第5話 夜遊び①
三日はあっという間に経過した。
約束の日の23時半、両親は下でお酒を飲んでいるらしく声が聞こえる。
疲れたから早く寝るといったのでここまで来ることはないだろう。隠しておいた靴に履き替え窓を開ける。前回と違い今回は両親が起きているので慎重にいかなくては。
窓を開けると冷たく少し湿り気にも似た感触の空気が鼻を抜ける。
僕はまた夜に戻ってこれた。
吸血鬼の特徴、夜目が効く。吸血鬼になってからというもの夕方になっても遠くのものがはっきり見えていた。暗くなってはいるがくっきりと、昼と変わらず遠くのものも近くのものも見える。夜中に本だって読めるほどだ。
だから最初の夜とは風景が違って見えた。昼と同じくらい遠くまで見える。しかし、風で動く木の葉以外動くものは何もない。民家から漏れる、意識しなければとらえられない人の気配も前より遅い時間のせいか少ない。
僕は約束した場所まで、ほんの10分ほどしかない道のりを遠回りしながら進み、約束の時間に合わせ向かう。
待っているとバニラが着いた。すこし遅れて。
「早いねぇ、じゃあ行こうか。」
「こんばんは。どこへです?」
「友達の店さ」
少し歩くと自動販売機の前で止まる。いつも登校中に見る、せっまい路地の中ごろにある、誰が使っているのかよくわからない自販機だ。
バニラがおもむろに自販機のはじに手をかけると、そのまま扉を開ける要領で引く。中は部屋になっていた。
細長い間取りの部屋。入って一段上がるとすぐに4人掛けのテーブル席が一つ、さらに進むとカウンター席が七席分、奥へと連なっている。席の後ろには人一人が通れるほどのスペースをあけてすぐに壁があり、すれ違ったりすることは難しそうである。いくつかのランプによってじんわりとした明るさを持つ店内、かすかに流れるジャズは、時の流れを緩やかに感じさせ、この空間だけ別の世界のようにも思える。カウンターの中には40代中ごろに見える短髪に丸眼鏡、黒いシャツに少し灰色に近い黒色のベストの男性がこちらを向いている。
「おーバニラちゃん。いらっしゃい。」
男性がバニラに話しかける
「こんばんは。マスター、紹介するねぇこの子が前話した私の子。」
軽く背中を押され前に行くよう促される。
「初めまして。この度バニラの眷属になった田無敬人です。」
「はじめまして。ここのバーで店長やってる竹本ですよろしくね。しかし一昨日バニラちゃんに眷属作ったって聞いたときはびっくりしたよ。なんでまた吸血鬼になろうと思ったの?」ゆっくりとしゃべる竹本からはどこか余裕が感じられる。
「ん...っと、なんでかって言ったら流れでなんですけど、一番の原因は楽しそうだったからです。今侵略しつつある魔法使いと戦えるってなんかおとぎ話が現実になって振ってきたみたいな。ワクワクします。」
緊張が伝わらないように言えているだろうか。
「楽しそう、ときたか。将来有望だね。ああ、忘れてた座って座って。飲み物はどうしようか。」
一番奥のカウンター席を進められ奥に僕、手前にバニラが座る。
「私はブラッディメアリー、この子はまだ血を飲んだことないからとりあえず普通のトマトジュースでも注いでちょうだい。」
「かしこまりました。」
慣れた手つきで竹本が背面の棚から使う酒を下ろし順番に目の前に並べる。
「血って僕も人をかめば吸えるんですか?」
「ええ。血管探すのにコツはいるけどねぇ。刺せたらあとはストローで吸うみたいな感じでちうちう吸えるよぉ。血を吸わなきゃ死んじゃうし、後で練習しようねぇ。」
「え、死んじゃうんですか?血は食事です、みたいなことですか?」
「うーん。吸血鬼にとっての血はねぇ、ドラクエでいうマジックポイントみたいなものかなぁ。私たちは夜目が効いたり霧になったり使い魔を出したり武器を作ったりできるわけじゃない。その時の動力になるのが人間様の血液っていうわけ。だから血を飲まないと吸血鬼の便利機能が使えなくなっちゃうのよぉ。」
「え僕霧になったり使い魔出せたりするの?」
「もちろんよぉ。吸血鬼の伝説っていくつか説が出てるけども、大体は再現できるわぁ。」かなり無理やりのもあるけどね、とバニラは笑って続ける。
「今ちょっと疑問に思ってほしいのは夜目が効いたり体力が上がるっていうのも吸血鬼の力ってことなんだよねぇ。君の腹筋がこんなに立派になってるのも。」
服をぺろりとはがされ、僕の腹筋を衆目にさらされる。
「何するんですか!」
驚いてぱっと閉めるがバニラはからからと笑っている。
「ていうか目がよく見えたり体が強くなるのも当然のことながら吸血鬼の力によるものだったんですね。でも僕今まで一度も血を吸ってませんよ。」
「そんなの決まってるじゃない。君が人間だったころの血を吸ってるんだよ。」
「あ、なるほど僕の血がまだ残ってたんですね」
「そう。まぁいつまでも自前で賄うわけにもいかないしねぇ。自分で調達する方法を考えなさいな。いろんな人を襲ってもいいけどおすすめは何人かタンクとしていつでも吸える人を作ることだよ。」
「いつでも吸える人。ですか...あんまりやり方の想像がつかないんですけど。」
「ふふ。最初は面倒を見るさぁ。そのうえで工夫してかんがえてみてねぇ。」
僕とバニラの前に白いコースターが置かれる。飲み物ができたようだ。
「はいブラッディメアリーですバニラちゃん。田無くんはトマトジュースね」
トマトジュースはグラスの周りが塩で縁取られており、きれいだった。
「ありがとうございます。いただきます。」
旨。少し檸檬が入っている。さわやかでおいしい。
「めちゃくちゃおいしいですね。バニラが頼んだのはお酒なの?見た目は僕のと同じだけど。」
バニラはうっとりと口を付けたグラスを眺めている。
「これはトマトジュースにウォッカが入ってるんだよ。単体ではそんなにおいしくないお酒なんだけどね、トマトと合うんだよ。ふふ...しかもそれだけじゃ無くね、ここのカクテルにはマスターが血を入れてくれるのさぁ。人それぞれ好みに合わせてね。」
「え」
「ふふ、安心し。君のには入れてないよ。」
「そうなんだ...バニラのにはどんな血が入ってるの?」
「ん。私のは風邪をひいた子供の血だよ。すぅっと体に入る感じが心地いいんだよね。」
「あー、へぇ」少し引いた。
「にしてもバニラちゃん吸血鬼の特性とかなにも教えずに誘ったのに、田無くんよく眷属になれたね。」
「この子ねぇ、魔法使いにさらわれそうになってるとこ通りかかって初めて会ったんだけど、捕まってる時も、私が戦ってるの見てる時も、ビビってるように見えてさぁ、ずぅっと笑ってたんだよねぇ。」
「え?」普通に怖がってたと思うが。
「多分ねぇ。君、自分っていう存在を優先順位の中で結構下に置いてると思うんだよね。破滅願望があるっていうか、リスクとリターンの計算がおかしいっていうか。」
「そんなことは....」確かにある、のかもしれない。そもそも初めて夜にでた外出の理由ももう忘れてしまったくらいどうでもいいことだったし、楽しさのために人間であることをやめることに抵抗はなかった。
「だからさぁ、吸血鬼にもなれるかなーって思ったし、なってくれたら楽しそうじゃなぁいっておもったわけよぉ」
「そりゃまた二人ともおおざっぱというか」
それからひとしきり盛り上がり、グラスが空いたころ、バニラはいう。
「じゃあ今日のメインに移ろうか。」バニラは僕の後ろを通り抜け、店の一番奥の扉に手をかける。「マスター、奥の部屋入るよ」「うん。がんばんなー」と竹本も応える。扉を開くと奥に続くコンクリート製の階段がある。
「おいで、ケイト」バニラについていき階段を降りる。少しすえた匂いがする。
降りた先、車が二台ほど入りそうなスペースの真ん中に椅子が一つ。その椅子には眠った人が固定されている。黒いズボンにこれまた黒い、へそ出しタンクトップ、耳まで続く口元からトカゲのような舌がはみ出た装飾があしらわれたマスクの女性。
僕は聞く
「え、魔法使い?」
「ふふ...せいかぁ~い」
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