18話 君が誰か分かるよ
和樹は、前と変わらず『
風の
目の前には、聳え立つ二つ目の山門がある。
門扉は開いているが、その向こうは黒一色で何も見えない。
車輪の音が聞こえ――向こうから、牛車の一団が現れた。
この先に進んだものの、また引き返して来たのだろう。
マンションの外壁の周りを歩いていた悪霊を鎮めれば、次の三つ目の門扉が開くに違いないが――
(山門の先には王宮があって、そこに御神木があり、ラスボスの『宵の王』とやらが居座ってるってことか……)
本当にゲームのような展開になってきたが、ラスボスを倒さない限り、蓬莱さんを救えないとしたら……
和樹は拳を握り締め、遠ざかる牛車の音を追う。
牛車は、鶏を飼う家族が住む家の前を通るだろう。
そして、呪符に閉じ込められた人々の魂――。
もはや、蓬莱さんと自分だけの問題では無くなっている。
上野の顔面が盗まれると云う、奇妙な事件も起きた。
盗んだのが黒いチワワで、上野にくっ付いている幽霊のチロもチワワだ。
(おかしい……)
和樹は熟考する。
そもそも『
『
「ふぉっふぉっ。待っておったぞ、中将よ」
背後から呼ばれ、和樹は「ひえっ」と飛びのいた。
真後ろに現れたのは、方丈の行者だ。
着衣以外は、影のように全身が黒いままである。
和樹の驚きが楽しかったのか、行者は嬉しそうに言う。
「お主がいないと退屈でたまらん。そこらの家で寝起きするより、することがない」
「行者さま、ごきげんよう」
和樹は、老人に頭を下げる。
頼れるのは、この老人しかいないのだ。
「先に待ち構えている悪霊を
「ほう。『
「ありました……」
行者は、現世の出来事を見通しているようだ。
それでも、上野の身に起きたことを話す。
「ですから、友人の顔面を奪った小犬も探さなくてはなりません。どこに逃げたのか見当も付かないのですが、僕の身に焼きたことと無関係とは思えないのです」
「……ん? 何か聞こえんかったか?」
老人は、耳に手のひらを当てた。
和樹も、耳を澄ます。
確かに、背後から声が聞こえる。
「だれか……いないかあああああ!」
「ワン、ワワワン!」
聴き慣れた声と、犬の鳴き声が近付いて来る。
「まさか……おーい、こっちだ!」
和樹は叫び、向かう先と逆方向に走り出す。
ゆっくり進む牛車を追い抜き――その先に、走る人影を見つけた。
深い闇の中にも、その姿は鮮明に映る。
黒い帽子をかぶり、黒いマントをなびかせ、必死に走り来る。
「おーい、かみなづきぃ~! お前か!」
「……きさらぎ!」
和樹は彼の名を呼んだ。
自分の知る上野昌也とは、容姿が少し違う。
やはり、大人びているように視える。
だが、懐かしさが込み上げる。゜
彼は、
教わらずとも、深層の記憶が
上野も歓喜し、和樹に抱き付いた。
チロも、上野の頭の上に飛び乗る。
「おああっ! 良かった、ぼっちで魔界に放り出されたかと思った!」
「……
「家で知らん女に首を絞められて……気付いたら、ここにいた」
「……その服は?」
和樹は、彼の装束を見て訊ねる。
自身や行者の和装とは掛け離れた、クラシカルな洋装だ。
髪型は上野昌也のままで、黒いベレー風の帽子を被っている。
そして、裏地が赤茶色のマント。
白シャツの襟元には青と黒のストライプのスカーフを巻き、ゆったりした黒パンツに黒いショートブーツ。
「こりゃ、画家のモディリアーニの写真と似た服だ」
上野は、マントをヒラヒラ揺らす。
「首を絞められた時、目の前にモディリアーニの写真と複製画があってよ。変な声が聞こえて、『
「その画家なら知っておる。なで肩の人物を描いた独創的な画風だな」
行者が言うと、上野は不思議そうに瞬きした。
「……どちら様ですか?」
「方丈の行者と呼べ。たたのヒマな爺だ」
「どうも。お初にお目にかかります……って、おい!」
上野は、ギョッと目を剥いた。
「オレ、首を絞められてたぞ! ひょっとして、ここはあの世か!?」
「安心せい。ここは死者の辿り着く『黄泉』には
行者は、厳めしい顔付きで諭す。
「ふむ。その犬は、お主に取り憑いてるな。死した魂はここには来れぬが、お主への想いゆえか……」
珍し気にチロを眺めると、チロも地に飛び降りて尻尾を塗った。
上野はチロを抱き上げ、和樹の全身を見定める。
「こりゃまた……神主っぽい格好だな」
「お前のお
何とも物騒な話である。
悪霊たちは蓬莱さんに嫌がらせをしたが、今の所は実害は無い。
ところが、上野の身に起きたことはレベルが違う。
顔面を持って行かれた上に、首を絞められたとは尋常ではない。
詳しい状況を訪ねようとすると――行者の杖が地を打った。
「ほれ、お主らの相手が出て来たぞ……」
二人が見回すと、通りの都有の家屋の扉が開いていた。
そこに佇む人影は、十数体――。
「……こいつらが悪霊か!?」
上野の顔が情けなく引き攣り、そして和樹は剣を抜く。
「この人たちは、呪符に操られているだけだ! 魂に埋められた呪符を取り出して鎮める!」
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