第6章 巡り会う時を信じよう
21話 隣の花婿さん
中学三年の三学期の始業式――。
三年生の教室がある二階は、張り詰めた空気に満ちている。
公立の一般入試まで、あと一ヵ月半。
私立の一般入試までは、一ヶ月。
和樹も、滑り止めの私立を受験する。
万一のためだが、目標は『桜南高等学校』合格のみだ。
学費が掛かる私立は避けたいが、さすがに滑り止めを受けないのは母に心配を掛ける。
こちらは、偏差値からして問題は無いだろう。
だが、今はそれどころでは無い。
今夜の闘いは元より、現状が悩ましすぎる。
「おはよう。今日も寒いね」
生徒用玄関で、大沢さんが声を掛けてくれた。
彼女も、コートの裾から薄紫色のスカートが覗いている。
履いているのも、白い上履きではなくてストラップ付きのバレエシューズだ。
久住さんと蓬莱さんの上履きも、ドレスに合わせた靴が靴箱に入っている。
(……敵も芸が細かい……)
『敵ながら天晴れ』では無いが、こちらの受験失敗を狙っているのかと勘ぐってしまう。
と――そこに、口元を引き攣らせた上野が現れた。
チロが頭上に乗っており、ワンとひと声吠える。
「ナシロ、ちょっと話が」
和樹の腕を引っ張り、奥に行って耳打ちする。
「おい、クラスの連中が成人式みたいなカッコしてるぞ?」
「はあ!?」
「蓬莱さん、どーなってんだ? 何でウェディングドレスなんだ?」
「敵の仕業だろうけど……僕は制服を着てるように見えるか?」
「制服に見える」
「異変が視えるのは、僕たちだけか。敵の嫌がらせだろう。今夜、闘えるか?」
「やるに決まってるだろ!」
上野は小さなガッツポーズを取る。
相談できる仲間がいることは、本当に心強い。
上野には申し訳ないが、二人と一匹で助け合って進むだけだ。
「何してるの? 先に行くよー」
「うん、行く~」
久住さんに呼ばれ、和樹と上野も三人に合流する。
二階に上がり、ふと隣の一組が目に入った。
開いていた廊下の窓から見えたのは――
(……こっちも正装かよ!?)
やはり、フォーマルウェアに身を包んだ生徒たちだ。
中には和装の生徒もいる。
上野と顔を見合わせ、唖然と立ち尽くしていると――後ろから肩を叩かれた。
「おはよう。ナシロに上野」
「……げっ!」
「うげえっ!」
二人は仰天して叫ぶ。
一戸は軽く仰け反り、
「……どうした?」
「いや、あの……みんな早くに登校してるなと思って」
和樹は必死で誤魔化した。
一戸が着ているのは、白い羽織に着物にシルバーの袴。
どう見ても、花婿衣装である。
急いで二組の教室を覗くと、上野の言葉通りにこちらもフォーマルウェアが揃っている。
三組も覗いたが、こっちは正常な制服姿だ。
どうやら、花嫁花婿が属するクラスだけに異変が発生しているようだ。
嫌がらせにしろ、無関係な生徒たちを巻き込むとは腹立たしい。
今は実害は無さそうだが、こんなことが繰り返されたら最悪の事態も有り得る。
「教室がどうかしたのか?」
一戸は、廊下を行き来する和樹を不思議そうに眺めた。
「いや、昨夜の夢見が悪くて。教室の窓ガラスが割れる夢を見た。ちょっとトイレに行って来る!」
和樹はコートも脱がずに走り出した。
上野も「オレも行く!」と叫んで後を追う。
「いいか、上野。驚かずに聞いてくれ。黙っていたけど、実は……」
トイレに駆け込んだ和樹は、上野に打ち明けた。
父の幽霊に『蓬莱さんは、お前の運命の恋人だ』と言われたことをだ。
父に導かれて魔窟に来たことは打ち明けていたが、『運命の恋人』の一件だけは秘密にしていたのだ。
打ち明けられた上野は驚き、気まずそうにささやいた。
「おい~。久住さんとダブルブッキングかよ」
「そういう話じゃないって」
「いや、分かる。幼なじみと運命の恋人……ツライねえ」
「違うっての。とにかく、今夜は頼む」
「でも、何で一戸が花婿なんだよ」
「イケメンの一戸を掴まえての嫌がらせだろ」
「くそっ、オレもイケメンだぜぇ~」
「ああ、犬も連れてて女子受けするだろ」
しかし、こで始業チャイムが鳴り、二人は教室に戻る。
コートをハンガーに掛けて着席すると、野田先生と刈谷先生が現れた。
野田先生はライトグレーのワンピース、刈谷先生はダークスーツに蝶ネクタイ。
どっちも結婚式に参列するようなスタイルだ。
だが、見回して気付いたことがある。
女子のワンピドレスのパターンが四種類程度と言うことだ。
久住さんと色違いを着ている生徒が五人、大沢さんと色違いが三人。
さすがに、女子十八人全員分のデザインを変えることは無理だったらしい。
敵は、どこからかフォーマルドレスの情報を手に入れたのだろう。
天狗面が機関銃を使ったように、敵は現実の世界の情報を入手できる。
それを応用した闘いを仕掛けて来る。
とにかく、慎重に行動しなければならない。
ホームルームの後はすぐに全校集会となり、体育館に集合した。
一組と二組の異様さを目撃できたのは、和樹と上野の二人だけらしい。
他の生徒も教師も騒がず、式はスムーズに進んだ。
各学年の代表者が式辞を述べたが、三年の代表は一戸だった。
花婿スタイルでステージで語る姿は、悪い冗談にも見えた。
斜め後ろの花嫁も大概ではあったが……。
その後は、午前中の授業を終えた三年生は帰宅。
明日には、学年テストがある。
その結果を受けて、三者面談が行われるのだ。
和樹も久住さんたちと帰宅し、予習に励んだ。
魔窟での闘いを口実に、受験に失敗する訳にはいかない。
闘っている時間は、現実世界では数分なのだから。
(……そうだよ。自分の力を信じよう。大切な友達のために、母さんのために、気は抜かない。僕は、今の僕の人生を大切にする)
決意を秘め、鉛筆を走らせる。
ふと顔を上げると、真正面に父の遺影が見えた。
頑張って、春には父さんに高校の制服姿を見せよう――
誓いを立て、一心不乱に参考書を読み、動画サイトの講習を視聴した。
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