第6話 古典的カヌレ

 今回もお城に呼び出されたのはいつものように聖女様のお菓子の話だった。

 暇じゃないと言っても聞いてくれない侍従とは既に顔見知りである。またお前かという顔をしてしまうくらいに。

 今日は応接間に通されていた。とはいっても使用人が個人的に使えるようにお城で用意しているところだそうだ。お城で住み込みで働くと個室はほとんど持てない。そのため、来客があったらこの部屋に案内するんだそうだ。

 城の外でもあるため、防犯も兼ねているというのは知人談である。叫べばすぐに警備員がすっ飛んでくるから安心と我が従姉は言っていたが、実演したことがあるんだろうか。


 まあ、今はそんなことも起こらず侍従は一枚の紙を取り出した。


「こんな形のものだそうだ。知っているのか」


 そう言って提示されていた絵はなかなか前衛的だった。画才がないを通り超えて、画伯といわれそうな感じである。

 それでもまあ、なんとなーくわかった。わかった理由は自信なさげに書かれた文字のおかげである。


「……あらま。随分と渋いのを依頼してきましたね」


 カヌレ。

 流行りもすたりもせずなんとなーく数年前からいますよという顔でいたあいつ。気がついたら洋菓子店に並び出したのはなぜなのか。

 それが今回の聖女様のご要望である。


 異世界的な文化レベルで言えば普通にありそうなお菓子でもある。確か16世紀くらいに作られたとか。

 現代的にはバニラビーンズを入れたりもするけど、この世界にはそのたぐいはまだ発見されていないので微妙に味は違いそうだけど。


 正式名称はカヌレ・ド・ボルドー。ワインで有名なボルドーの修道院生まれだそうだ。卵白を別利用するから余った卵黄で作られたのが始まりとか。

 カリモチがうりのあいつである。最初に知ったときはマカロンよりあれうまいの? 感はあったりもすしたりする。ただ、パン屋で売っているのをふらっと買ってドはまりして自作寸前までいった。なぜ寸前なのか、というのは原材料にある。



 薄力粉(強力粉もプラスの場合あり)

 グラニュー糖

 タマゴ(卵黄+全卵)

 ラム

 バター

 牛乳

 バニラビーンズ


 蜜蝋


 蜜蝋。こいつですよ。こいつ。普通のスーパーに売ってない。まず、専門店に行けから話が始まり、型が特別、どうせなら銅製と調べていったらそっ閉じ案件。おいしーの買えばいいじゃないという結論に至るお菓子は結構多い。オペラとかな……。

 なお、蜜蝋の使用目的は型に塗るである。これがカリッ食感のために必要。最近はバターで代用されることが多いみたいだけど。


 作り方も一癖ありまして。

1.焦がしバターをつくる

2.粉とグラニュー糖を混ぜて、バニラビーンズを入れて温めた牛乳を入れる

3.卵黄、卵白を入れて混ぜる

4.溶かしバター、ラムを入れて混ぜる

5.12~24時間放置

6.濾す

7.型に蜜蝋を塗って液を入れる。

8.焼く


 この寝かすが曲者。寝かさないと変に膨らんであの食感にならないらしい。


「知っているのか!?」


「えっと、これですかと尋ねてください」


 見せられた絵の裏側にカヌレを描く。

 絵描きは菓子作りには必須。ケーキの断面図や構成など自力で書くし、飴細工やらマジパンやらアイシングクッキーやらのために修行した。

 ピンクのなんでも吸い込むやつは山ほど書いた。あの絶妙な曲線と配置が違うと可愛くないので修行にはもってこいだった。ついでに作ったお菓子吸い込んでくれないだろうかと遠い目をした日々だった。


「じゃあ、材料を指定しますのでご用意ください。あと鍛冶屋さんをご紹介いただけますか?」


「なぜ、鍛冶屋?」


「型を作るところから始めなきゃいけないからですよ。他のものじゃ代用できない」


 あの形でないカヌレなどカヌレをは認めん! 残念ながら私はカヌレ過激派なのだ。


 翌日には鍛冶屋の職人が紹介された。少年だった。


「……よぉ」


 愛想がないのは別にいい。やる気がなさそうなのもひとまず置いておこう。見知らぬ女の用件を聞いてモノを作って来いなんて、この世界的にやる気のでるものでもなさそうだし。

 問題はその隣。つまり紹介してきた人。


「でんかぁ?」


 私のおまえなんでいるの? という隠し切れないニュアンスが滲んでいる呼びかけにへらりと彼は笑う。

 諸事情で寄宿舎に住んでいるので、その生徒とは顔見知りである。殿下は卒業生だ。

 在籍中は第六王子と呼ばれていたのだが、臣籍降下し今はなんとか伯らしい。なのでどちらかというと閣下とかいわれそうな感じらしいが、在籍中からの殿下で通している。


 四つほど年下の少年は成長期を経て立派な男性のように育ったけれど中身は育ち切ってない。


「おもしろそーだから」


 という理由で、一々突っかかってくる。餌付けしたからじゃね?というのは従姉の発言ではある。

 そういう意味ならば、寄宿舎の全員を餌付けしている。私は立派な食堂のおばちゃんだ。


 逆ハーにならないのは、年下すぎてというところ。何年後未婚ならば結婚しましょう的お誘いはいくつかあるのでキープしておきたい。どうせ、すぐに婚約して、結婚祝い送る羽目になるのはわかっているのだけど。


「……そういえば、前々から聞きたかったんですけど」


「なになに?」


「まさか、私の縁談潰してませんよね? 権力者さん」


「し、してないよ」


「ほんとうに? この間、良い感じの男性からデートのお誘いもらいましたけど、なんだか急に疎遠に。

 これ、5回目なんですよ。おかしくありませんか?」


「そりゃ、君がアレだからじゃ」


「猫十匹をかぶった私の破壊力を舐めてもらっては困ります。騙してやる気概が違います」


「……ま、まあ、可愛いは、かわいい」


「でしょう! 行き遅れを通り超えても嫁に行かねば一人前とならぬこの世なんです。早く、夫を捕まえて既婚にならんと役職つけないんですよ」


「役職って?」


「厨房の主、火の司ですよ。いつまでたっても平で給料も安いったら。はやくお金と経験を貯めてコネを作り上げていかないと体力限界のほうが先に来ます」


「なにすんの?」


「私の私による私のための菓子店を営業するんですよ。

 元々菓子職人になるつもりだったんですから」


 夢半ばで異世界に連れ込まれるとは思わなかったけど。


「資金援助するよ?」


「で、愛人がやってる店とか言われるんですか。勘弁してください」


「実力あるから、大丈夫だって」


「そういう、悪口は速やかに広まって一口目すら誰の口に入らないんです」


「おいしいのに?」


「おいしいからこそ、既存の業界に上手く取り入らないとぶっ潰されます」


 そもそも職人というのは男社会。家政としてならば、入り込む余地があっても店となると話は別。売るならいいという線引きがされていたりする。


「商業権は成人男性のみ取得可能なんですよ」


 女性が店をしたいなら、父親か夫、あるいは後援者から借りるしかない。後援者というのは大体愛人なので、愛人の店といわれるわけである。


「……そーだっけ」


「偉い人は気にしないでよいのでよいですね」


 嫌味の一つも言いたくはなる。ばつの悪そうな殿下に八つ当たりと言う名の嫌味を叩きつけてやろうかと思っていたら。


「……あのー、俺、なにつくるんです?」


 控えめに主張された。


「おっと、失礼しました。

 こういう感じの型をですね……」


 予定外にこの鍛冶師の子、オタク気質だった。盛り上がる我々とドン引きの殿下。マルグリット型や貝型のマドレーヌ型も作ることになった。

 これがこの少年がこの界隈でなりあがっていく最初の一歩と私も彼も思わなかったのである。


 なお、カヌレは一か月後に納品した。納得の出来上がりには遠かったが、やるだけはやった。


 その後、聖女様からは長文の感想をいただいた。その手紙には時々濡れたようなシミが。


 ……なんだか、悪い気がして、マカロン作り直して納品した。いや、そのいじわるして悪かったなぁって……。

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