いたくないとはっきりとしておかないと。

 それでも紹介してね、品定めすると鼻息が荒かった。聖女様、その顔、ダメだと思う。


 私のシオリが、私のためにお菓子作ってくれなくなっちゃうような男は付き合ってはいけない。


 断言されちゃったよ。

 ……なにか、破談フラグが立った気がするのだけど。


 というか、いつの間に聖女様のになったのだろうか。ほら、じっとりとした嫉妬の視線が……。

 

 こういうときはとっとと逃げ出すに限る。私は、聖女様とお別れして厨房に向かった。

 厨房に顔を出せば、やや忙しそうだった。いつもは昼食後の片付けも終わった少し休める時間だが、やはり婚約パーティの影響はあるようだ。落ち着いたとは聞いたけど、まだ早かったらしい。

 ちょっとお土産を渡して帰ろうとシェフをさがす。話も少しはできるといいのだけど。


「……おや、シェフは会議に呼ばれましたよ。婚約の宴の最終調整で」


 顔見知りの厨房の人に声をかけられる。それなら、お土産を渡してもらうよう話をして帰ろうかと思ったら、慌てたように椅子を持ってこられた。


「どうぞ。お茶です」


「すぐ帰ってくると思うので、待っててください」


「どうも」


 厨房の端でお茶を飲んで待つことになった。

 食事の準備の合間の時間ということで緩んだ空気がある。とはいえ、素材や備品の欠品チェック、ちょっとした掃除とやることは事欠かない。

 ちょっとした雑談を交えた雰囲気に懐かしさを覚える。


 私が製菓学校で学べたのは一年と半くらい。卒業後の進路なんて話題も出がちで、夏休みにどこかに研修という名の体験入店しなきゃなと考えていた。

 それなのに今ここにいる。未来はどこにつながっているかほんとにわからない。


 なんかよくわからんうちにここにいたという先生もいれば、家業という人も目指した人もいたから。

 他の仕事してるかもなぁとは思っていたけど、異世界でお店をしてますというのは想定外だろう。


「はぁ」


 この世界の女性としては、破格の扱いをされている。それはあくまで、後ろ盾があるからだ。それがなくなれば、あっという間に何もかもをなくす。

 その後ろ盾にある王家の元王子と揉めているというのは結構ストレスだ。


 某伯爵は弟子に戻ってきた。一応、なにが悪くてどうすればよかったのか理解したようだったから。

 ただ、別の問題も連れてきてしまった。

 以前から感じてはいたのだが、好意がちょい漏れに……。おい。それ隠しておけと向けられている私が言うわけにもいかず。


 私のこれからのキャリアを考えれば、応じるのはありえない。察してくれ。というのは、やはり甘い考えである。


 知らないふりもまだ出来そうな気はする。

 でも、知らないふりも誠実でもないと思える。

 傷つけたくはないが、傷つけなければいけない。


 その好意は受け取れない。


 なにかを言われる前にそう言うのも自意識過剰な気もする。

 可愛い少年で、お菓子をねだる子でいてくれればよかったのに。そう思うのは私のわがままであるし、現実的でもない。


 友達ではそれなりに付き合えそうだが、それは振った後にいいお友達で居ましょと言うのに等しい。

 やなやつである。


 曖昧な何かを確定させてしまえば、これまでの関係は一旦消滅する。その後は未定だ。


「いっそ、嫌われたい」


 それはそれで困りそうだが。


「え?」


「なんかあったんすか?」


「シェフの危機!?」


 独り言にわらわらと厨房の人が集まってきた。


「な、なに!?」


「嫌われたいと聞こえましたが、シェフと喧嘩したんですか? 最近お会いしてないなぁって」


「シェフを絞めとけばいいんですか。やり返されそうですが」


「やっぱ、あんなおっさんやですよね? ぼくなんてどうです?」


「憂いを含むシオリさんに良いですよ」


「……まった、なにか勘違いされているようだけど、シェフとは喧嘩してません。

 普通に仕事が忙しかったんです。こちらも聖女様関連で忙しかったでしょう? それで遠慮していました。

 そもそもおっさんとかいいますけど、シェフっていくつなんですか?」


「え? 40くらいかと思ってた」


「それは言い過ぎ。でも30は超えていると聞いたような?」


「いやいや、あの人意外と若い。え?と思った」


「じゃあいくつだよ」


「28。アザール閣下と同じ年だよ。王家の方々は毎年誕生祝いするから覚えてる」


「……おっさん?」


 28でおっさんは、ないんじゃなかろうか? その疑問は答えがなく、ただ、当のおっさんカテゴリに入りそうな微妙なお年頃の男たちによるおっさんの定義についての話を聞くことになったわけである。

 最終的に帰ってきたシェフに問いかけたわけだ。


 かなり年齢を勘違いされていたようだった。そりゃあお子様対応されるわけである。

 周囲がハラハラしているのに気がついて、私は場所替えを要求した。急用とかはなさそうだし、少しくらい別の場所にいてもいいだろう。


 シェフは最低限の確認をして、篭に何かを入れていた。そのまま、厨房を一緒に出て庭へ向かう。散策はしたことはないが、美しいとは聞いていた。王城に勤める人ならある程度は散策できるらしい。


 庭というよりどこの巨大公園だと言いたくなる広さ。

 木陰などに点々とベンチや東屋などが用意されており、休憩しながら散策ができるようになっている。


 そのうちの一つで話をすることにした。

 シェフは手慣れたようにテーブルに布を敷いてコップと飲み物を入れた瓶を並べる。そっけない丸パンともう一つ出てきたのは。


「プリンですか」


「教えてもらった通りに作った」


「おいしそうですね」


 ガラスの容器で作られたものは下にカラメルが溶けて少しプリンに染みている。すが入らずきれいに作られている。

 ただ、作ったシェフは不満そうである。眉間にしわが寄っている。


「……同じ味にはならなかった」


「おや」


「同じものを食べたかったのに」


 ……今、なんか、すごいこと言われた。

 私の動揺を察しているのか全く分からない顔で、シェフは丸パンを手に取っていた。私の前にはプリンしかないので、丸パンの方はシェフのご飯らしい。あ、丸かじりするんだとまじまじと見ていたら、むっとしたような顔でナイフを忘れたからと言われた。

 それから、小さくちぎっていたが、あれはあれで力がいる。ワイルドだ。


「アザール殿下がこの間、店に行ったそうだな」


「ええ、いきなり一般市民です見たいな顔で立ってました」


「あの人は……」


「びっくりですよねぇ」


「もう行かないよう言っておこうか」


「予約があれば貸し切りも考えます。そのあたりは奥様とやり取りしていて平和なので大丈夫です」


「それならいいが、なにかあったら頼ってほしい」


「王子様相手でも大丈夫なんですか?」


「奥方に知られたくない絶妙に恥ずかしい話のストックはある」


 脅すのか。


「もしなにかあれば、頼りますね」


「他に俺に出来ることはない?」


 さりげないようで、少しばかりかたい言い方。

 何だろうと思えば、随分渋い顔をしていた。


「ありません」


「本当に、困ってない?」


 困っていることはある。しかし、年下の男の子に好かれて困ってるんですよ。それとも自意識過剰ですかね? とか?

 聞けるわけがない。


 ほぼ形だけではあるが、一応、恋人、恋人でいいのか? という相手ではあるし。


「……わかった」


 もの言いたげで納得できない感じの、わかった、だった。


「とりあえず、婚約する?」


「いまなんて?」


 幻聴が。と思ったのだが。


「婚約する?」


 マジだったらしい。


「なんですか、いきなり」


「いろいろ忙しく、周囲にわかるように行動もできないから、既成事実を作っておこうかと思って。解消は可能だ」


「まあ、忙しいですよね……。それよりなんで急に乗り気に?」


「婚期って言ってたの、ホントにぎりぎりだとは思ってなかった。

 かなり時間を浪費させたと反省している」


「そういう責任の取り方はいらないのですが」


 こちらも都合に合わせ相手として選んだ節もあるので、そこを求めてはいかん気がするのだけど。


「いちおうは、好きだからとか何とか言われたいので保留で」


「……別に、嫌いというわけでもないが」


「嫌いではないが好きと同じではないとわかってますので。

 もうちょっとお互いお付き合いしてみましょ。私はもう、婚期で焦る必要もないんです」


 そこは焦らなくてもいいけど、なんか外堀埋められて、某弟子と結婚させられそうな予感はしている。周りが気を回しすぎてというやつだ。そもそも聖女のお気に入りである時点で、手元に囲っておきたいと言う感じは受けている。

 それもあって私と某弟子の結婚は都合が良いという点もある。


 問題は、私にその気がない。これに尽きる。


 店も仕事も諦めたくはない。やめないでいいと言ってくれる夫が欲しい。そのラインに某弟子は届かない。本人が言ったって、周囲が許さないから。そのあたりを何とかするような器用さはまだなく、最終的に喧嘩別れしそうなのだ。


 好き嫌いとは別のところの問題。


 何かされる前に結婚しちゃえとおもわなくもないが、キャリアのために都合のよく他人を使うのもちょっと……。

 シェフはいいやつなのだ。


「結婚したくなくなったってこと?」


「そうじゃないんですよ。別に、結婚しなくたって生きていけるんです。

 店も技術もあって、どこでも、誰にも頼らずとは言いませんが、庇護者を求めなくてもいい。そこは大変ありがたい境遇ではあると思います」


 特権的例外であることは承知している。

 権力者が後ろにいるからできるわがままでもあるだろう。でも、使えるなら使ってもいいと思うんだ。


「でも、好きな人とはしたいですよ」


「でも、好きだけでも、だめだろう?」


「もちろん。

 わたしからなにかを取り上げない人がいいですね」


 その気はなくても、なくなってしまうものはある。


 それにしても、元とはいえ王子様を振ってしまわねばならないのは気が重い。できれば、他に好きな子出来てくれないかな。

 外道なお祈りである。


 本人が嫌いかというとそうでもないのがこれまた微妙で。

 でも、そういう意味での好きではない。だから、一緒に乗り越えていこうと思えないのだ。そういう情熱があるなら店に注ぎ込んでいきたい。


 お店と従業員が今の私の守るべきものだ。私が、お菓子を作って売る場を乱させることは許せない。

 そこを忘れてはならない。


 微妙な沈黙に気まずくなって、私はプリンに手を付けた。繊細な作業は苦手というわりに、すも入っていなければざらついたところもない。


「……絶妙に苦いですね」


「ちょっと焦げ過ぎた」


「私は好きですよ」


 大人ウケしそうだ。苦みの強いカラメルはプリンアラモードとかに使ってもいいかもしれない。


「このプリンのレシピ教えてください。今度、店内限定で出してみたいので」


 シェフに視線をむければ、背中向いてた。い、いつの間に?


「どうしたんです?」


「なんでもない。ちょっと自分に絶望していたところだ」


「はい?」


「紙はもっているかい?」


「え、メモ帳くらいは」


「今、書く」


 シェフはさらっと分量を書いてしまう。私が教えたものとは少し違っていて、試行錯誤の跡がみられる。


「ちょっと違いますよ」


「わかってる。でも同じにならないから、調整して」


「どうしても、食べたかったんですね。教えてくれたら、弟子にお使いを頼んだのに」


「君が」


 そう言いかけて。


「今度、店に行く」


「え? ああ、一度も来たことなかったでしたっけ」


「厨房のほうは入ったが、客としてはないな」


「ぜひ、ご来店ください。おまちしております」


 そのまま来店予約までもぎとっておいた。来るって言ってこない客が多いんだ。



 店に帰って、もらったレシピを見る。

 癖のない字だなという印象。実務的。個性豊かな学生の面々の字を見てきたからこそ言える。ちゃんと矯正した字だ。


「なんすか、師匠。乙女な顔して」


「し、してないよっ」


「プリンっすか。おやつですね! やった!」


「え、ちが……」


 一番調子のいい弟子がプリンの歌を歌って去っていった。

 ……まあ、作ってみればいいか。


瓶入りプリン

材料

・卵

・卵黄

・グラニュー糖

・牛乳

・生クリーム

・バニラビーンズ

※カラメル用に別途砂糖と水を用意すること。


1、卵を割りほぐし、グラニュー糖を入れる。

2、牛乳にグラニュー糖、バニラビーンズを入れ温める。沸騰厳禁。

3、割りほぐした卵に温めた牛乳を入れる。固まらないように注意する。

4、できた卵液を濾す。二度濾すとよりなめらかに。

5、容器にカラメルを入れ、そのあとに卵液を加える。ゆっくりと泡立たないように。

6、オーブンで湯煎焼きする。すが入らないように加熱しすぎには注意する。


 ……。

 注意書きついてる。くっ、これがキャリアの違い!?


「おいしいっすね」


「そうだね」


 それにしても同じものを食べたいという熱量は、どの程度の好意なのであろうか。

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