第12話 基本のクッキー

「そうね、殺すの」


 うふふふと笑うのは非常に怖かったとあとで言われた。


 とても重要な話をしていたはずだ。


 私は基本的に加熱済みの食品しか売らない。中にクリームとか詰めたりもしない。例外は店内飲食用のみだ。その理由が食中毒予防。


 食中毒予防は菌をつけない、増やさない、殺せである。何か最後、野蛮になるのなんで? と思ったりもしたが、公衆衛生の先生が言ってたので受け売りをそのまましている。

 残念ながら異世界と言えど、完全殺菌の魔法は存在せず、日本と同じではないが似たような菌類が存在する。しないと発酵食品も似てないと思うので、厄介なことではあるが幸運でもある。

 さて、この世界には冷蔵庫はあれど、一般家庭まで普及せず、保冷剤に相当するものは流通していない。氷をつけて保管はできても、持ち帰るのは難しい。

 その状況でフルーツもりもりクリーム入りのタルトは売れません。フルーツ入りが食べたいならダマンドにフルーツ入れて焼くからそれで勘弁してという感じだ。それにしたって一回は火を入れたフルーツになる。

 生のものを入れるリスクはとれない。

 もう、加熱加熱加熱という感じで、対策するしかない。菌をつけたりしないのは前提ではあるが、清潔の具合がちょっと……。工場並とは言わないけど、菓子店の厨房レベルくらいには持っていきたいところではあるが、この辺りは教育が足りてない。


 という理由により、聖女様に召喚され王宮の厨房にinしている。王宮の厨房はものすごく綺麗で聖女様にもすぐお届けできるからナマモノでも大丈夫という安心感がある。

 それに都合がよかったし。


「器用に作るんだな」


 感心したような声にはっと我に返った。

 今日はお菓子用の厨房ではなく普通の厨房の一角を借りていた。視線を向ければシェフは暇そうに私の手元を観察している。

 さっきまでは昼食の後片づけなどで洗い物をしていたはずなんだけど。

 見回せば誰もいなかった。昼ごはん後のちょっと休憩時間だろうか。


「三日も休むって聞いたけど、本当?」


「休暇です。みんな仕事しすぎです」


「その君が、一番仕事してない? 今も仕事じゃない?」


「趣味ですね。売るんじゃなくて、お友達に好きなお菓子を押し付ける趣味」


 利益率などを考えなくてもいいって素敵。長期の仕入れを考えての商品管理もなくていい。心の赴くままにスワンなシュークリームだって焼いちゃう。ロスが出てもきにしなーい。無残な奴らはお腹に入れば一緒。


 ……やっぱりちょっとやさぐれている。


 苦笑しながらもシェフは私の作業の手伝いをしてくれた。最初のころのおまえなんか作れんの? というガン飛ばしから考えればすごい進歩。


「アフタヌーンティーセット完成!

 出来の良いスコーンを褒めるといいでしょう! 狼の口がぱっかりですよ」


 そんな主張してもわかってくれる人がいない寂しさはある。聖女様、食べる専門で、はへー?という顔をされた。あ、そ、そうなんだとがっくりした私を必死に慰めて食レポしてくれようとはしたんだ。

 全ておいしいで表現された。そっと10段階評価表を手渡した。数値で、ご感想を。


 姉さんは姉さんでわかるけど、お近くにお住まいではない。新婚人妻を連れ出すのもなぁと思うところもある。


「おー」


 ぱちぱちと手を叩いてくれるシェフはいいやつだ。ここらで一つ進展が欲しいところだけどね。腰が引けてるのを見ると攻めにくい。


「これを聖女様たちのところに運ぶわけだ。

 大丈夫かな」


「そこは給仕メイドの誇りにかけてやってもらいますよ。

 あの甘々空間に存在したくない」


 本日のおやつ。

 アフタヌーンティーセット。

 一番下の皿はシェフに協力してもらった。ベーコンとチーズのキッシュ。野菜のサンドイッチ。軽い鳥の煮込みをお皿に綺麗に盛ってある。中身を考えたのは私だが、作ったのはシェフで共同作業と言えなくもない。

 下から二番目には焼き菓子。スコーンとジャム、クロテッドクリームをたっぷり。スティック状の塩味のクラッカーも一応置いておいた。口直しにも甘いしょっぱいの罪科に身を浸すのもいい。

 一番上に鎮座するのはスワンのシュークリーム。死屍累々を超えた一番きれいなものを飾る。周囲には小さいフルーツタルトとマカロンを散らした。


「今日こそはと殿下は言ってたけど、成功するかな」


「知らない。ヘタレが撃沈してキノコを生やすんじゃないか?」


 呆れたように言うシェフ。わからなくもない。

 月一くらいの頻度で聖女に呼ばれているが、その時にあの従者もどきがやってきては、ロマンチックな感じにしてくれだのかわいい感じでだの注文を付けてくる。

 おいしいお菓子でご機嫌なところに求婚したいらしい。


 連戦連敗どころか、言い出せもしないという現実。何回目よ?と突っ込みたくなるのも仕方ないだろう。


 なお、執事もどきは三番目の王子様だそうだ。聖女の相手を任されるくらいには高位で有能らしい。しかし、聖女本人に対してのアプローチは間違っている気がする。せっせとおいしいものを貢いでいるが、彼を通り越して、私においしいお菓子ありがとうっ! ということになってしまって……。

 調達しているだけではだめなのでは?と思っているが言ったら、弟子が増えそうなので控えている。

 遠からず気がつきそうではあるが、黙ってる。先送りが最適だ。


 運ばれていくアフタヌーンティーセットを見送って、私はようやく息をつく。

 あー、疲れた。


「で?」


「でってなんですか」


 シェフがお茶を手渡してくれる。ほどほどにぬるいミルクティは甘くなかった。どういうのが好きだったのかちゃんと覚えているところが仕事人である。

 ちょっと彼を見れば少し困ったようではある。というか、今日はずっと困ったなぁという目線で見られていた気がする。


「ここまで逃げてきた理由」


「逃げたんじゃないんですけどね。

 私、怒ってます、ということですよ。騎士様」


 これ以上は聞かれたくなくて私は彼が嫌がりそうな話題を出した。案の定、顔をしかめている。

 かつて、第二王子の側近であったらしい。若く才気あふれていたがゆえに、見誤って怪我をしてしまった。騎士も続けられず、なんだかんだで厨房に入り今や厨房の主である。

 人生なにがあるかわからないものだ。


「……誰に聞いたんだか。元だよ元。それに話をそらさせようとしない」


 失敗した。

 もっと心配そうな顔をされてしまった。そうまでして追い払いたいとか聞いてほしくないとかバレたっぽい。

 あきらめてその話をするには少し時間がかかった。


「大した事じゃない、と言われると思うんですけど。

 クッキーを作るための材料の在庫切れしたんです。運悪くその日、外出しておりまして指示を聞けなかったんです。いつもはそこで一時終了ってところを余計な真似をしたやつがおりまして」


「勝手になんか買ったか、入れたかってとこ?」


 さすがシェフ、話が早い。

 誰がやったのか、というのも推測がついているだろう。弟子の中でも一番の問題児は、伯爵である。ものすごく弟子に向いてない。


「勝手に、高級食材入れやがりました。しかも、自分で買ったんだからいいじゃないとか言って殴ろうかと思いましたね!」


「気持ちはわからんでもないが」


「でしょ? それもいいものを使ってみんな満足したんだからいいじゃないかって」


 あの褒めてと言いそうな顔に心底腹が立った。

 思い出してもふつふつと怒りが。


「今回はおいしくてよかったとしても次に普通のクッキーを出した時にあれ? とか思われるんですよ。

 今日は特別なものを用意してますよとか言ってたらまだましだったのに!」


 正直、いつかやるんじゃないかとは思っていたが、実際やられると崩れ落ちそうだった。

 みんなが買えて、うちも潤って、みんなに給料出せるくらいのところを狙ってるっていうのに、原価率あげられるとどこかが割を食う。


 いっそ目玉商品として作り直してもいいが、それだと調子に乗りそうである。

 もう作らない一択だ。少なくともほとぼりが冷めるまであのクッキーは出せない。


「私の店で勝手するなと言い渡して、出禁です」


「それはそれは……。

 彼は君が好きなんだと思うよ」


 ド直球投げてきやがりました。

 見ればやはり心配そうなので、ただの好奇心ではなさそう。


「で? というところですね。悪いですが、私、一般市民の生まれで、王族に嫁ぐような気概はありません。ああいうのは責任というのがついて回るんです。

 私、お店のほうが大事」


 好意は感じますがね。利用しないようにはしてきたけど、知らない間に優遇はされているかもしれない。そのあたりも微妙ではある。


「何もしなくてもいいと言われても?」


「何にもしなくていいというのは嘘なので、嫌ですね」


「嘘かな」


「夫婦同伴のイベントありで、ご夫人会入ってなんかするの目に見えてます。

 私、お菓子作りたいんです」


「なるほど。全部捨てるなんて言われたら」


「罪悪感で死ぬのでやめてほしい。知り合いに事情を話して国外逃亡します」


「……全く全然少しも脈がない」


 シェフがおかしそうにしてますけど、切実。ここ身分のある世界。身分差は少ないようで、確実にある。私がこうしていられるのは聖女様のお気に入りであるところで守られている部分もあって。

 本人が強要したくないと言っていても周りが気を回す立場とやらを自覚してほしいものだ。

 だから、中身がおこちゃまだと言うんだ。


「じゃあ、しばらく、虫よけになってあげよう」


「上から目線ですが」


「俺に得がないからね。

 殿下たちには睨まれるし、弟子たちも警戒するし、惰眠をむさぼる休みも無くなる。

 対して君は仮でも恋人がいれば余計な雑事に惑わされることも無くなる」


「それを選ぶ理由って?」


「少し試したくなった」


 そう言って笑うのはすっごい悪い顔に見えた。

 まあ、人の恋路を邪魔しようって大人なんだから邪悪かも。裏に何があるにせよ、変なことはされないと思いたい。

 一応は何回かデートした仲ではあるし。冷静に考えると食材を買いに行くをデートと呼ぶべきかは、ちょっとな……。誘うのでいっぱいいっぱいだったんだから仕方ない。


 この機会に私に堕ちてもらうとして。

 ふふふと笑った私はちょっとばかり邪悪な顔をしていたと思う。シェフが呆れたような顔をしていたから。


「ではよろしくお願いします。シェフ」


「君はシェフとしか呼ばないけど、俺にも一応名前がある」


「存じ上げていますよ」


 思ったよりかっこいい名前をお持ちです。まあ、大体の人にはシェフとしか呼ばれていないようだけど。名前を呼ばれるときに顔をしかめることが多かったからあんまり呼ばれたくないのかと思ってたんだよね。


「呼んでほしい」


「……ええとその、ライオット様?」


 死ぬほど恥ずかしい。

 そして呼ぶように言った本人が悶絶している。

 やばい、なにこれ可愛いとか。言ってる。


 ……。


「私も名前がありましてね」


 やり返してやろうと思ったのが間違いだった。


「シオリさん、よろしくね?」


 ……。

 な、なんつー、やさしい声で言うんだ。


「よろこんで」


 どこの居酒屋だと言わんばかりの声が出た。あぁ、笑われている……。

 そこからは無言で、クッキーを焼きまくってやった。元々焼き納めのつもりで原料を準備してはいたんだ。

 悪かったからとおろおろさせるのはちょっと楽しかった。


シナモン入りサブレ

・バター

・粉糖

・卵黄

・薄力粉

・シナモンパウダー


1.柔らかくしたバターにお砂糖を入れて泡だて器で混ぜる。

2.卵黄を入れさらに混ぜる。

3.薄力粉とシナモンパウダーを合わせてふるったものを加える。

4.生地がまとまり始めたら手でまとめ冷蔵庫で寝かす。

5.棒状に形成してもう一回寝かす。

6.カットして180度で10~15分焼く。


 白い粉糖といいたいけど、代用品である。この世界のある砂糖を石うすで死ぬほど潰すというお抹茶形式。門外不出ではないけど、作り方が面倒すぎてやるやつがそんなにいない。

 そんなにであることがすごいんだけど。うちほど筋肉余ってないだろうに。

 シナモンもシナモンっぽい味のする粉だし……。

 余った卵白は泡立てて焼いた。ナッツとか入れるとおいしい。おいしいがそのナッツを割るのが面倒。世の中には粉末がもっとあふれてもいいと思う。ナマのナッツは炒るとか割るとか粉砕するとか作業が多い。

 原材料屋でもつくろうかな……。私が面倒じゃないように。

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