20話 雪花粧の朝に災いは来る
夜が明け、始業式の朝。
竹の子御飯のおにぎり、温泉たまご、温サラダのソーセージ添え、お茶。
隣の和室からは、母が動き回る音が聞こえる。
食べ終えたら手早く片付け、結露で濡れた窓を拭いてから登校する。
冬の朝の変わらぬルーティンだ。
「ごちそうさま~」
ベランダの窓から見える空は澄んだ青で、白い薄い雲が流れている。
手すりに積もった雪も溶けかけ、家々の屋根の雪は陽光で輝いている。
最低気温はマイナス十五度とのことだが、極めて穏やかな朝だ。
シャツの袖を少しめくり、食器を洗いつつ今後の検討をする。
昨夜、魔窟から戻った後に上野にメッセージを入れた。
返信は十数分後で、『応接間のソファーに寝ていて、兄貴に起こされた』そうだ。
改めて電話で話したところ、怪我も首を絞められた痕も付いていないとのこと。
「チロも視えてるし、これからも顔面を取り戻すまで頑張る」と宣言してくれた。
仲間が増えたのは嬉しいが、巻き込んだ罪悪感は消えない。
それに、気掛かりも増えている。
『
(僕と蓬莱さんが『運命の恋人』で、
昨夜の闘いで、
同時に、「彼も
だが、上野は
直接訪ねた訳ではないが、彼のことだから知っていたら口に出すだろう。
当分は、様子見することにした。
(……うーん……これ、『異世界転生』ってやつか? 僕らは別世界で生きてた過去があって、この地球に転生して、滅びた元世界を救うために行き来してる……)
それなら『
彼が所有していた『
凡々たる自分が凄腕の剣士とは畏れ多いが、昨夜の質素な装束が気に掛かる。
(分かる……あれは、罪人が着せられる服だ。彼が罪人とは思えないけど……)
『宵の王』とやらに滅ぼされた世界。
悪霊化されて操られる人々。
あの世界で、『
そして……
(やはり、夢で見た『平安朝の美少女』が蓬莱さんだろうな……)
彼女は「中将さま」と言っていたから、辻褄も合う。
だが、上野の顔面消失に『黒袴の女』が不気味だ。
『黒袴の女』は、本気で上野を亡き者にするつもりだったのか。
女が霊体であれば、『上野の霊体の首を絞めた説』も有り得る。
異界の人々の人生が、複雑に絡まり出した。
そろそろ、父が説明をしてくれると有難いが――
「和樹、母さん行くからね。パン屋さんで、何か買って来るから」
着替えを終えた母が廊下で現れ、和樹は笑顔で答えた。
「はーい、いってらっしゃい」
――うん、いつも通りだ。
――母さんは気付いてない。
母を見送り、食器をカゴに伏せてブレザーに袖を通す。
コートとイヤーマフを装備、戸締りをして久住家のインターホンを鳴らす。
「は~い。すぐ行きま~す」
返事が聞こえ、やがてドアが開いた。
屈託ない笑顔の久住さんとミゾレが現れ、和樹も弾んだ声で「おはよう」と片手を上げた。
だが――すぐに奇妙なことに気付く。
久住さんのコートの裾から、薄イエローのスカートがはみ出ている。
制服のスカートではなく、ふんわり生地のスカートだ。
(……何かの余興のドレスか?)
が、疑問はすぐに吹き飛ぶ。
いつぞやの天狗面だ。
あの時は、塾生たちのトップスに天狗模様が浮き出ていた。
(……また敵の嫌がらせか!?)
間違いなく、蓬莱さんにも異変が起きているだろう。
二日続けての闘いはハードだが、泣き言を口にすることは出来ない。
悪霊を放置し、母に被害が及んではならない。
闘うことは、無関係の人々を守ることにも繋がる。
和樹は、久住さんの家の表札を眺め、決意を固める。
「……じゃ、行こうか。ミゾレ、またな」
「ニャン♪」
ミゾレに挨拶し、エレベーターでエントランスに降りる。
久住さんの前を進み、慎重に角を曲がる。
何が起きようとしているのか――
まずは、上野に相談しないと――
注意深く廊下を渡り、エントランスに出ると――管理人室手前に蓬莱さんが立っている。
その姿を見た和樹は卒倒しかけた。
彼女は、ウェディングドレスを着ていたのである。
上半身には、ファー付きの真っ白なボレロ。
ファー付きの帽子に、裾が広がった純白のドレス。
下げているのは紺色のスクールバッグと云うのが、摩訶不思議だ。
「お待たせ、天音ちゃん。おはよう」
久住さんには、友人が普通の通学スタイルに見えているらしい。
蓬莱さんも、ニコニコと挨拶をして来る。
パールピンクの口紅が素晴らしく似合っていて、その笑顔の破壊力は半端ない。
和樹は、目を逸らそうと努め――察した。
(そうか……花嫁と、式に参列する友人か!)
これで、久住さんのヒラヒラスカートに合点が行った。
くだらない嫌がらせだと思ったが、ある意味では精神的に来る。
今夜、このふざけた結婚式を打ち壊そう――。
和樹は動揺を押し隠し、今日も雪道の先頭を進む。
女の子たちの楽しそうな会話を聴きながら。
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