第7話 田無敬人①
吸血鬼の特徴:人間を襲い、血を吸う。鏡に姿が映らない。死臭を発する。怪力。動物や昆虫に姿を変えることができる。霧に姿を変えられる。催眠術が使える。日光に弱い。銀の弾丸を胸に打たれると死ぬ。
敬人が放課後、竹本の店に通うようになって10日が過ぎた。
カランコロン
少しくぐもった鐘の音が鳴り、バニラが現れる。オーバーサイズの黒服をチョッキでコンパクトにまとめ、ボタンの代わりにひもを靴を留めるような形で通してある。さらに上から黒いコートを羽織い、ブーツもまた黒い。
「こんばんはマスター。ケイトは今日来てる?」
いつも通り微笑みながら、ゆっくりとした口調で話しかける。
「ああバニラちゃん。いらっしゃい。来てるのわかってるでしょう。使い魔で覗いてるくせに。」
ふふっまぁねぇとバニラは本当に楽しそうに笑う。
「でもケイトがどう成長してるかはよく知らないのよぉ。この十日間、のぞき見するの我慢してたんだもの。」
妖艶に身をよじり自らの腕で体を抱きしめ呟く。...あ゛ぁぁぁぁ楽しみだわぁ
「抑えなよ下にいるから見ておいで。飲み物はいつものでいいよね」ほんの少しあきれたように竹本が言う。
「そうねぇ。おねがい。」そう言って彼女は静かに階段を下る。
これで何度目かという敬人とアーロの戦いは既に始まっていた。しかしその様相は10日前に見た光景とは全く異なるものであった。
敬人がアーロの攻撃で体を切られているのは前回の通りである。しかし切られた敬人のパーツは一瞬にして赤い煙となってまた敬人の本体に戻り、再生を果たしていた。アーロが攻め続け、敬人がそれを受けながら進む。という構図ではあるのだが、アーロの左手はぶらりと垂れ下がり、口からはよだれを垂らしている。左右の目の焦点はあっていない。右目に至っては機能を失っており活発に動く左目に相反して右上一点を見つめたまま固定されている。対して敬人はというと明らかに余裕をもって楽しんでいた。
「反応鈍いよ。これじゃ僕のパンチ届いちゃう!またどこか壊れちゃうよ。」
敬人はもうアーロを完全に掌握していた。
バニラが長らく忘れていた高揚感が湧き上がってくる。勢いよく笑ってガッツポーズがしたい。しかし自分の想像を超える新しいおもちゃを手に入れたバニラの体は動かず、喉の奥の熱さをそのまま体内にとどめようとするような、声にならない叫びが込みあがるのみであった。
「――――――。ケイト、久しぶりね。」
「わっ!バニラ!」
バニラに気づいた敬人は再生しながらアーロに近づき、みぞおちに蹴りを食らわせる。アーロが動かなくなったことを確認すると、左手の甲を口元に近づける。
「リドム、アーロを拘束してくれ」
手の刺青が消え、そこから浮かびあがるように黒い和服に十字架があしらわれた緑の帯を付け、蝙蝠の羽根の生えた女性型の球体関節人形が現れる。敬人の胸ほどの伸長の人形はアーロを引きずり、椅子へと向かった。
「バニラ!久しぶり。来てくれてうれしいんだけどさ、あの魔法使い、吸血鬼の練習してたらぼろぼろになっちゃって、ちゃんと勝つところ見せられそうにないんだよね。」
敬人は顔の前で両手を合わせ、本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
「謝らなくていいよぉさっきちょっと見れたしねぇ。ところでさっきアーロちゃんが大けがなのに動いてたのはどうやったんだい?」
「ああ、あれは夢遊病です。吸血鬼は夢の中に入れるっていう伝説があったので、怖い夢見せて操ろうとしたらいけました。」
「なるほどねぇ。今も夢を見てる最中っていうわけだ。」
そう言ってバニラはおもむろにアーロに近づくと自らの手首を切り落とし、滴る血をアーロの頭から注ぐ。
「ちょっとバニラ、なにやってるの?」
バニラは答えない。血が彼女に集まり、バニラの手が再生すると、ぼろぼろだったはずのアーロが初対面の時のようなきれいな様相で椅子に縛り付けられ寝ている。
「再生...」
「そうだよぉ。これで私にかっこいいとこ見せれるねぇケイト。催眠を解いて、アーロちゃんを改めてボコボコにしてみせなぁ。」
アーロが万全の状態になり、バニラに自分の成果を見せられることができる。
「了解!!」
アーロを万全の状態に調整するために夢の内容を変える。アーロの家族との思い出、兄との思い出、チームに入ったころの思い出、彼女の中で優美な記憶を再生し、最後にここにとらわれた時の記憶を呼び戻す。
「じゃあ起こします。」敬人がそういうとアーロは目を覚ます。
「ん...またお前か。」いうが早いがアーロは自分の腕が治っていることに気づく。
「腕が...ある。」縛られた状態の腕の存在を手を握ることによって何度も自覚させる。
「アーロ。いいかい僕と君の最後の戦いだ。傷ついた手足はバニラが治してくれた。僕はたぶん次の勝負で、アーロが本気で戦ってくれれば満足できる。そしたら家に帰ることはできるから、一戦だけ本気で相手してくれないか?」
(手足?手は動けないほどのダメージを負った記憶はあるけど足?)
「ああそうか足とかは夢遊病にさせてからだっけ」敬人はぽつりとつぶやく。
「まあとにかくさ、一戦本気で戦おう。痛いところがあれば治してもらえるようにバニラに頼むからさ。」
静かに、子供に説明するようにゆっくりと話す。
「本気で?」
アーロには片腕を飛ばされた地点までの記憶しかない。あくまでラッキーパンチが当たった程度、万全の状態ならば100戦やれば100勝できるくらいの自信はあった。
「バニラとやら、この少年に勝てば解放してもらえるのだな」
「ええ。いいわよ。ここまで付き合ってくれたし、ちょっとくらいの怪我なら解放するときに治してあげる」
腕を折られた以降アーロは夢で支配され戦わされ、その間の記憶の一切を失っている。口約束とはいえあと一戦でこの監禁状態が終わる。さらに得体のしれない力を体得しきる前にこの少年を倒すことができる。この挑戦を受け入れる選択肢はアーロにとっても最善のことだった。
「いいだろう。正々堂々戦ってやる」
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