14話 降る星の魔霊
和樹は、再び魔窟の底に降り立った。
潜行速度が緩み、宙に浮いたと思ったら、
頭上の夜空にそびえるは、巨大な紅い月。
そして、背後には灰色の山門がある。
先日に開いた山門に違いなく、続きの地点から再開できるのは助かる。
(行者さまは……いないのか?)
見渡すが、何の気配も感じない。
泉に戻ったのか、先に歩を進めたのか――。
ここで待っても時間の無駄だろう。
(漫画のパターンだと、この先に天狗面がいるだろうな……)
射す月光は、街の景観を浮かび上がらせている。
広々とした道の左右には、家々が立ち並ぶ。
平屋ばかりで、大きさは
しかし、一様に木炭で塗りつぶされたように黒い。
その上、輪郭がぼやけていて、吹く風を受けて揺れているように見える。
「……ん?」
目を凝らすと、ある家屋の戸口に動くものが見えた。
近寄ると、五つの鶏の影が行きつ戻りつしている。
半開きの戸の間から覗くと、広い土間の向こうに板間がある。
土間にはかまどがあり、その前に女性の影が佇んでいる。
横で屈む男性らしい影は、薪らしき棒を手にしている。
板間の奥には寝具に横たわる人影があり、傍らに座る小さな影は、お手玉のような遊びをしている。
『邪念が地を貫き、人も獣も闇に取り込まれた。難を逃れた千人ほどは影と化し、地を徘徊しておる。己が何者かも忘れてな……』
行者の言葉を思い起こし、静かに家屋を離れた。
牛車の一行同様に、この家族は闇への同化を逃れた。
だが、それは幸運とも幸福とも大きくかけ離れている。
(宵の王とやらが、この世界を滅ぼしたのが三千年前……。そして、この世界の魔物たちが蓬莱さんをつけ狙っている……)
状況を整理しても、彼女が『運命の恋人』だとは信じがたい。
だが――彼女と出会ってから異変は始まった。
上野のペットの幽霊に、父の幽霊。
三途の川を超えた魔窟での悪霊退治。
マンガの中にでも迷い込んだようだ。
「
――背後から、烏帽子を叩かれた。
すぐに探していた行者だと察した。
この世界で、張りのある声をかける人物など他にはいない。
回れ右をして、サッと跪く。
「行者さま、お会いできて良かった」
「ひよっこポン酢のくせに、いちいち跪くでない」
行者の顎ひげが少し吊り上がったように見えた。
苦笑いしたのだろうか。
だが、案内人が来て呉れのは心強い。
さっそく早口で事情を説明する。
「知り合いの生徒や友達の背中に、天狗の顔が浮かんでいます。天狗を退治するために、またここに来ました」
「鬼の後釜は天狗、とな?」
行者はさして驚きもせずに、和樹を追い越して歩く。
「中将よ。『天狗さま』は、山の神さまとして信仰されておる尊い存在よ。ただし、この地では『地上に堕ちた災いの星』とされ、恐れられたが」
「……それって『
「お主は、学問の師匠にそう教わったのか」
「遥か昔に巨大隕石が落ちて、恐竜と呼ぶ巨大生物が絶滅したと教わりました」
「そやつらが絶滅したお陰で、人が栄えたか。天の神の采配よな……」
行者は顎に手を当て、ウンウンとうなずく。
現世の知識を解説抜きで話し合えるのは助かるが、腑に落ちぬ点はある。
「行者さま。あなたも、僕のように霊体離脱して、ここに来られているのですか?」
「なぜ、そう思う?」
「僕のような何人かの『迷い人』と出会ったとしても、話が通じ過ぎると思います。僕と同じ世界の、同じ時代で過ごした経験があるのではないかと……」
「……気をつけよ」
行者は顔を伏せた。
「ここに長居すれば、お主もこうなる。霊体が魔障に染まり、いずれは影と化そう。わしも、もう元の世には戻れぬ」
「そんな……」
「それより……天狗が来よったぞ、中将」
見ると、正面に天狗の面を被った人影が仁王立ちしていた。
大柄で、天狗の面は油を塗ったように黒光りしている。
首から下は
和樹も、『
磨き抜かれた両刃は、主の心を映した如くに白銀の光状を放つ。
だが、前の闘いの時と感覚が異なる。
前は、考えるより先に体が動いた。
何をすべきか体が知っていたのだが、今回は妙に体重を感じる。
軽々と跳躍できる気がしない。
(……ポン酢のせいか!)
本能が、答えを導く。
行者に従い、『神無代和樹』の人格を守るために、『名』を付けた。
それが、霊体の持つ『力』の足かせになっているらしい。
こちらの動揺を察したのか――天狗が笑った。
目を細め、
そして、藁を束ねたマントの裾から……黒光りする武器を取り出した。
「はぁっ!?」
和樹は目を剥いた。
遠目にも、天狗が手にしている物体の異質さが分かる。
天狗が両手で持っているのは、映画やアニメでお馴染みの、『機関銃』に見える。
行者も目をこすり、素っ頓狂な声を上げた。
「およ? あの武器は、セーラー服のヒロコちゃんが持ってたやつに似ておる!」
「たぶん、それで合ってます!」
超展開に、和樹はヤケクソ気味に叫んだ。
昼間に『天狗』を検索したところ、天狗のイラストは、
闘いになった場合、それらの武器を使ってくるだろうと想定はした。
それが、いきなりの現代兵器ときた。
敵に、現代の知識を持つ者がいるのは驚異だが――
(あの天狗も、呪符で操られているに違いない! あの人の魂を救わないと!)
両足を踏みしめ、天狗を睨みつけた――。
◇ ◇ ◇
参考までに、ヒロインの久住千佳のラフスケッチを描いてみました。
こちらからどうぞ。
https://kakuyomu.jp/users/mamalica/news/16818093089662883216
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