第4話 今はやりのマリトッツオ
ブリオッシュ。
生クリーム。
1.丸パンを横に切る。
2.生クリームを泡立てる。
3.詰める。
以上。
絶賛、活動中の聖女様がうわごとのように呟いているお菓子。……らしい。
マリトッツオというらしい。
これがなんとまた、私のところに依頼が来た。
「ま、まり?」
「まりとぅ? じゃなくて、まりとっつお、というものらしい。知らぬか?」
前回と同様に従者だか執事だかの人から聞いている。もう完全に発音が行方不明で言いにくそうだ。
異世界で大流行のお菓子らしい。つまり、日本のどっかで。
私がいたころは流行ってなかった。あの頃はタピオカで。バナナジュースが流行りそうっていう時期。
聖女様は未来からきたらしい。これは本気で戻るつもりなら急がないと何年消息不明なんだという話になる。
「しりませんねー」
「聖女様は、しゅうかつ、に早く戻るには必要といっていたらしいのだが」
……終活。ではないと思うので、就活、だろうか。大学生か? 新卒を台無しにされるとか呪いのようだよね。
「どういう食べ物なんです?」
「丸いパンにクリームがいっぱい入ってる、だそうだ」
「パンの種類くらいわからないと困ります」
「うむ。黄色かったような?と言っていた」
「んー」
ブリオッシュとかかな。この世界じゃ、それもお菓子だ。卵とか砂糖とかバターが入ったりすると大体お菓子。雑な気もするけど、原材料で分ければそうなるのもわかる。
こういうお店は素材について購入価格が違うんだ。ちょっと安く卸されている。パン屋の場合には小麦粉が安くなっている。
その代わりに貧乏人のパンというあだ名のパンを焼くことになるんだけど。それも売り切れた場合には、同じ値段で店にある他のパンを売らねばならないと法律で決まっている。
こういう風にちょっとずつ、社会的弱者に優しくなっている。完全にお金がないとなるともうどうにもならないけど、その場合には貧窮院というところに収容されブラック労働することに……。
生きてりゃいいってもんじゃないのでは? と思うところもある。
まあ、前回のマカロンよりは簡単そうだ。
……。
うーん。女子大生。就活中かー。
私は手に職をということで資格とってる途中なので、リカバリーできるはず。でも、新卒棒に振るとかその後の人生が……。
「なんとかしてみます」
前回よりはちゃんと作ることにした。
巷の噂によれば、鬼気迫る勢いで世の中を浄化しまくっているらしい。わたしには時間がないとか何とか。
就活の話を聞けば、さもありなんと思った。
けどさ、戻れる方法なんて今はないとうちの錬金術師が言っていたけどね。隠していたことがバレたら激怒どころじゃないと思うけど。
もしかしたら別口でやってきたから別のやり方があるかもしれない。
製菓の実習にはパンの作り方も含まれていたので、えいやっと作って焼いている間にほっと一息をつく。もちろん酵母からつくるのではなく、王宮で使っているパン種を流用。元々からなんてつくれません。耐糖な酵母なのかは自信がないので、発酵を長めにしてみたけど。
「どこで習ったのだ?」
今日はこの執事(仮)が残ってる。口調が偉そうなせいでかなり年上に見えるが、知り合いによると二十代半ばなのだそうだ。三十を超えているかと思ったと言ったらお腹痛いと言いだすくらいに爆笑していた。
「先生がいましたよ。今は遠くて会えないですけど。あとは本を読んで独学で」
「どこの店だ」
「ローエングラム」
というのが私の学校の先生のお店の名前。他にも先生はいっぱいいたが、一番強烈なひとだったので。どう見たってプロレスラーなんだ……。
他の先生もクマみたいな人が結構いて、この業界は肉がつくのだとおののいたものだ。
執事(仮)は首をかしげているし、ひっそり聞き耳を立てていた厨房の人たちも知らないなと言いたげだ。
そりゃ、世界が違う。
「親方とか言いたくなるような人で、そりゃあ厳しかったですよ。
お菓子の状態が一番大事で作ってるほうなんて顧みちゃくれません」
死ぬかというほど冷房の効いたところでパイを折るような仕事すると実感する。おいしいのために身を削るようなストイックさはある程度まで必要だ。
死ぬ気で生クリームを手動で泡立てて、焼きあがって粗熱を取ったパンに挟みこむ。
「うむ、ご苦労だった」
今回はねぎらいの言葉をかけて彼は去っていった。
さて、今回はどうかな。
見た目は多分それっぽい。でも、きっと。
やっぱり、これじゃないとその日のうちに追い出されてしまった。
それもそうだろう。黄色をかぼちゃにしてみたんだ。だから、見た目が似てても味は全然違う。
ちゃんと追い出されないと困るからね。
「ま、がんばってくださいな。聖女ちゃん」
就活に勝つのも大変だよねぇ思いながら私は辺境へと帰っていった。
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