第6話 A LOVE LETTER
幸いにも怪我は無いようだった。小さな和菓子屋の店先に斜めうつ伏せに倒れた女子高生はフラフラと立ちあがろうとする。
「すみません、取り敢えず警察署に報告して、学校と家庭に連絡しておきましょう。後で体に何かあるといけないから。一度お医者さんに行った方がいいし」
と響は言った。元来た道を少し行くだけで大通りに交番があったからだ。女子高生は無言で頷いた。響は路上に散らばった教科書やノート、鉛筆を布鞄に入れて、彼女の学年、名前と学校の電話番号を尋ねた。
そして新しいグリーンの電話ボックスに入ると硬貨を投入し、衝突事故の詳細を担任の先生に連絡した。
「午前中、警察署に報告してお家に連絡しておけばいいとおっしゃってるよ。遅刻にはカウントしないってさ。何か君の方から話す?」
「いいえ、丁寧に何もかも済みません。家の方は私が学校から電話しておきます。あの、先程電話しておられたので、お名前はお伺いしましたが、お近くの方ですか」
交番への道すがら自転車を押しながら女子高生と話す。
「あ、私はこの先の4丁目に住んでいる結城響です。今は書道を家で教えたりしてるんですけどね」
響の言葉に女子高生は驚いたように目を丸くし尋ねた。
「あ、
「そうですよ、不肖の息子なんで」
「ううん、そんなことない。おばあちゃんが暁石先生はいっつも息子さんの自慢してたって。書道の腕前はピカイチ、おまけに絵も上手くてアメリカ留学に行ったって。若いものは自由でいいなあ、なんて仰ってるって」
響はその言葉を聞いて思わず涙が溢れそうになって上を向いた。帰国、父の急死、葬儀、後嗣決定、という急展開の中で悲しみをじっくり感じる瞬間もなかったからだ。
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない。急に父のことが頭に浮かんで。厳しいけど優しいオヤジだったから」
「分かりますよ、そのお言葉。市展におばあちゃんの作品見に行った時、凄く厳しい表情で立ってらっしゃたから。母がね、お前は字がヘタだから結城先生のお家へ習いに行けって、
祖母が紹介者になるって言ってたんですが、私、今にも先生に怒られそうで怖くって。でもね、祖母に近づいて来られた時、祖母が書いた字を、上品じゃ、正直な人間性が出ておる、って褒めて下さって。とっても優しい笑顔だなあって」
響は彼女の言葉をいちいち噛み締めながら大通りを交番に向かった。
若い警察官に事情を話し、調書を取られた後、響は一応連絡先を聞いて、女子高生、照崎香奈美を見送って自宅への道を辿った。ふと先程の店先を見ると、一枚の小さなメモが折り畳んで落ちていた。これは先程の子が落としたメモではないか、恐る恐るそれを開けてみた。そこにはこう書かれていた。
2年6組 木佐 聡 様
1年生だった時、さとし君が
私が授業に急いでいて、階段で倒れた時
とても親切にしてくれたことが
今でも忘れられません。
笑顔カワイイ、のひとことで
私はさとし君に恋をして
今でもさとし君の優しさが
忘れられません。
こんな私ですが、よかったら
どうかどうか
カレシになってください。
去年のバレンタインの日、
ミーティングに急いでいた
さとし君をジャマして
ゴメンなさい。
事情も知らず
どうかどうかあの時の私を
許してください。
大好きな大好きな さとし君へ
2年3組 照崎香奈美
「実に味わい深い、いい文字だ」
響はしみじみそう思った。
つづく
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