第4話 吸血鬼③

 「ケイト、君がやるんだよぉ。頑張って魔法使いを滅ぼそうねぇ。」


 バニラは歩みを止め僕の肩に手をまわし頬を触りながら続ける

 「私が直接手を下すと相手が弱すぎるっていう話はしただろぅ。ならどうしようかなってずっと考えてたのさ。さっきアイソン君とけんかしながらねぇ。」

甘い、なでるような声が心地いい。

「で、思いついたんだけど、強い魔法使いを期待するより私のほうがが弱くなればいいんじゃないかなぁって。」

 「それでも僕にはならないでしょう、僕は先ほどアイソンさんに対して何も、文字通り身動き一つできていませんでしたよ。」

もう夜の外出を控えようとしている自分には荷が重すぎる。

 「現状の強さはあんまり関係ないかなぁ、幼稚園児も力士も、物差しが一メートル単位のものしかなければミリメートルで表示されるものなんて誤差としか思えないだろぅ。」

 ワインを一口飲み彼女は続ける。

 「今から君を私の眷属にする。拒否権はない。死ぬか、眷属として魔法使いと戦うかだよ。いいね?」

実質一択じゃないか

 「僕を眷属に?あなたが戦わずに眷属になった僕が吸血鬼の力で戦うっていうことですか?」

 「そうだよぉ。強い肉体と回復力、あとほんの少しばかりの特殊能力を使ってあの魔法使いたちにけんかを売るんだよ。」

 「...さっきの眷属にならなければ死ぬっていうのは、逃げたら殺す。という意味ですか?」

 バニラは笑う。


 「私が君を魔法使いから助けた時からすでに逃げるという選択肢は失われているのさ。死ぬか死なないかというのは眷属になる条件を君がクリアできるかどうかだけさね。」


(眷属になる条件?)


 「誰でも眷属になれるわけではないのさぁ。親、今回の場合は私に、すべてを捧げられるという覚悟を持ちながら、血を吸われる。そうすることで眷属になれるの。それができなきゃ失血死するだけ。そういうことぉ。」


 「すべてを捧げる覚悟...」


 「3分間だけ、時間をあげるわ。覚悟、決めなさいね。」


(覚悟か...まあ決めなきゃ殺されちゃうらしいし決めるしかないんだよなぁ。彼女の暇つぶしの一環とはいえ僕は命を助けられた。どうせあの時散った命です、あなたにすべてを捧げますっていうのはすごい自然なことに思える。けど果たして眷属化とやらの条件は、僕がすべてを捧げていると認識してくれるのだろうか?

 もう少し自信を持ってすべてを捧げられると言える理由が欲しい。僕が眷属になったらどうなる?彼女を楽しませることができる?僕も先刻の彼女みたいな能力があれば実際生活に何か活かせる?どれもあまりピンとこないな。いや、吸血鬼として大成すればもしかしたら....)


考え込む僕にバニラはゆっくりという。

 「まぁあまり考え込まないでねぇケイト君。多分...なったほうがさぁ楽しいよぉ。吸血鬼。」


 自分の中で合点がいった。そうだ今日夜出かけるときも、魔法使いに捕まった時も、そして二人の戦いを見ていた時も、僕はずっと、ずっと笑っていたんだ。もっと楽しいことが起こるなら、僕はこの美しい吸血鬼にすべてを捧げるくらい分けないことだ。

 「okですバニラさん。覚悟は決まりました。僕をあなたの眷属にしてください。あなたに全てを捧げます。」

 「い~ぃ笑顔ねぇ。楽しみだわぁ」

 バニラはゆっくりと敬人の右首筋に牙をたて血を吸い始める。

 時間の流れが緩やかになる。心臓の鼓動が早まっているのっは恐怖ではなく吸血鬼になれるが故の興奮からであろう。自分の血が体外に吸い出される感覚はどこか気持ちよくもあった。

 血を吸われ、ぼやける視界の中でバニラさんが僕に告げる

 「しばらくは普通に生活しながら体の変化に慣れなさいねぇ。そうさねぇ、三日後の午前0時にまたここへおいで。それまでは夜に外出ちゃだめよぉ。」

 薄れゆく意識の中で彼女が去っていくのが見える。

 「あ、そうだ。私のことはバニラでいいわよ。親にさんなんてつけるものじゃないものねぇ。」


 気づくと僕はベッドの上にいた。

 朝、いつもの天井いつもの寝巻、日常そのものだった。

 しかし細かな傷がつき、紙袋に乱雑に入れられた先週買った新品の靴は昨日の記憶がホンモノであったことを物語っている。

 「吸血鬼...か...」

 歯を舌でなでると小さいナイフみたいな牙が犬歯のあたりに並んでいる。

 コンタクトを入れなくても目が見えるようになっているし、心なしか体も軽い。

 「とりあえず学校行くか」

 家を出る直前母親に「なんか少しがっしりした?」と言われた。


 いつも通り遅刻瀬戸際の時間で教室につく。教壇で先生がHRの準備をしているが、席につかず立っている生徒もちらほらといる。教室の日常風景だ。しかし僕は昨日魔法使いと対峙し、ギリギリで生き永らえた。この中の誰もがしたことないであろう体験を僕が機能したという優越感にも安心感にも似た感情が湧く。

 退屈な授業、改めて考えると中身の薄い級友との会話。そんなことより僕の頭の中は三日後に控えたバニラとの逢瀬のことで頭がいっぱいだった。

 いつもとなんら変わらない一日ではあったが、自信をもって過ごせたような気がする。あと三日の間で自分がどんな体になったのかを実験しよう。四時限目のサッカーでは軽くけったボールは豪速で飛んで行った。遠くの人の声もいつもよりはっきり聞こえる。どこか人に見えないところで治癒力の実験もしてみたい。やることがたくさんあるというのは楽しいものだ。


帰り道、一人でつぶやく。

「僕は吸血鬼。田無敬人だ」

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