第8話 筋力のシフォンケーキ

 軍人五人を筋肉痛の地獄に送り込んだのは、私なりの意地悪ではあったことは認めよう。

 バカにすんなよ、筋肉ダルマ。テメェの筋肉が使えねぇのを棚上げすんなと煽りまくったのもちょびっと反省してる。

 その結果の弟子候補1ダースは想定してなかったんだ。


「姉御、次は」


 私にそういうのはボールに卵白を泡立てたものを抱えている成人男性。なお、ごつい。体格は恵まれているのに妙に気の弱いところがあり、出世しそびれていたそうだ。

 背後にはひょろりと長い男性が粉袋を担いでいる。


「ちょっと待った! それどこからきたの?」


「聖女様への寄進からもってけって」


「……あの人もなー」


 頭が痛い。

 聖女を餌付けしてしまった。


 私の現状というのはある日突然、異世界に召喚されたことからはじまる。その後三年経過しても召喚元の辺境の寄宿舎在住。後ろ盾なし、腕に(お菓子作りの)覚えありの女子、20歳とちょっと。

 少しばかり名の売れてきた新進気鋭のパティシエだったはずだ。

 最近は婚活も始めていて、どこかの素敵な店付きの旦那様がいないかと探していたところで。

 間違っても筋肉12匹とどこかの元王子をお供に連れたりはしないはずだ。逆ハーレム? と首をかしげながら従姉はいっていたが、どこがだ。


 原因というのは、どこぞの侍従なんだか執事なんだかわからんやつのせいである。

 実は、なんていうのは全部まるっと無視だ。


 話は一か月前ほどにさかのぼる。

 今回も聖女様のお呼び出しだと思ってたんだ。恒例というか慣れてきたというかな王宮の厨房に顔を出せば、シェフにあっちと指で指示された。

 厨房の隅で侍従が頭を抱えている。


「どしたの?」


「聖女様が籠城してんだと。

 私のシューカツーだってよ。

 で、なぜかカツサンド食いたいって言ってたのが今朝だな」


 話を聞けば、シューカツの為に頑張っていた聖女様。彼女は元の世界に戻っての前提だった。しかし、こちら側からは戻れないのが前提の話で違った認識であったらしい。この世界で、仕事を斡旋すればいいだろうと考えていたらしい。

 お互いの認識違いがひどい。


 そして、やっぱり戻れないのか。うちの錬金術師も無理よーと投げて半年たつからなぁ。あの研究バカが飽きたと言いだすんだから、よほどのことだ。

 今は、異世界の技術の聞き取りを従姉にしている。私は諦められた。曰く、ニュアンスで成果物を使っている浪費者に用はない。だそうだ。


 しかしまあ、公式でも戻れない確定か……。

 私は元の世界に未練があるので、ショックはショックだ。ああ、1個何千円のスーパーなショートケーキたち。いっそ食べておけばよかった。パンケーキ、かき氷、チョコレートたちよ……。


 あと、カニ。


 あと、太るとか言わずクロワッサン食べ歩きしとけばっ!?


 ……。

 そうだ、厨房を乗っ取ろう。

 へらりとシェフに笑いかければ、ぶるりと震えていた。


「私もカツサンド食べたい。豚肉最高」


「牛で作ったらこれ違うと泣かれたから作り直すついでに作ってやるよ。

 だから、あのキノコ生えそうなのなんとかしな」


「マスタードじゃないカラシとウスターソースが肝です。あと、パンは薄目で、耳も切ってですね」


「うるさい」


 ハエでも追い払うみたいに手をふられた。

 私はお好み焼きのソースのほうが好きですよとさらに訴えようと思ったら、白い目で見られた。

 くっ。


 おいしいカツサンドのために一度は諦めてやりますよ。


「……で、大丈夫ですか?」


「うそつき。って言われた。くちもきいてくれない」


「まあ、浄化が全部終わって、帰れないって知ったらね」


 爆速で浄化をすすめた聖女様は歴代トップの記録を更新。今後、同じスコアを出す人はいないであろうというRTAを決めてるし。

 それもこれも就活のためと思えば、泣けてくる。


 まあ、戻っても心折れるお祈りメールとか食らうんだけど。なりたい仕事や入りたい会社があれば話はべつであろうし。


「およめさんとかありえないとか」


「それはそうでしょうね」


 永久就職のための結婚なんて世代が違う。


「それで、なになら食べるって言うんです?」


 シューっていうとシュークリームだろうか。シュークリームもどきは出回っているので、古典的なカスタードとかWとか、いっそ生か、と候補を考えていたら。


「なんかこれ」


 そっと出されたのはこれまた画伯な絵。

 ドーナツみたいな感じで察せれはいいんだろうか。

 予想外といえば予想外。でも。今までのやつよりは歩み寄りやすい。


「まあ、わかりました」


「頼む」


 いつも偉そうな侍従。参っているようだ。


 ふむ。


「用意してほしいものがあるんですよ」


「なんなりと言え」


「筋肉に自信のある男性を三人ほど」


 私の要求にぽかんと口をあけていた。



 シフォンケーキの原材料はシンプルだ。

 作り方も難しくない。

 きれいに作るのは技術と筋力がいる。


・卵

・砂糖

・サラダ油

・牛乳

・薄力粉


1.卵黄に砂糖を入れて白っぽくなるまで泡立てる。

2.卵白を泡立てて、ある程度泡立てたら砂糖を入れてさらに泡立てる。つのが立つくらい!

3.1に2を1/3入れて混ぜる。そのあと全量を泡を潰さないように混ぜる。

4.薄力粉を入れる。泡を潰さないように(以下略)

5.サラダ油を入れる。泡を(以下略)

6.型に入れる。もちろん、泡を大事に。


 という工程を経てのふわっふわである。

 シフォンケーキというのは筋力です。というのは暴言だろうが、言いたくなる理由はある。

 泡の力でふわふわにするケーキなのだ。で、その泡、誰が作るの?

 答えは簡単。人力。

 普通のスポンジケーキの泡立てすら腕がさぁと言い出す軟弱な私。マカロンのときに腕が死んだので、今度は別の腕を用意するよ。

 本当に誰か電動泡だて器開発して! もちろん、私の生きているうちに。無限にクロワッサンの層を作る機械でもいいよ。


 ……それはさておき。

 無事とは言わないけれど、また、元第六王子、現何とか伯がやってきてうちの護衛貸してやるということになった。

 ほんと、兄が面倒かけて悪いとか言いだしたのは総スルーした。

 なにやってんのとかつっこんだら負け。


 王子様の護衛などをやっている筋肉、じゃなかった、男性は、それはそれはプライドの高い方々だった。まず、エプロンつけるの拒否。厨房からせっかく借りてきたのに。

 健気さの欠片もない私、即言いつけた。役立たずはいらん。


 呆れたシェフが差し入れしてくれたカツサンドを頬張りつつ、次の私の腕を待つが、次が来ない。チラ見したシェフは全力で拒否するし。

 仕方ないので、そのまま試作品を作ることにした。予定通り、腕が死んだ。


「おのれ、役立たずの筋肉め」


「お菓子作りは俺も嫌だ」


「私だって、コンソメ作るのに山ほどみじん切りするのは嫌ですよ。そういえば、卵黄余ってません?」


「今度は何作るんだ」


「たまごぼーろ。無限に丸めてやりますよ」


 呆れたように素材を準備してくれるシェフはいいやつです。


「そういえば、独身でしたっけ?」


「あ? 結婚してるように見えんのか?」


「彼女もいなそうですね。

 よかった」


「は?」


 面食らった表情のシェフに今度お出かけのお誘いでもしてみよう。いやぁ、ほんと全部空振りになると自分の魅力というものに自信がなくなる。年上、おっさん枠でも全然オッケー。ちゃんとした勤め先と悪いうわさがないだけで優良。

 料理知識でメロメロにしてやりますよ!

 どこから攻めてやろうかと考えながらタマゴボーロをこねこねと。軽く焼いてもらうのはお任せで。ひっそり味見されたのは手間賃と思ってみなかったふりをしておく。

 なんか唸ってからさらに口に放り込んでいたのは、まあ、称賛と受け取っておこう。


「で、いつまでいるんだ?」


「そろそろ帰ります。

 聖女様のお茶の時間なら、そこの試作品も持ってってください」


 籠城しているって話なのに、食事もお茶もしっかり召し上がるんだからメンタル強い。

 RTA決めただけはあるな。うむうむと城からは帰ることにした。住処は辺境なので日帰りは無理なのだ。いつも錬金術師の親戚の女性宅に泊めてもらっている。


 で、翌日。

 元王子、護衛、侍従が、外で待っていた。そうなると思ったよとは言わずに驚いた顔を作っておいた。

 ただ、元王子だけが変な顔してたのできっとバレたんだろう。


 聖女様は試作品がいたく気に入り、私を呼んだらしいがもう帰宅済み。それも大変無礼な態度をとったらしいと聞き及びお怒りらしい。

 どうか、戻ってまた作ってほしいとのご要望。


 渋々王宮に戻り、筋肉を使い倒し、作ったシフォンケーキはふわっふわだった。

 やはり、筋肉だなと。

 厨房の片隅で膨らみ損ねたものを食べながら私は、お茶を一口。あー、疲れた。視界の端に疲れ切った護衛とか転がってるけど気にしない。


「……邪魔なんだが」


「殿下に文句言ってください。

 そろそろ、帰りますよ。聖女様に会うなんてめんどくさい」


「栄誉だと思うが」


「立場がありません。しがない町人Aレベルですよ」


「それにしては態度がでかい」


「殿下は教え子なんで師匠は偉いのです」


「そんなもんか?」


「ええ。圧倒的師匠感で圧してるんです」


 シェフはツボに入ったように笑っている。


 さて、この話がここで終わればよかったものを余計な余談がついていて。


 まず、聖女様は私を選任の菓子職人に指名。さらにお友達になりましょうくらいの勢いでの手紙が来た。しかも日本語。あ、バレた。と従姉に呆れられた。

 さて、それと並行して、元王子様、現何とか伯が、専任の菓子職人と指名してきた。彼の言い分によれば聖女よりも先に見つけて勧誘してたのにっ! ということらしい。

 そして、なぜだか、王様にも見つかり、じゃあ、城においでよ、と。


 断ったら、弟子を一ダース送り付けられた。


「ぐぬぬぬ」


 さらに経営権と王家のお墨付き、土地も家もついてきた。

 ついでに婿も探して良いぞときたもんで。


 なし崩し的に今、弟子がいる。そして、聖女様が無茶振りをやっぱりしてくる。

 今度は、綿あめとか無理言うな!


「……ところで、あなた、なんでいるんです?」


「え、俺も弟子だから」


「一番いらん子ですね……」


 伯爵様が弟子なんぞしないでいただきたい。

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