第11話 慈悲 ①

「そろそろ自分で血を集めなきゃねぇ」

敬人の「練習」が終わり未だ目覚めぬアーロを待ち ながら、バニラはポツリと言う。

「血を?」


「吸血鬼に必要なことも最低限できるようになったし次は独り立ちかなって。いままで血はマスターのドリンクに混ぜてたけどずっとそういう訳にもいかないしねぇ」

「え。ああそれでなんだ。あんなに色々できたの」

「えぇ。まあストックを見つけるのはそんなに苦じゃーーーー」


「う.....ん....」

長く楽しい夢から醒めたような、もったいなさを感じさせる息を吐きながらアーロは目覚めた


無防備な寝姿から一転、周りを確かめるように両の眼を回し状況を見定めようとしたアーロであったがいずれ自分の立場を思い出したようでこぢんまりと元いた場所に座る。

「あ、起きた?」

想像より気の抜けた声ではあったが警戒は解けない。

「わたしの体を使っての練習とやらは済んだのか?」

「うん。バッチリ。アーロ、本当にありがとう」

敬人が抱く感情はもはや敵意ではなく自らの練習台となってくれた相手への感謝でしか無かった。

「痛いとことかはない?多分失敗はしてないと思うんだけど」

「...いや、ない。すこぶる元気だ」

右手の小指が辺にひきつるという違和感はあった。しかしそれを言わなかったのは自らがこの男に対してできる唯一の反抗であったからであるだろう。


「じゃあ帰ろっか。あんまりここに拘束しても可哀想だしね」

「私も着いていこうかな。敬人はこのまま帰るかい?」

「うん。最近夜更かししすぎたからさすがに寝ようと思う。寝起きで悪いんだけど立てるかい?」

「あ、ああ。問題ない」

「マスター、ここ1週間練習に場所を貸していただきまして、ありがとうございます。血もいただいてたみたいで、頭が上がりません」

今更こんなに形式ばったことを言うのは今更恥ずかしくもあったが、1度礼を持って義を示すことに何かしらの意味があると思った。

「どうしたの急に」

全然構わないよ、と小さく笑う。


「さてと、じゃあおやすみなさい。」

1階に上がる階段を登る時、バニラが竹本になにか囁いているところを見た。


話は変わるが、夜の外出禁止が定められた今、魔法使い以外で外に出ている人は限られている。バニラのような単独で魔法使いを撃退できる者。敬人のような、好奇心に身をかきたてられた者。

また、魔法使いに大事な人をさらわれ、復習を誓うものなどがいる。


敬人がアーロに完勝し、人の体の治し方を知った日は満月だった。深夜になっても満月は街を薄暗く照らし淡い光を差し込んでいた。

こんな日に魔法使いを連れて歩いた敬人と、魔法使いに復讐を望む矢嶋未来は出会うべくして出会ったのかもしれない。


「田無くん?」

未来は魔法使いを探して夜の街を駆けていた。とはいえ魔法使いなどそうそうもつかるものでもなく、普段の捜索は徒労に終わることが多い。

いつものように廃墟となったビルの上から街を眺めていると、丁度竹本の店から出てきた敬人とバニラ、それにアーロを見つける。

久々の魔法使いとの会敵、かつそれと共にクラスメイトがいたとあっては、「魔法使いとは多対一」の鉄則を忘れさせるには十分であった。


「その人たちから離れなさい、魔法使い」

ビルの側面をかけおり未来は三人の前に立ち言い放った。

(やばいなぁ。勢いで飛び出しちゃったけどどうしよう、魔法使いとの勝算は無いとしても後ろの2人連れて逃げるくらいはできるのかな。不意打ちで2人だけかっさらえばよかったよ)

「あれ、未来さん!?何してるのこんなとこで。てか今どこから来たの?」

明らかに高揚した声色である。

「魔法使いを探してたらあなたがいたから、助けに来たのよ」

「なるほど。でも大丈夫。アーロとは話がついて、もう解放するつもりだからさ」

「解放?」

「うん」

「なんで魔法使いを解放する必要があるのよ。そいつら、人間をさらうのよ。」

そういう未来の言動にが確かに苛立ちが含まれている。

「それはそうなんだけど、アーロには少し恩もあるし、今日のところは家に返したいんだ」

「こっちもまあいいわ。って言う訳にはいかないのよね。あなたが魔法使いを解放した瞬間に私も捕獲に移るけど、それでもいいわよね」


「それはいいけど・・・どうやって?」

アーロとここ1週間戦っていたから敬人にはわかる。自分が勝てたのは吸血鬼の能力を使い、安全な場所で死に覚えができたからだと。一介の女の子がいくら頑張っても倒せるものでは無いと思う。


「ダメだよぉ」

考えがまとまるより前に、今まで後ろで煙をくゆらせほほえみながら2人を見ていたバニラが口を開いた。

「敬人、約束は守らなきゃあねぇ」

「アーロを返すっていう約束?でも解放した後のことならいいんじゃないの?」

「それはね、理屈だよ。敬人、約束っていうのはちゃんと果たさなきゃ。あんたはこの小娘を家に返す、って言ったんだから家に無事帰れるように面倒を見なくちゃならない。特に私たちみたいな高位の存在が蒙昧な人間共との約束を破るなんてさ、ダサいじゃない」

バニラはまるでそこに2人しかいないかのように僕の反応を見ながらゆっくりと語りかけていた。吸血鬼になった責任というものがあるのだと改めて自覚した。


「未来さん、ごめん。僕、アーロを家に返すって言う約束をしちゃったんだ。ここで解放する訳にもいかなくなっちゃった」

「ならごめんなさい。あなたごと拿捕するわ。聞きたいこともあるしね」

神妙な面持ちになりアーロに向く


「近く私たちにちょっかいをかけているやつがいると聞いてたがお前たちか」

今まで黙っていたアーロが口を開く

「1人じゃ弱いから群れて襲うんだってな。お仲間いないけど大丈夫か?」

(バニラにビビらされる前はこんなに強気だったのか)

未来さんが少し微笑んだ気がする。

刹那、未来の姿は視界から消失し、背後でうめき声が聞こえる。

「早いんだな、走るのが。だから刃を置いとくだけで簡単に切れる。正当防衛だし悪く思うなよ。敬人に治してもらいな」

「え、ああ僕か」

名前を出されるまでなにが起きたか把握が出来なかった。いつの間にか後ろにいた未来さんの腕が無くなっていることも、今の一連の流れを理解していない僕を呆れ顔で見るバニラのことも名を呼ばれ我に返り、初めて認識した。

腕は治したが起き上がる気配はない。

(このままここに放置したら今度こそ魔法使いに連れさらわれかねないし、どうにかしないとな)


「....アーロ、君が魔法使いの国に帰るにはどうしたらいいんだい?というかどうやったら帰れるの?」

「もう来た」

カチャリカチャリという軽い金属音が近づいてくる。闇夜から現れたのは黒い軍服を着た30cm程のブリキのおもちゃであった。口元には大きな歯と太い唇の笑顔が施されたマスクをつけている。

「おもちゃが動いてる!?」

「へぇ。おもしろいねぇ」

おもちゃはアーロの足元に立ち止まるとバゴンッという音とともに上顎が頭の後ろへ行くほど大きく口を開ける。口からは白緑色の煙が立ち上がり全身を包んでいく。

「次は殺す」

そう聞こえた頃にはもうアーロの姿はなかった。


魔法使いの国

フィクサーズ・屋敷内

「アーロ、大丈夫でしたか?」

「アニキ、すいません。お手数かけました。すいません。」

「手間なんてとんでもない。心配だったんですよ。」

「はい。はい。ありがとうございます。」

「一晩ゆっくり寝てください。明日になったら報告を待っています。」

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