第3話 吸血鬼②

  「私はバニラ。バニラ・トルヴァニア・ルゴシ。しがない吸血鬼さ。」

彼女は自信満々といった表情でそういう。

 「吸血鬼?人間に伝わる伝承だったか?たしか十字架とかニンニクが嫌いとかいう」

いまだ息も絶え絶え、額には脂汗が浮かび目の焦点も定かではないように見えるにもかかわらず、アイソンは少しでも情報を引き出そうとバニラに話しかける。

 「そう。十字架が嫌いでニンニクも嫌い、ちょっとばかし人の血が好きなとてもこわぁいこわぁいお姉さんさ。伝説でも何でもない、人よりけがが治るのが幾分か早くて、血を使ってちょっと色々できる、そういう存在だよ。」

バニラはしゃがみ、アイソンと目線を合わせる。

 「ちょっとばかしっていうのはおおげさですね。まばたきしたら戻ってたって感じでしたし。色々というと鋏と剣以外にも何か出せるんですか?」


バニラは立ち上がりアイソンをねめつけながら言う

「......坊や、さっきは死ぬ前にとか言ってたけど全然死ぬ覚悟とかないように見えるねぇ。.....なにかあるねぇ。ふふっ」

「お見通しですね」

パキッ

なにかが割れる音がしたと思ったらアイソンのマスクの隙間から白緑色の煙が漏れ出してくる。

 「今日はこれで御暇させていただきます。また次お会いできた暁にはぶっ殺しますので、よしなに。」

白緑色の煙はアイソンを覆い隠すように広がり、晴れるとそこに誰の姿もなかった。

しかし僕の身を吊り下げている糸の網とつぶれたアイソンの下半身が今起きていたことが現実だったことを認識させる。

 

 さて、ひとまずの脅威が去ったことは良しとしても、今晩無事に家に帰れる保証はまだない。自らを吸血鬼と名乗る化け物女はもの思いに耽っているようではあるがはいまだそこに存在しており、さらに僕は身動きが取れない。ここを切り抜けて初めて今日の外出に胸躍らせながら眠りにつくことができるだろう。最悪このままでもいいからおいて行ってくれないだろうかと考えていたところ彼女は僕に向かってこう言った。


 「少年、今の状況楽しめてるかい?」

なにか企てのありそうな笑顔で彼女は言う。

楽しめているかだって?あんなに血みどろの戦いを見せれて、生殺与奪の権利さえ握られている人間が楽しいわけないだろ。何言ってるんだ。

当然僕はこう答える。

 「はい、とても」  ?

自分でもなぜこう言ったのかわからない。しかしバニラは全てを見透かしたように言う

 「だよね。少し歩こうか。聞きたいこともあるし。」

 「はい。わかりました。」

ここですぐに帰ることができなかったことを不運だと思い、悲しみとともに逃げる覚悟を決め、チャンスをうかがうべきなのだろうか。少なくとも僕はこの時この自らを吸血鬼と名乗る不思議なお姉さんについていくことに心を躍らせていた。


宙づりの状態から解放された。やっと。去年一人で祖父母の家に寄生するときに使った深夜バス。一晩身動きが取れずやっと降りたときのあの解放感。身動きが取れなかったのは時間にしたら20分くらいなんだろうけどその時と同じくらいの解放感に包まれている。

 「歩けるかい?行くよぉ」

僕の返答を待つ間もなくバニラは閑静な住宅街を歩き出す。どこから出したのか、片手にはワインの瓶を持ちゆっくりと歩きながら時折瓶に口をつける。

僕は彼女の体半分後ろをついていく。

 「さっきのアイソンとかいう魔法使いさんさ、.....きみ名前は何て言ったっけ?」

 「田無敬人です。さっきの人のことはよく知りません」

 「そうかい。ケイト、私はここ五年くらい山の奥のほうでうたた寝をしていてね、さっき起きたところなんだけど。街に人ってこんなに少なかったっけ?」

 「5年ってまた...。4年前に魔法使いが来たんです。三人。大阪をめちゃくちゃにして、たくさん人をさらっていきました。それから頻繁に魔法使いが現れるようになって、いま夜に出歩いてはいけないんです。」

 「ふーん。ふふ、そうなんだ。よかったよパンデミックとかが起こって人がいなくなったわけじゃなくて。ケイト、私は何歳に見える?」

勘弁してくれよ。女性の年齢訊かれるだけでも相当めんどくさいのに5年寝てるとか言ってる吸血鬼の年齢なんてわかるわけないだろ。

 「まあ私にも正確な数字っていうのはわからないんだけどね。1000を超えた時には数えるのやめちゃったし。まあ要するに何を言いたいかっていうとさぁ、暇なんだよねずっと。寿命があるからこそ無駄なことをしているときに焦りを覚える。おいしいものを食べた時に一生に何度味わえるのだろうかと感動を覚える。上限がないとそんじょそこらのことじゃ心は動かないのさ。宝くじは夢を買うというけれど、お金に困っていない人間からしたらそこに夢なんてない。そんなもんさね。」

 「千年も生きてるとそうなるんですね?」

 「そう。でさぁそんなに暇なのに人間もいなくなってて不安に思うわけじゃない。で、つらつらと捜し歩いていたら見たことないもの使う男と君がいたわけじゃん。すっごい安心したんだよねぇ」

 「安心ですか?それは、どうも。」

 「うん新しい発見っていうのはすくないからねぇもう。でも魔法使いなんてものが現れてどんなに退屈しないかと思ったらさ、彼、すごい弱かったじゃない?」

弱かった?何度もバラバラにされた相手を指してそういうのは正しいのか?

 「弱かった、ですかね?少なくとも僕は連れ去られる覚悟はしていましたが。」

 「私にとっては、だよ。あの魔法使いがいまこっちに来ている中でどのくらい強いのかはわからないけど、あの程度だったら魔法使い全員滅ぼそうとしても簡単で退屈なんじゃないかなって思ってねぇ。」

 「でも今の状況で魔法使いをもし全員倒したらヒーローになれると思いますよ。」

心からそう思う。

 「私は吸血鬼だからねぇヒーローなんて柄じゃないし、そもそも誰かのヒーローなんてなり飽きてるんだよねぇ。言ったろぅ、大事なのは退屈を紛らわせることなんだ。」

彼女は優しく囁く。今日見た中で一番楽しそうな、ゆがんだ笑顔で。

 「ケイト、君がやるんだよぉ。頑張って魔法使いを滅ぼそうねぇ。」

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