第2話 吸血鬼①

 「あなたも魔力の気配がないですねぇ」

男は少しうれしそうにゆっくりと彼女のほうへ歩み寄る。

 「マリョク...って何言ってんの?坊や魔法でも使えるのかい?」

うっすら微笑みながらキセルに火をつけ煙をくゆらせる。

 「ええ、魔法使いですから」

 「ふーん、花でも出してくれるのかい?」

 「あいにく花を出すことはできませんがこういうことはできます」

男が腕を前に差し出す

 「ん、腕が動かないじゃない。地面とか壁に縛り付けられてるみたいだね。」

さほど焦る様子もなく、ゆっくりと彼女は続ける。

 「これじゃぁタバコも吸えないわ」

 「これからあなた方を魔法使いの世界に連れていきます。タバコもろくに吸えなくなるのでこの機会にやめてはいかがですか?」


 「それは.....無理だねぇ」

 さほど残念がらずに彼女は言う。

 「あなた方、って言ったね。」彼女は僕の方に視線を向ける

 「おいそこで宙づりにされてる少年。君はなんだ、魔法使いに捕まった一般人っていうところなのかい?」


どうやら彼女の興味はこちらに向いたらしいが、いきなり話しかけられたので動揺する

 「はい。一里塚高校二年 田無 敬人です。夜中歩いてたら捕まりまして、さらわれる直前です。」

丁寧な話し方の二人につられて僕までかしこまった言い方になってしまった。


 「ふーん、なるほどねぇ」


数秒の沈黙の後しびれを切らしたように男が言う

 「もういいでしょうか?良ければお二人とも連れていきますね」

少しばかりのいら立ちを含んだ声で男が言う。

 「糸纏マイ・トイ


 「おおー」

キセルのお姉さんはゆっくりと、どこかぎこちない動きでこちらに近づきながら言う。

 「余談なんだけどさぁ、君たちはおいしいごはんとかが出されたときゆっくり食べる派?それともがっついてすぐ食べ終わっちゃうほう?」

 「は?」

男が言うが僕も同じことを思った。こんなにやばそうな状況なのになんて言うことを聞いているんだ。


 「いやね、私はおいしい食事のときとか感動したときとか、面白いことが起きたときとかそれをできるだけ長く体験したい派なのよ。食事に合わせてワインを選んで、一口一口堪能しながらゆっくり食べる。本や映画で感動したときなんかも一回一回考えすぎずに何度も読んで感動を味わうのさ。」

 「何の話をっ..」

男が言いきる前に続ける

 「坊やに誘われたまま魔法使いの世界とやらに行って遊ぶのと、ここで抵抗して坊やと遊ぶのと、どっちが楽しいかって思ってね。この街の様子とあんたの口ぶりから察するに、魔法使いって一人ってわけじゃないんでしょう?魔法の世界に行きたくなったら別の魔法使い捕まえりゃぁいいんだもんね。」

新しいおもちゃを見つけた少年が、そのおもちゃを壊してしまうまで遊びたがるような。無邪気な笑顔をして彼女は嬉々として近づいてくる。


 「下手に出てれば調子乗りやがっておとなしくしろよ」 

次の瞬間彼女の腕からキセルが落ちていた。手首ごと。

 「おれはフィクサーズに所属しているアイソンというものだ。糸の魔法使いをやってる。今は魔法の糸で手首を切った。巻きつけてプツンとな。めちゃくちゃ痛いだろうが安心しろ、すでに傷口は縫ってあるから死にはしない。」

たしかに手首を切られたのに血が出ていない。落ちた手首からは血が流れ、キセルも血にまみれているというのに。

「余計な口を利かずにさっさとこっちに来い。次余計なことを喋れば口を縫い付けて二度とタバコを吸えないようにする。」


手を切られた彼女はそれでも笑う

 「ふふふふ...ふふふふふ......ふは、あーはっはっはっはは。そっちのほうがわかりやすいねぇ」

びしゃん!という音とともに彼女は黒い水のようになり地面に散る。

次の瞬間には彼女はアイソンの目の前にいた。赤い大きな和鋏をもって。

 「糸を切るっていったら鋏よねぇ」


バツン

聞いたことのない、とても太い何かを切ったような音がした。同時に彼女の体は細切れになり、肉片が糸に引っ掛かりながらぼとぼとと音を立てて落ちていく。しかし細切れの肉は溶け、集まりその血だまりはまた彼女を形作っていく。



 「私もあんたを切ったと思ったんだけどねぇ。」

蘇った彼女の手には先ほどの鋏はなく二振りの刀を持っていた。


糸纏マイ・トイ

アイソンの肘からこぶしにかけて糸が巻き付き、膨れ上がる。

糸をまとうことにより元の三倍以上に膨れ上がった拳でアイソンは彼女を殴る。

対して彼女は殴られ、肉がえぐれながらも再生を繰り返し二振りの刀で切り続ける。

先ほどから意味の分からない蘇生を繰り返している彼女はともかく、魔法使いはなぜ動けているのかわからない。ここからでもわかるが、確実に何度か彼女の刀を食らっているのに。

両者の足元にバケツをひっくり返したような血だまりができる。


 「血冠置換ブラッドアーツ シンバル」

いつの間にか彼女の両手から刀は消え代わりに赤い、つま先から胸ぐらいの高さはあろうかというシンバルが現れた。

「クソがっ」

ドッッジャァァーーーン!!!

アイソンを挟み込むようにして現れたシンバルが轟音とともに閉じられる。

とっさにアイソンは跳ねてよけたようだがどうやらまきこまれたらしく、太ももから先は無くなっていた。

「あ゛あ゛あ゛あ゛」

アイソンは脂汗を浮かばせ、太ももを抑える。

それを見て彼女は笑いながら言う

「坊や、今まで私がいくら切っても余裕そうだったのは切ったそばから糸で自分の体をつなげなおしてたからだよねぇ。痛いよねぇー。つぶされたらつなげようがないもんね。ほぅら早く結んで血を止めな、死んじゃうよ。」


「.....余裕そうだな。オレのタネあかしは今言っての通りだ。だが殺す前に教えろ。お前はなんなんだ?」

アイソンの質問に彼女は自慢げに胸を張り、また張られた胸に手を当て言った

「私はバニラ。バニラ・トルヴァニア・ルゴシ。しがない吸血鬼さ。」



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