17話 夏祭りの夜に

「……あれ?」

 着地した和樹は、周囲を見渡した。

 

 明らかに、魔窟まくつことなる場所に居る。

 浴槽から着地までの時間も短かい気がする。


 だが、烏帽子・大袿おおうちき・袴に帯剣の中将スタイルに変身していると言うことは、この世ならぬ異界に降りた証だ。

 

「……月が……」


 見上げると、濃紺の.空に金色の満月が浮かんでいる。

 表面の、見慣れたウサギ型の模様も見える。

 

 人のざわめきも聞こえてくる。



 「真澄ちゃん、ベビーカステラ買って分けようよ」

 不意に聞こえたのは、間違いなく久住くすみさんの声だ。

 振り向くと、周辺の光景が一変する。

 

 和樹は、道の真ん中に立っていた。

 左右には屋台が並んでおり、浴衣姿の人々が押し合うように歩いている。

 どこからどう見ても、夏祭りの風景だ。

 屋台の提灯ちょうちんや街灯が、夜道を明るく照らしている。

 


 そして屋台の一つを見た時――「あっ」と声を上げかけた。

 初老の男性と女性が、焼きそばとパック入りおにぎりを売っている。

 屋台には、『銀座東通り商店街』と書かれた暖簾のれんが掛かっている。


 マンション近くの商店街だが、この夏祭りは商店街が主催していた。

 だが、和樹が中学一年の年が最後の開催となった。

 予算不足が理由だと聞いたが、最後の夏祭りは大盛況だった。


 和樹も、上野・一戸・久住さん・大沢さんと繰り出し、最後の思い出作りをした。


 

(そうだ。僕たちが射的をやってる間に、久住さんたちは向かいの屋台でベビーカステラを買ってた……)

 

 すると――左側の歩道に射的屋、向かいにベビーカステラ屋が忽然と出現した。

 

 その近くに、和樹自身と友人四人の姿がある。

 五人とも浴衣を着て、和樹はワタアメの袋を下げ、上野は犬のビニール風船を引いている。

 女の子たちは、射的の景品の縫いぐるみを抱いている。

 

 和樹は自身の横に立ち、肩をつついてみた。

 浴衣姿の和樹は、無反応だ。

 袖を引っ張ってみると……袖はつかめる。

 が、引っ張って袖を動かすことが出来ない。

 銅像の袖をつかんだような感じだ。


 他の四人も、目の前の異邦人には気付いていない。

 ここが異界であること確定だが――敵の罠である可能性大だ。


(群衆の中に、上野を捕えた悪霊がいるのでは……)

 

 和樹は、不安に駆られる。 

 幽霊のように、群衆をすり抜けることは出来ないからだ。

 

 この雑踏の中で闘いになったら――

 いや、群衆全員が敵と化すことも有り得る。


 この人波から脱出するのが最善策だと判断し、通りを横切ろうとした時。

 斜め後ろから女の子の声が聞こえた。


「え~。そのお面、どうしてそんなに高いの?」


 和樹は振り向き、声の主を探す。

 その声は、明らかに、何かが違っている。

 まるで、自分の耳の奥から発せられているようだ。


「おにいちゃん、あの白いネコのお面が欲しいよ。赤いリボンの」

「あたしは、となりにある花かざりを付けたのがいい」


 別の女の子の声も響く。

 『おにいちゃん』なる者もいるなら、三人連れだろうか。

 慎重に人の間をり抜け、お面を売っている屋台を見つけ、背後から近寄った。


 

 屋台の手前に、三人は佇んでいる。

 和樹と変わらないとしに見える少年と、幼稚園児ぐらいの女の子が二人。

 少年は坊主頭で、ランニングシャツにベージュ色のハーフパンツ。

 

 女の子たちの髪型は短いショートボブで、白いブラウスにスカート姿だ。

 三人とも下駄を履いている。

 けれど着古した服らしく、あまり清潔そうに見えない。


「ごめんな。シズちゃん、サッちゃん。おにいちゃんのお金じゃ、足りないんだ。お家まで送ってあげるから、帰ろうな」

 

 少年は屈み、女の子たちの肩を撫でてやる。

 和樹は、屋台に並ぶキャラクターのお面を見た。

 そして、腰を抜かすほど驚いた。


(げっ……上野!)

 

 飾られているお面の中段の列の中央に、上野に似た顔のお面がある。

 左目の下のほくろの位置も同じだ。

 上野が浴槽に引き込まれたことと無関係とは思えない。


「すみません、その真ん中の男の子のお面をくださいっ」

 

 考えるより先に、声が出た。

 屋台の主人は「八百円だよ」と、小さなトレイを差し出す。

 しかし、現金など持っていない。

 

 店主の疑惑の視線に、慌てて着衣を探ると――胸元に長財布が挟まっていた。

(いつの間に財布が?)と思いつつも、中を開くと一万円札が入っている。


 とにかく、上野のお面を買うしかない。

 一万円札をトレイに乗せると……横の三人が、こちらを見た。


「……あの、追加で白いネコちゃんの二つと、機関車のも……ください」

「まいどっ。三千円にまけとくよ」

 

 主人は笑顔で、四つのお面を和樹たちに手渡してくれた。

 お釣りを仕舞い、三人にお面を渡すと、女の子たちは嬉しそうに頭に嵌める。

 しかし――


「おにいちゃん、変な模様のお金だね。本物?」

 

 年長の女の子の問いに、和樹は必死に取り繕う。

 

「うん……あ~、このお祭りでしか使えない、特別なお金なんだよ」

「そう……おにいちゃんって、神社の人?」


「え?」

「だって、神主かんぬしのおじさんみたいな着物を着てるもん」


「うん、親戚なんだよ、神主かんぬしさんの」

「あの……お面をかっていただいて、ありがとうございます」


 男の子は機関車のお面を受け取りつつ、快活に礼を述べた。

 痩せていて、栄養不足だと素人でも分かる。


 そして、三人の外見は――テレビで見た昔の子どもたちに似ていた。

 第二次世界大戦あたりの、疎開した子どもたちのニュース映像と同じ髪型だ。

 

(どういうことだ? 敵の罠だとしても、こんな手間暇をかけるか?)

 

 これまでの二体の敵とは明らかに違うし、方丈の行者さまも出て来ない。

 上野のお面に、過去の自分たち。

 ずっと昔の服装の子どもたち。


 とにかく、油断は厳禁だ。

 八方の気配を読みつつ、三人を引率していると――年下の女の子が言った。


「お腹がすいたよ……」


 女の子は、お好み焼きの屋台を指して小声で呟いた。

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